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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼Side
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彼Side 第2章 後編「不器用な返事」

椅子に座って、机に肘をつく。


手の中には、さっきの便箋。


まだ少しだけ、指先が落ち着かない。


もう一回、軽く開く。


視線を落とす。


『はじめまして。

火曜日にこの手紙を見つけました。

お返事するか悩んで、少し遅くなりましたが、

私でよければ――

これからよろしくお願いします。』


短い。


驚くほど、短い。


でも、それで十分だった。


ちゃんと、返ってきてる。


あの白い封筒に。


自分が、半分投げるみたいに置いた言葉に。


それだけで、なんか――


「……すげぇな」


小さく呟く。


何がすごいのかは、自分でもよく分からない。


たった数行だし、

内容だって、すごく特別なことが書いてあるわけじゃない。


でも。


“悩んで”って、その一言が、やけに残る。


悩んだんだ。


あの本棚の前で。


あの封筒を見つけて。


知らない誰かに返事を書くかどうか。


少しだけ想像してしまう。


その姿を。


……いや、顔も分からないのに。


少しだけ息を吐いて、便箋を閉じる。


ペンを手に取る。


そのまま紙に向けて――


止まる。


「……何書けばいいんだよ」


思わず声が出る。


さっきまで“書く”って決めてたくせに、

いざとなると、何も出てこない。


当たり前だ。


こんなの初めてだし。


知らない相手に手紙なんて。


しかも、これ。


変なこと書いたら、終わりじゃないか。


次は来ないかもしれない。


せっかく繋がった何かが、

自分の一言で切れるかもしれない。


そう思った瞬間、

ペン先が、ほんの少し震えた。


「……いや、別に終わらねぇか」


誰も見てないのに、ひとりでツッコむ。


その声が、思ったより情けなくて、

少しだけ笑いそうになる。


机に置いたままの便箋を見る。


整った文字。


きちんと揃った余白。


無理に飾ってないけど、

丁寧さだけは、はっきり伝わる。


――ちゃんとしてる人。


さっき思ったことが、また浮かぶ。


だったら。


こっちも、ちゃんと書いたほうがいいのか。


いや、でも。


あんまり固すぎるのも違う気がする。


構えすぎると、

なんか“自分じゃない”文章になりそうだ。


「……むず」


小さく呟く。


人と話すのは、別に嫌いじゃない。


でも。


名前も顔も知らない誰かに、

自分の言葉を渡すっていうのは、

思ってたより、重い。


少しだけ考えてから、

ペン先を紙に当てる。


止める。


また考える。


……考えすぎか。


深呼吸をひとつして、

ようやく書き始めた。


『返事ありがとう。

正直、返事が来ると思っていなかったので、ビックリもしましたが、とても嬉しかったです。

図書室で読む本、どんなものが好きですか?』


書き終えて、手を止める。


……短い。


いや、でも。


無理してない。


変に格好つけてもいない。


今の自分の、正直な気持ちだ。


一度、ゆっくり読み返す。


“とても嬉しかったです。”


そこだけ、少し目が止まる。


ほんとに、そうだった。


期待してなかったって言いながら、


どこかで、ずっと待ってた。


水曜日を。


あの封筒を。


「……まあ、いいか」


小さく呟く。


完璧じゃなくていい。


ちゃんと届けば、それでいい。


ペンを置いて、軽く息を吐く。


――これで、ちゃんと“返した”ことになる。


その事実が、

じわっと実感になってくる。


もう“片道”じゃない。


やり取り、だ。


便箋を丁寧に折る。


さっきの手紙と同じように、

角を揃える。


……いや、ちょっと違うか。


完全には同じにならない。


折り目も、微妙にずれてる。


「……まあ、いっか」


苦笑する。


完璧に揃えたところで、

それはそれで変だろ。


そのまま封筒に入れる。


立ち上がる。


静かな図書室。


誰もいない、本棚の奥へ向かう。


さっきと同じ道。


同じ棚。


同じ本。


――《まだ知らない君へ》


本を引き抜く。


背表紙の奥に、封筒を差し込む。


今度は、自分のだけじゃない。


“やり取り”としての一枚。


ほんの少しだけ、手が止まる。


……また、来るのか。


そんなことを思う。


来る理由なんて、なかったはずなのに。


でも今は、

はっきり一つだけある。


“待つため”の理由。


封筒から手を離す。


それでも、すぐには動かなかった。


見つけてくれるだろうか。


ちゃんと届くだろうか。



いや――


もう一回、来てくれるだろうか。


そこまで考えて、


「……いや」


小さく首を振る。


考えすぎだろ。


返事をくれたんだ。


来るに決まってる。


……たぶん。


でも。


その“たぶん”が、

少しだけ心地いい。


次の水曜日。


ここに来る理由は、もう決まってる。


俺は本を戻して、本棚から離れた。


図書室の扉を開ける。


廊下の音が、一気に現実を連れてくる。


さっきまでと同じ学校。


同じ放課後。


なのに、

どこかだけ違う。


帰り道。


なんとなく、足取りが軽い。


妹にまた文句を言われるかもしれない。


宿題もある。


やることは、山ほどある。


それでも。


胸の奥に、

小さな灯りみたいなものが残っている。


理由は、分かってる。


分かってるけど、

わざわざ言葉にするほどでもない。


ただ――


来週が、少しだけ気になる。


それだけだった。

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