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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼女Side
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第7章 後編 「終わりと、始まり」

冬休みに入ってから、時間の流れが少し変わった気がした。


朝は少し遅くて、夜は少し長い。

学校に行かないだけで、こんなにも世界の輪郭が曖昧になるなんて思わなかった。


けれど、その中でひとつだけ、はっきりしているものがあった。


机の引き出しの中。

お気に入りの缶。

その中に、大切にしまってある手紙。


私はときどきそれを取り出しては、何度も読み返していた。


終業式の日の手紙。


“これからも続けていきたい”


その言葉は、読むたびに胸の奥をやさしく満たす。


でも同時に、少しだけ落ち着かない気持ちも残していく。


――続いていく。


その“これから”が、どんな形になるのか。


学校がある日みたいに、自然にすれ違って。

図書室で、同じ空間にいて。


そんな時間がない今、この関係はどこへ向かっていくのか。


考えすぎだと分かっていても、ふとした瞬間に浮かんでしまう。


年が明けて、数日後。


家族に誘われて、初詣に行くことになった。


外に出ると、冬の空気は冷たくて、少しだけ頬が痛い。

吐く息が白くて、それだけで冬を実感する。


神社へ向かう道は、人でにぎわっていた。


それぞれの願いを胸に、ゆっくりと進む人の流れ。

ざわめきの中に、不思議と静けさもある。


私はその中を歩きながら、ぼんやりと前を見ていた。


そのとき――


少し前に、見覚えのある背中があった。


一瞬、足が止まる。


まさか、と思いながらも目が離せない。


距離を少しだけ詰める。

横顔が見える。


――やっぱり。


胸が、一気に熱くなる。


こんなところで。

こんなふうに。


偶然、会うなんて。


気づけば、声が出ていた。


「……あの」


彼が振り返る。


目が合う。

一瞬の驚き。


それから、ゆっくりと表情がやわらぐ。


「……ほんとに、いた」


少し笑いながら、そう言った。


その言葉に、胸が強く鳴る。


「私も、同じこと思った」


自然と、そう返していた。


「初詣?」


「うん」


短いやり取り。

それだけで、十分だった。


「……並ぶ?」


彼が、参道の先を見ながら言う。


長く続く列。


一瞬、迷う。


そのとき、少し後ろにいる母の姿が目に入った。


私は彼に小さく「ちょっと待って」と言って、振り返る。


人の流れをすり抜けて、母のところへ戻る。


「どうしたの?」


不思議そうに聞かれて、少しだけ言葉に詰まる。


でも、ちゃんと伝えたくて口を開いた。


「……友達に会って」


「その子と、お参りだけ一緒にしてきてもいい?」


母は一瞬だけ私の顔を見て、それからやわらかく笑った。


「いいよ」


「終わったら、あっちで待ってるね」


そう言って、屋台の方を指さす。


「甘酒でも飲んでるから」


「ゆっくりでいいよ」


その言葉に、胸の奥がふっと軽くなる。


「うん、ありがとう」


私はそう言って、彼のところへ戻った。


「ごめん、お待たせ」


「大丈夫」


短い言葉。

でも、それだけで少し距離が近くなった気がした。


私は彼の隣に並ぶ。

今度は、自分で選んだ距離だった。


人の流れに合わせて、ゆっくりと進んでいく。


会話は、ぽつりぽつりと続いた。


冬休みの過ごし方。

家でのこと。


ほんの些細な話ばかり。

でも、その一つひとつが、なぜか特別に感じる。


図書室とは違う場所。

それなのに、同じように落ち着く。


やがて順番が回ってくる。


お賽銭を入れて、手を合わせる。

目を閉じる。


願いごとを考える。


一瞬、迷った。


でも、すぐに決まった。


――この関係が、続きますように。


それだけだった。


目を開ける。


隣を見る。


彼も、ちょうど顔を上げたところだった。


目が合う。

どちらからともなく、少しだけ笑う。


「何お願いした?」


彼が軽く聞く。


私は少し迷ってから答えた。


「……秘密」


そう言うと、彼は小さく笑う。


「そっか」


それ以上は聞かない。


その距離が、やさしい。


境内を少し歩く。


屋台の明かりが、ゆらゆらと揺れている。

甘い匂いと、にぎやかな声。


その中で、ふと彼が立ち止まった。


「これ」


そう言って、小さな袋を差し出す。


中には、お守り。


少し驚いて顔を見る。


「いいの?」


「うん。……なんとなく」


少しだけ照れたような言い方。


でも、その奥にある気持ちは伝わってくる。


私はそれを受け取る。


手のひらの中に、あたたかさが残る。


「ありがとう」


そう言うと、彼は少しだけ視線を逸らした。


少し歩いたあと、自然と足が止まる。


分かれ道。


ここで、別々になる。


「じゃあ」


彼が言う。


いつも通りの、軽い別れの言葉。


でも今日は、それだけでは終われなかった。


私は一歩だけ踏み出す。


「……あの」


彼がこちらを見る。


少しだけ息を吸う。


難しい言葉はいらないと思った。


「これからも」


少しだけ間が空く。


「……続けたい」


静かに、その言葉を置く。


図書室も。

手紙も。

全部含めて。


彼は一瞬、驚いたように目を見開く。


それから、ゆっくりと笑った。


「……うん」


小さく、でもはっきりと頷く。


「俺も」


その一言で、十分だった。


「じゃあ、また」


「うん、また」


言葉を交わして、別れる。


少し歩いて、振り返る。


彼も同じタイミングで振り返っていた。


目が合う。

少しだけ笑う。


それだけで、胸の奥があたたかくなる。


母たちのところに戻ると、湯気の立つ紙コップを持っていた。


「おかえり」


「思ったより早かったね」


そう言いながら、どこか楽しそうにこちらを見る。


私は少しだけ頷く。


「うん」


それだけ答えたとき。


母が、少しだけにやっと笑った。


「……彼氏?」


一瞬、言葉が止まる。


すぐに首を振る。


「違うよ」


でも、そのあとに少しだけ間が空いた。


胸の奥にある気持ちを、そのまま言葉にする。


「……でも」


母が続きを待つように見る。


私は少し視線を落として、静かに言った。


「優しい人」


それだけ。


それだけなのに、胸の奥がほんのりあたたかくなる。


母は何も言わずに、小さく笑った。


家に帰って、コートを脱ぐ。


手に持っていたお守りを見る。


それを、そっと机の上に置く。


そして引き出しを開ける。


お気に入りの缶。


その中に、大切にしまわれている手紙たち。


私は少しだけ迷ってから、お守りをその隣に置いた。


紙じゃない。

でも、同じくらい大切なもの。


窓の外は、静かな夜。


冬の空気は冷たいはずなのに、胸の奥はあたたかかった。


終わりの日に始まったものは、

ちゃんと、続いている。


そして――


これからも。

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