彼Side 第1章 後編「待っていないふり」
次の水曜日。
放課後の図書室は、いつも通り静かだった。
――整えたし。
誰に向けたわけでもない言い訳を、頭の中でつぶやく。
あのままじゃ、さすがに雑すぎた。
読みづらかったかもしれない。
だから、書き直した。
少しだけ、まともになったはずだ。
……だからって、返事が来る保証なんてない。
そんなこと、わかってる。
それでも。
本棚の奥に手を伸ばす。
胸の奥が、少しざわつく。
ページをめくる。
何も、挟まっていない。
分かっていたはずなのに、わざわざ確かめてしまった。
だよな。
小さく息を吐く。
――次に来なかったら、今度こそ終わりにしよう。
もともと衝動だ。
気まぐれだ。
そう思えば、少しは楽になる。
けど――。
その次の水曜日。
放課後の図書室は、やっぱり静かだった。
廊下の音は遠くて、ここだけ少し遅れてるみたいに感じる。
特別なことなんて、何もない。
……はずなのに、
足は迷わず、本棚の奥へ向かっていた。
――これで最後にする。
そう決めたはずなのに。
結局また来てるあたり、自分でもちょっと呆れる。
同じ棚の前に立つ。
手を伸ばす。
迷いはない。
いつもと同じ動きで、本を引き抜いた。
――《まだ知らない君へ》
そのまま、背表紙の奥を見る。
白い封筒が、そこにある。
……ある。
いつもと同じ。
自分が入れた封筒。
何度も見てきたそれ。
――なのに。
……ん?
一瞬、手が止まる。
何か引っかかった。
いや、何がって言われると分からないけど。
でも、なんか違う。
もう一回、見る。
白い封筒。
いつもより少し奥になっている。
前は、もう少し飛び出てたはずだ。
たぶん。
いや、でも――
こんなもんだったか?
分からない。
でも、さっきから妙に気になる。
「……マジか?」
小さく声が出る。
誰もいないのに、少しだけ周りを見る。
当たり前だけど、誰もいない。
静かなまま。
もう一度、封筒を見る。
端のあたり。
ほんの少しだけ、形が違う気がした。
角は前から少し擦れてた。
それは自分が触ってたせいだって分かってる。
でも、それとは別に――
なんか、折れてるような跡がある。
……いや、待て。
「……誰か、触った?」
思わずそう呟いて、すぐに首を振る。
いや、ないだろ。
こんな場所、普通気づかない。
そう思ってたし、実際、ずっとそうだった。
それでも、目が離れない。
手を伸ばせば、すぐ届く。
中を見れば、全部分かる。
それくらいの距離。
なのに――
手が止まる。
「……いや」
小さく呟く。
どうせ、気のせいだ。
たまたまズレただけ。
自分で触ってるうちに、形が変わっただけ。
そう思おうとするのに、うまく納得できない。
胸の奥が、少しだけざわつく。
こんなの、今までなかったのに。
……まさか。
そんな考えが、頭をよぎる。
いや、まだ分からない。
決まったわけじゃない。
ただズレただけかもしれない。
ただ、そう見えるだけかもしれない。
そう思わないと、この先を考えそうになる。
それは、ちょっと嫌だった。
本を持ったまま、その場に立ち尽くす。
時間だけが、やけにゆっくり流れていく。
図書室は相変わらず静かで、誰の気配もない。
なのに。
この場所だけ、変な感じがする。
白い封筒から、目が離せない。
――ある。
その感覚だけが、残る。
でも。
“ある”だけじゃない。
さっき感じた、あの違和感。
それが、喉の奥に引っかかったまま、落ちない。
手を伸ばす。
指先は、届く距離まで近づいた。
でも、その先は動かない。
あと少しなのに、やけに遠い。
指先が、わずかに震える。
――もし違ったら。
もし、何も変わっていなかったら。
その瞬間。
全部が終わる。
――今度こそ。
自分で終わらせなきゃいけない。
そう思うと、手が出ない。
でも――
もし。
ほんの少しでも、何かが変わってたとしたら。
その可能性を、消せなかった。
胸の奥が、ひどく静かになる。
期待とも、不安ともつかない感情が、ただ、そこにある。
……触れろよ。
心の中でそう思うのに、体が動かない。
時間だけが過ぎていく。
結局、
そのまま、見てることしかできなかった。
白い封筒は、確かにそこにある。
でも今は。
それだけじゃない気がした。
まだ、確かめてないのに。
その場から動けなかった。




