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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼Side
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彼Side 第5章 中編「止まっていた時間」

目を覚ましたとき、最初に見えたのは白い天井だった。


「……ここ、どこだ」


声がやけに乾いていた。


消毒液の匂い。

遠くで鳴る電子音。

規則正しく流れる空気の音。


ゆっくり瞬きをして、ようやく理解する。


病院だ。


体を少し動かそうとして、脇腹に鈍い痛みが走る。


「っ……」


呼吸が浅くなる。


ただ寝ているだけなのに、

体が自分のものじゃないみたいだった。


時間の感覚が曖昧だ。


何時間寝ていたのかも分からない。


窓の外は明るい。

けれど、今が何時なのか考える気力もなかった。


脇腹には、鈍く重たい感覚が残っていた。


動かさなければ耐えられるけれど、少し力を入れるとまだ響く。


「あんた肋骨折れてたみたいよ」

「2週間くらい安静だって」


母の声は軽かった。

大事に至らなかったことに安心しているのが分かる。


「……2週間、か」


頭の中で日数を数える。


十四日。


水曜が、二回。


その数字が、やけに引っかかった。


思ったより長い。


「ダセェ……」


誰かを助けて、転んで、それで終わり——のはずだった。


けど、そうじゃなかった。


病室は静かだった。


隣のベッドのカーテンは閉まっている。


時計の針が動く音だけがやけに大きく感じる。


やることがない、というのは思ったよりきつい。


スマホを触る。

動画を見る。

少し眠る。


それを繰り返すだけで、一日が終わる。


体は動けないのに、時間だけが進んでいく。


自分だけ、どこか取り残されているような感覚。


スマホを手に取る。


通知がいくつか溜まっている中に、友達からのメッセージがあった。


『大丈夫?』


短い一文。


少しだけ迷ってから返す。


『ああ、平気』


すぐに既読がつく。


『よかった』


それだけだった。


踏み込んでこない、その距離感がちょうどいい。


無理に会話を続ける必要もない。


ただ、こうして繋がっているだけで十分だった。


そのまま日が過ぎていく。


そして、ふとした瞬間に浮かぶ。


図書室。


本棚の隙間。

白い封筒。

丸い文字。


あの日、ポケットに入れたまま倒れた。


あれは、どうなったんだ。


回収されずに、そのまま残っているのか。

それとも、誰かの目に触れたのか。


もし、次の水曜に俺が行かなかったら。


どう思うだろう。


「来なかった」で終わるのか。

それとも、待つのか。


考え始めると、止まらなくなる。


「……そろそろか」


小さく呟く。


水曜。


あのやり取りは、俺の中で“回収する日”として決めていた。


直接行けない以上、誰かに頼むしかない。


俺はスマホを開き、少しだけ考えてからメッセージを送る。


『悪い、ちょっと頼みたいことある』


すぐに返信が来る。


『なに?』


俺は続けて打つ。


『図書室でさ、取ってきてほしいものがある』


送ってから、少し後悔する。


説明が足りない。


けれど、余計なことは言いたくなかった。


『は?なんで』


当然だ。


俺は画面を見つめたまま、しばらく指を止める。


言葉にすると、急に軽くなる気がした。


だから、短く打つ。


『……いいから』


続けて打つ。


『あと』


止めて、少しだけ間を置く。


『絶対に見るなよ』


送信。


すぐに既読がつく。


『いや怖いわ』


『絶対だぞ』


『絶対見るな』


『2回言うな』


『分かったって』


『取ってくればいいんだろ?』


「……頼んだ」


小さく呟いて、スマホを置く。


数日後。


『あったぞ』


友達からの連絡が来る。


『図書室のやつ、ちゃんとあった』


そのまま続く。


『預かっとく』


それだけで、一度目は終わった。


しばらく時間が過ぎる。


入院生活の中で、日々は淡々と進んでいく。


ベッドに横になり、天井を眺めながら、ただ時間を数える。


そしてまた数日後。


『今週もあった』


その一文で、時間が止まる。


『もう一通増えてた』


「……は?」


喉がひりつく。


来なかった俺に、それでも書いたのか。


一通で様子を見ることもできたはずだ。


それでも、続けた。


そこに、何があったんだ。


心配か。

怒りか。

ただの習慣か。


分からないまま、胸の奥がざわつく。


俺が気づかない間にも、あの場所では時間が流れていた。


封筒は、見えないところで増えていた。


来なくなった俺のことを、

どう思っているんだろう。


少しだけ考えてから返す。


『まとめて持って来れる?』


『いや、ちょっと忙しくて厳しい』


『了解』


それだけのやり取り。


最初に回収した封筒は、そのまま友達の手元にあった。


本当は、すぐにでも受け取りたかった。

けれど、病院まで来るのは面倒だと返された。


それに——


「来週には戻れるって言われたしな」


そんな軽い判断もあった。


結果として、一通目はそのまま保管されることになる。


その間に、二通目が増えた。


そして、それらはまとめて渡されることになる。


数日後、退院の少し前。


『持ってきた』


友達からのメッセージ。


俺が教室に戻ると、すぐに声がかかった。


「これ」


差し出された手の中に、封筒が二通。


見慣れた白。


見慣れた文字。


「預かってたやつ」


軽くそう言われる。


「あと、ちゃんと見てないからな」


「見るなって言われたし」


「そこは守った」


「……ああ」


短く返す。


封筒を受け取る。


差し出された二通は、思ったよりも厚みがあった。


時間の分だけ、重い。


――見ていない


その言葉に、ほんの少しだけ安堵する。


受け取った瞬間、指先に伝わる紙の感触が懐かしい。


止まっていた時間が、そのまま形になって戻ってきたみたいだった。


俺は封筒の角をなぞる。


ここに、俺の知らない数日が詰まっている。


けれど——


これで、ようやく続きを読める。


「……サンキュ」


それだけ言って、封筒を握り直す。


窓の外では、いつも通り時間が流れている。


止まっていたものが、また動き出す。


俺の中でも、ようやく続きが始まる気がした。

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