表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼Side
30/44

彼Side 第4章 後編「近くて、遠い」

授業中。


黒板を見ているはずなのに、

ほとんど頭に入ってこない。


さっきのことが、ずっと引っかかっていた。


「よかったら、その……組まない?」


……いや、言い方。


もっと別の言い方があっただろ。


なんであんなタイミングで言ったんだ。


ていうか、普通に急すぎる。


「……はあ」


小さく息を吐く。


ちらっと横を見る。


図書委員の女子。


さっきと変わらず、普通にノートを取っている。


何事もなかったみたいに。


……いや、そりゃそうか。


急に声をかけられて、

しかもあの言い方。


困るよな、普通に。


「……終わったな」


ぼそっと呟く。


自分の中で、半分くらい諦めていた。


でも。


――このまま終わるのは、なんか違う。


頭のどこかで、ずっとそれが残っている。


さっきのまま終わるのは、

中途半端すぎる。


「……」


ペンを持ったまま、少しだけ考える。


どうする。


このまま何も言わないか。


それとも――


もう一回、行くか。


チャイムが鳴る。


授業が終わる。


ざわつく教室。


立ち上がるやつ、移動するやつ。


その中で、少しだけタイミングを待つ。


……今だ。


立ち上がる。


さっきよりは、少しだけ早く足が動く。


迷いはある。


でも――止まるほどじゃない。


「……あの」


もう一度、声をかける。


女の子が顔を上げる。


さっきより、少しだけ驚きが少ない気がした。


「さっきの、あれなんだけどさ」


一瞬、言葉に詰まる。


でも、そのまま続ける。


「もしよかったら、やっぱり……組まない?」


今度は、ちゃんと最後まで言う。


逃げずに。


「……」


少しだけ間が空く。


さっきと同じ沈黙。


――やっぱ無理か。


そう思いかけたとき。


「……うん」


小さく、返事が返ってくる。


一瞬、理解が遅れる。


「……え」


思わず声が出る。


「いいよ」


今度は、少しだけはっきりと。


「あ、……そっか」


変な返しになる。


何言ってんだ、自分。


「……ありがとう」


とりあえず、それだけ言った。


それ以上、会話は続かない。


でも、それで十分だった。


午後の授業。


英語。


「じゃあ、さっき決めたペアでディスカッションなー」


先生の声。


周りがざわつく。


椅子を動かす音。


その中で、向かい合う形になる。


「……よろしく」


小さく言う。


「……うん、よろしく」


返ってくる声。


一瞬だけ沈黙。


近い。


思っていたより、距離が近い。


机を挟んでいるだけなのに、

やけに意識する。


「えっと……」


配られたプリントを見る。


話題は簡単なテーマ。


意見を言い合うだけ。


難しくはない。


「……どっちから言う?」


適当に振る。


「……どっちでも」


少しだけ迷ったような声。


「じゃあ、先いい?」


「うん」


それだけのやり取り。


でも――ちゃんと会話になってる。


自分の意見を言う。


相手が頷く。


相手が話す。


それを聞く。


それだけのことなのに、

なんか少し不思議だった。


――手紙の人だ。


そう思いながら話している自分がいる。


でも、向こうは何も言わない。


気づいてるのか。


気づいてないのか。


分からない。


「……」


一瞬だけ、言いかけてやめる。


今ここで言うことじゃない。


たぶん。


それでも――


さっきまでより、少しだけ距離が近い気がした。


ディスカッションが終わる。


「はい、そこまでー」


先生の声。


「……」


顔を上げる。


一瞬だけ目が合う。


「……」


お互い、何も言わない。


でも、さっきより少しだけ空気が柔らかい気がした。


「……じゃあ」


小さく言って、席を戻す。


それ以上は何もなかった。


でも――悪くなかった。


自分の席に座りながら、そう思う。


最初は、ただの確認だった。


手紙。


誰か。


正体。


でも今は、

それだけじゃなくなってる気がする。


「……まあ、いいか」


小さく呟く。


無理に進める必要はない。


でも――少しずつなら、このままでもいいかもしれない。


そんなことを自然に思っていた。


午後の授業が終わって、教室にいつものざわめきが戻る。


さっきまで一緒に話していたのが、なんとなく現実じゃないみたいで。


席に戻っても、少しだけ落ち着かない。


――普通に、話した。


それだけのことなのに。


視線を上げる。


少し離れた席に、彼女がいる。


もう、名前も顔も分かってる。


でも――


それ以上は、まだ何も変わっていない。


「……まあ、それでいいか」


小さく呟いて、視線を逸らした。


無理に近づかなくてもいい。


無理に変えなくてもいい。


図書室と、教室と。


少し違うままでいられるこの距離が、今はちょうどいい気がした。


―――


家に帰ると、リビングの明かりがついていた。


「おかえり」


ソファに座った妹が顔を上げる。


机の上には、開きっぱなしのノート。


「……また?」


「ここ、分かんない」


当たり前みたいに言われる。


「どこ」


ため息をつきながら、隣に座る。


ノートを覗き込む。


説明する。


一回じゃ分からなくて、もう一回。


それでも分からなくて、少しだけ言い方を変える。


「……あ、分かった」


ぱっと顔が明るくなる。


「ありがと」


「……はいよ」


軽く返して、立ち上がる。


頼られるのは、嫌いじゃない。


むしろ、慣れてる。


でも――ずっとこれだと、ちょっと疲れるな。


そう思って、すぐに打ち消した。


「……まあ、いっか」


小さく呟く。


―――


次の日。


帰り際、廊下で友達に声をかけられる。


「なあ、今日さ――」


他愛ない話。


いつも通りのやり取り。


その中で、


「てかお前、最近図書室行ってね?」


ふいに言われる。


「……まあ、たまに」


適当に返す。


「へー、珍し」


それ以上は突っ込まれない。


少しだけ、間が空く。


「なあ」


自分から、声を出す。


「もしさ、俺行けない日あったら」


言いながら、少しだけ迷う。


「……代わりに、本取ってきてもらうとかって、頼める?」


「は?なんで」


笑われる。


「いや、なんとなく」


「まあ、別にいいけど」


軽い返事。


「……サンキュ」


それだけのやり取り。


でも――なんとなく、こういうのも悪くない気がした。


―――


その日の夜。


机に向かって、ペンを手に取る。


少しだけ考えてから、書き出す。


図書室でのこと。


今日のこと。


ほんの少しの、会話のこと。


言葉にしてみると、思っていたよりも、ちゃんと残る。


便箋を折って、封筒に入れる。


――また、水曜日に行けばいい。


それだけのこと。


それだけのはずなのに、

ほんの少しだけ、楽しみだと思っている自分がいた。


その感覚が、少しだけくすぐったい。


「……まあ、悪くないかもな」


小さく呟いて、ペンを置く。


胸の奥に、少しだけ余裕みたいなものができていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ