表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼Side
35/44

彼Side 第6章 後編「終わらせたくない」

ペン先が紙に触れる。

ほんの一瞬、止まる。


何を書けばいいのか、きれいにまとまっていない。

でも――書かないという選択肢はなかった。


ゆっくり、動かす。


『少しだけ間が空いてしまいましたね。』


自分で、少しだけ苦笑した。

当たり前のことを書いている。

でも、それでいいと思った。

変に取り繕うより、ずっと自然だ。


そのまま、続ける。


『怪我をしてしまって、しばらく来られませんでした。』

『あなたの手紙は、ちゃんと読んでいました。』


一度、手が止まる。

本当はもっといろいろ書ける。

痛みや退屈、時間が止まったような感覚――

でも、それを全部書く必要はない。

ここで大事なのは――戻ってきた、という事実だけだった。


軽く息を吐き、またペンを走らせる。


『元気かと聞かれると、まだ完全ではないけれど。』

『こうしてまた書けるくらいには、元気になりました。』


文字を追いながら、自然と胸の奥が少し軽くなる。

「……」

ここから先は、ただの報告ではない。

――繋ぎにいくための言葉。


少し迷って、書き出す。


『それと、少し驚きました。』

『あなたが、気づきかけていること。』


書いた瞬間、自分で分かる。

踏み込んでる。

でも――やめなかった。


『でも、それでいいと思っています。』


言い切る。

逃げない。

『今まで通りでも、少し違っても。』


頭の中に教室の光景が浮かぶ。

目が合った瞬間。

逸らされた視線。

言えなかった言葉。


「……」


ほんの少し手が止まる。

それでも、続ける。


『どちらでも、続けられるなら。』

『また、図書室で。』


書き終える。

「……」

小さく息を吐く。

完璧じゃない。

でも――今の自分には、これが限界だった。


便箋を折り、角を揃え、封筒に入れる。

立ち上がる。

本棚へ向かう。

同じ場所。

同じ本。

差し込む。

手を離す。


――これで終わるかどうかは、向こう次第だ。

でも、やることはやった。


「……」

それだけで、少しだけ気持ちが楽になる。


教室。

昼休み。

いつも通りのざわめき。

でも――今日は、少し違う。


「……」


自然と視線が向く。

あの子の席。

図書委員の女子。

普通に座って、友達と話している。

特に変わった様子はない。

……はずなのに、やけに気になる。


「……」


一瞬、目が合う。

すぐに逸らされる。

その動きが妙に意識に残る。


「……やっぱ、気づいてるよな」

小さく呟く。

気づいてる。たぶん、いや、ほぼ確実に。


「……」

だったら――どうする。

問いだけが浮かぶ。

答えはまだない。


そのとき。

あの子の机の横に、小さな消しゴムが転がっているのが目に入った。


「……」

視線を上げる。

これだ。たぶん。


「……」


少し迷う。

拾って渡すだけだ。

それだけのこと。

でも――


「……」


立ち上がる。

一歩、二歩。

近づく。

距離が、やけに長く感じる。


しゃがんで、消しゴムを拾う。

立ち上がり、差し出す。


「……あの」

声をかける。


びくっとしたみたいに、顔を上げる。

目が合う。

一瞬だけ、心臓が跳ねる。


「これ、落とした?」


「あ……ありがとう」

小さく受け取る。

指が触れそうになって、反射的に引く。


「うん」

それだけ。


沈黙。

何か言うべきか。

でも、出てこない。

頭が真っ白になる。


「……じゃあ」

それだけ言って、席に戻る。

座る。


「……はあ」

深く息を吐く。

何やってんだ。

あれだけ考えてたのに、これか。


「……」

机に額をつける。

情けない。

でも――少し違う。

完全に何もできなかったわけじゃない。

声をかけた。

目は見た。

それだけでも――


「……まあ」

小さく呟く。

ゼロじゃない。

前よりは、マシだ。

たぶん。


「……たぶん」

自分で言って、小さく笑う。


現実は、こんなもんか。

だったら――


「……手紙でいいか」

ぽつりと呟く。

それが、一番ちゃんと話せる場所だ。


放課後。

図書室。

いつもの場所。

本を引き抜く。


――この本を開けても、もう何もないんじゃないか。

そんな不安が浮かぶ。


封筒を取り出す。


「……」

ある。


机に座る。

封を開ける。

便箋を広げる。

視線を落とす。


『――おかえりなさい。』


「……」

止まる。

「……マジか」

小さく呟く。

力が抜ける。

同時に、胸の奥が一気に軽くなる。


終わってなかった。

ちゃんと、繋がってる。


「……よかった」

ぽつりと漏れる。

思わず手を握り、立ち上がりかけ――


「……っ」

椅子がガタッと鳴る。

慌てて周りを見る。

誰もいない。


「……危ねぇ」

小さく笑う。

座り直す。


もう一度、その一文を見る。

――おかえりなさい。

短い。

でも、それで十分だった。

全部、返ってきた気がした。


「……」

ペンを取る。

今度は、ほとんど迷わない。


『おかえりなさい、という言葉をもらえるとは思っていませんでした。』

『少し照れました。』


少しだけ笑いながら書く。


『今日、少しだけ話しましたね。』

『たぶん、偶然ではない気がしています。』


ペンが少し止まる。

でも、そのまま続ける。


『でも、あの距離も悪くないと思いました。』

『教室と図書室で、少し違うままでいられるのは、安心します。』

『無理に変えなくても、いいですよね。』


書き終え、小さく息を吐く。

――繋がってる。

その実感が、ちゃんとある。


数日後。

封筒。


『――昨日は、少し驚きました。』


短い。

でも、分かる。

これは――続いてる。

終わらせるための言葉じゃない。


「……」

ペンを取る。

今度は、自然だった。


『教室で話すのは、不思議な感じがします。』

『声でやり取りするよりも、少しだけ距離が近い気がして。』

『でも、少し怖くもありました。』


一瞬だけ手が止まる。

でも、書く。


『だから、あのくらいでちょうどよかったのかもしれません。』

『でも、』

少し間を置く。

『もう少し話してみたいとも思いました。』


ペン先がわずかに震える。

でも、そのまま続ける。


『急がなくてもいいと思っています。』

『でも、少しずつなら。』

『あなたは、どう思っていますか。』


書き終える。

「……」

小さく息を吐く。

今までで一番踏み込んだ。

でも――後悔はない。


便箋を折り、封筒に入れる。

本棚へ向かい、差し込む。

手を離す。


――終わらない。

それだけじゃない。

――少し、進んだ気がしていた。

まだはっきりとは言えないけれど。

でも、もう戻る前とは違う。

その感覚だけは、確かに残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ