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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼Side
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彼Side 第7章 前編「終わらせないために」

木曜日の放課後。


授業が終わるチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気に緩む。


椅子の音。誰かの笑い声。机を叩く軽い音。


いつも通りの光景。


――のはずなのに。


「……」


なんとなく、落ち着かない。


理由は分かってる。


昨日、手紙を入れたからだ。


自分が入れるのは水曜日。相手が来るのは火曜と木曜。


だったら――


昨日入れた手紙は、今日、読まれているはずだ。


「……マジか」


小さく呟く。


今までも同じはずなのに、今日はやけに意識する。


読まれてる。


もう、読まれてる。


そう思った瞬間、じっとしていられなくなった。


「おい、帰るぞー」


友達の声。


「あー……ちょっと先行ってて」


適当に返す。


「なんだよ、また図書室?」


「……まあな」


軽く手を振って、その場を離れる。


足は自然と早くなる。


――いや、早いだろ。


自分で思いながらも、止めない。


廊下を曲がって、階段を降りて、図書室へ向かう。


途中で、ふと気づく。


「……待て」


足が止まる。


今日って。


相手、来てる可能性あるよな。


昨日入れて、今日読む。


だったら――


「……会うじゃん」


思わず顔をしかめる。


いや、そりゃそうだろ。


今さら何言ってんだ。


分かってたはずなのに、

いざ意識すると、急に現実味が出る。


心臓が、一気にうるさくなる。


「……ちょっと待て、心の準備ゼロなんだけど」


いや無理だろ。


今会うのは反則だって。


鼓動が、変に早い。


小さく息を吐く。


落ち着け、って言っても無理だろこれ。


「……どうすんだよ」


ぽつりと呟く。


避けるか?


いや、それも変だ。


来た意味なくなる。


かといって、普通に会って、普通に話すって――


「無理だろ……」


即答だった。


少し前にペアを組んだときですら、あれだったのに。


あれより距離近い状況で、何話すんだよ。


「……」


しばらく、その場に立ち尽くす。


でも。


――ここで引いたら、もっとダサい。


そう思った。


小さく息を吐く。


「……行くか」


諦めるように呟いて、もう一度歩き出す。


図書室の扉の前。


一瞬だけ、立ち止まる。


ドアノブに手をかけて――


「……はあ」


小さく息を吐く。


覚悟、みたいなものは特にない。


ただ、ここまで来たら入るしかない。


扉を押す。


静かな空気。


いつも通りの図書室。


窓からの光。本棚の影。紙の匂い。


――そして。


「……」


いた。


本棚の前。


ちょうど本を戻すところだった。


女の子。


一瞬、目が合いそうになって、反射的に視線をずらす。


「……」


どうする。


声、かけるか。


いやでも、この流れで何言うんだよ。


――いや、でも。


何も言わないのも不自然だろ。


頭の中でぐるぐる回る。


でも体は勝手に動いていた。


数歩、近づく。


距離が縮まる。


「……来てたんだ」


出てきたのは、そんな一言だった。


我ながら、ひどい。


何その確認。


でも、それ以外出てこなかった。



「うん」


短い返事。


それだけ。


それ以上、続かない。


「……」


沈黙。


近い。

思ってたより、ずっと近い。


手を伸ばせば届く距離。


昨日まで、紙越しにしか知らなかった相手が、そこにいる。


心臓の音が、やけにうるさい。


何か言え。


何でもいいから。


そう思うのに、言葉が出てこない。


「……」


相手も何も言わない。


でも、嫌そうではない。


ただ、困ってる感じ。


それが余計にきつい。


何か言えよ、自分。


口を開きかけて――


やめた。


無理だ。


ここで変なこと言うくらいなら、まだ黙ってた方がマシだ。


「……また、あとで」


それだけ言って、視線を外す。


――逃げた。


自分でも分かってる。


「……うん」


小さく返ってくる。


その声だけで、少しだけ救われた気がした。


それ以上は何も言わず、本棚の方へ歩く。


背中に視線を感じる気がして、ちょっとだけ落ち着かない。


同じ棚。


同じ本。


――《まだ知らない君へ》


手を伸ばして、引き抜く。


背表紙の奥に指を入れる。


封筒を取り出す。


「……」


ある。


当たり前だけど。


でも、やっぱり少しだけ安心する。


そのまま机に向かう。


椅子に座る。


封筒を持ったまま、少しだけ止まる。


さっきのことが頭をよぎる。


「……バレたかな」


小さく呟く。


急いで来たこと。


返事を待ってたこと。


あのタイミング。


どう考えても、不自然ではない。


「……まあ、いいか」


今さらだ。


バレて困ることでもない。


むしろ――


バレてもいい、と思ってる自分がいる。


「……」


少しだけ、息を整える。


封を開ける。


便箋を取り出す。


広げる。


視線を落とす。

 

『私も、同じことを考えていました。』

 

一瞬、止まる。


「……は?」


声が漏れる。


もう一度、読む。

 

『私も、同じことを考えていました。』

 

その下。

 

『もう少しだけ、話してみたいです。』

 

「……マジで?」


思わず呟く。


心臓が、一気に跳ねる。


同じこと。


話してみたい。


それって――


「……そういうことだよな」


確認するみたいに、小さく言う。


じわじわと実感が湧いてくる。


嬉しい。


めちゃくちゃ。


……こんなことで、ここまでなるのかよ。


顔が緩みそうになるのを、なんとか抑える。


「……やば」


小さく笑う。


さっきまでの緊張が、一気にどこかに飛んでいく。


いや、全部じゃないけど。


でも、確実に軽くなった。


もう一度、読む。


同じ文章なのに、さっきよりもちゃんと意味が入ってくる。


「……どうするか」


ぽつりと呟く。


考えるまでもない。


答えは決まってる。


でも――

問題は、その“次”だ。


次にこの手紙を読むのは、いつだ?


頭の中でスケジュールをなぞる。


今日、木曜日。


明日は金曜。


でも――


「あ……」


気づく。


来週で終わりだ。


終業式。


その次は、冬休み。


「……マジかよ」


思わず天井を見る。


つまり。


この手紙の返事を読むのは――

しばらく先になる。

 

机に肘をついて、手紙を見下ろす。


嬉しいのに。


同時に、少しだけ焦る。


「……間、空くな」


ぽつりと呟く。


今までみたいに、すぐ次、じゃない。


数日じゃない。


もっと空く。


その間に――


「……」


嫌な想像が浮かぶ。


いや、違う。


違うだろ。


さっきの手紙。


あの内容。


終わる感じじゃない。


むしろ――

続けたいって、言ってる。


「……」


小さく息を吐く。


分かってる。


分かってるけど。


それでも。


少しだけ、不安になる。

 

便箋を指でなぞる。


この距離。


この関係。


まだ、はっきりしたものじゃない。


だからこそ。


「……ちゃんと書かないとな」


小さく呟く。


ここで適当に返したら、たぶん後悔する。


ペンを手に取る。


白い便箋を取り出す。


しばらく、何も書かないまま止まる。


頭の中では、言葉がいくつも浮かんでいる。


でも。


どれも、そのままではしっくりこない。


「……どう書くか」


ぽつりと呟く。


嬉しい。


それは間違いない。


でも、それだけじゃない。


この関係を――


「……終わらせたくねぇな」


思わず、口に出る。


自分でも少し驚く。


こんなにはっきり思ってたのか。


一度、そう思ってしまったら。


もう前みたいには戻れなかった。


小さく息を吐く。


視線を落とす。


ペン先を紙に当てる。

 

――書く。

 

そう決めた瞬間、少しだけ迷いが消えた気がした。

 

そのとき。


遠くで、本を閉じる音がした。


「……」


視線だけ動かす。


さっきの女の子。


本を持って、カウンターの方へ向かっている。


その横顔を、ほんの一瞬だけ見る。


「……」


目が合いそうになって、また逸らす。


ダメだ。


まだ慣れない。


でも――

さっきよりは、少しだけマシな気がした。

 

便箋に視線を戻す。


さっきの言葉。


“もう少し話してみたい”


その一文が、頭に残る。

 

「……俺もだよ」


小さく呟く。

 

今度は、迷わなかった。

ペンが、ゆっくりと動き出す。

 

図書室の静けさの中で、

少しだけ、何かが変わり始めていた。


手紙だけじゃない、何かに――

確実に、変わり始めていた。

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