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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
彼女Side
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第7章 前編 「終わりと、はじまり」

二学期の終業式の日。


朝の教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。


通知表の話。

冬休みの予定。

「やっと終わったー」と笑う声。


どれも聞き慣れたはずなのに、今日はどこか遠く感じる。


私は自分の席に座ったまま、窓の外をぼんやりと眺めていた。


冬の空は高くて、澄んでいる。

遠くまで見える景色の中に、理由もなく視線を預けながら思う。


――今日で、一区切り。


二学期が終わる。


それだけのはずなのに、胸の奥が少しだけ落ち着かない。

理由は、分かっている。


しばらく、会えなくなるかもしれない——それだけのことなのに。


教室で、あの人に。

図書室で、あの人に。

どちらにも。


終業式が終わり、ホームルームもあっけなく終わった。


「よいお年をー!」


そんな声があちこちで交わされる。


椅子の音、鞄を持つ音、笑い声。

いつもより早く、教室が空になっていく。


私は、しばらく席に座ったままだった。


帰ろうと思えば、すぐに帰れる。

でも――


足が、動かなかった。


ふと視線を上げると、教室の少し向こう。


あの人がいた。


何人かと話している。

笑っている。


いつも通りの、クラスの中心にいる姿。


でも、その中で一瞬だけ、こちらを見た。


目が合う。

ほんの一瞬。


すぐに逸らしたのに、胸が強く鳴った。


――行こう。


気づけば、そう思っていた。


理由なんて、もういらなかった。


私は立ち上がり、鞄を持つ。

そのまま、教室を出た。


向かう先は、もう決まっていた。


図書室の前に立つ。


扉の向こうは、きっと静かだ。

終業式の日。

利用する人なんて、ほとんどいないはずだから。


一度だけ、ゆっくりと息を吸う。


それから、扉を開けた。


静かな空気。

やわらかな光。

少しだけ冷たい空気。


いつもの図書室なのに、どこか違って見える。


私はカウンターに荷物を置いた。


いつもなら腕章をつけるはずなのに、今日はそれがない。


終業式の日。

図書委員の仕事は、もう終わっている。


それでもここに来たのは――


ただ、来たかったから。


それだけだと気づいて、胸の奥が静かに揺れた。


本棚の間を歩く。


足音がやけに小さく響く。


あの場所へ向かう。

もう迷うことはなかった。


手を伸ばす。


背表紙の隙間。

指先に触れる、封筒の感触。


そこにあると分かっていたみたいに、自然に取り出していた。


私は近くの席に座る。


封筒を見つめる。

白い紙。

少しだけ丸みのある、丁寧な文字。


それだけで、胸の奥があたたかくなる。


ゆっくりと封を開けた。


『今日は、少し特別な日ですね。』


最初の一文を読んだ瞬間、息が止まる。


同じことを考えていた。


終業式。

区切りの日。


『いつもと同じはずなのに、少しだけ違って見えます。』


胸の奥が、静かに締めつけられる。


私も、同じだった。


『たぶん、しばらく会えなくなるからだと思います。』


その言葉に、視線が留まる。


——やっぱり。


そのことを、考えていた。


教室でも。

図書室でも。


会えなくなるかもしれない時間。


それが、こんなにも重く感じるなんて。


『だから、今日はちゃんと書いておこうと思いました。』


“ちゃんと”。


その言葉に、少しだけ背筋が伸びる。


『今まで、ありがとうございました。』


胸が、ほんの少しだけ痛む。


終わりみたいな響き。


でも――


『そして、これからも。』


その続きに、息を呑む。


『もしよければ、このやり取りを続けていきたいです。』


視界が、少しだけ滲んだ。


終わりじゃない。

ここから先の話。


『形は少し変わるかもしれません。』

『でも、この場所も、この関係も。』

『大切にしたいと思っています。』


ゆっくりと、言葉が胸に落ちていく。


なんとなく続いていたものが、

“選ばれたもの”に変わった気がした。


その重みと、やさしさが、胸に残る。


最後の一行。


『あなたは、どう思いますか。』


問いかけ。


でも、急かさない。

ただ、隣に置いてくれるような問い。


手紙を閉じても、すぐには動けなかった。


膝の上に置いたまま、その重みを感じる。


終わりの日に、始まりの話。


不思議なのに、自然だった。


私はゆっくりと立ち上がる。


便箋を取り出す。

ペンを持つ。


考える時間は、ほとんどいらなかった。


もう、決まっていたから。


――私も、同じです。


その一行を書いた瞬間、胸の奥がやわらかく満たされた。


続けて書く。


今までのこと。

楽しかったこと。

安心できたこと。

そして、これからも続けたいという気持ち。


全部、丁寧に。

でも、この距離を壊さないようにしながら。


書き終えて、封筒に入れる。

それをそっと、本棚に戻した。


「……やっぱり、来てたんだ」


背後から、静かな声。


振り返る。


あの人が立っていた。


図書室の中で、向き合う。


何度かあったはずなのに、今日は少し違う。


終業式だからかもしれない。

それとも――


さっきの手紙のせいかもしれない。


「うん」


小さく答える。


彼は本棚の方をちらりと見て、それから私を見る。


「読んだ?」


その一言に、胸が少し跳ねる。


「……うん」


短い会話。

でも、それだけで十分だった。


彼は小さく息をついて、やわらかく笑う。


「よかった」


その一言に、安心がにじんでいた。


少しの沈黙。

でも、気まずくはない。


窓からの光が、二人の間に静かに落ちている。


その中で、彼がぽつりと呟いた。


「終わる感じ、しないね」


私は、小さく頷く。


「うん」


むしろ、これからの方が長い気がした。


そんな、不思議な感覚。


「冬休み、どうしてる?」


何気ない質問。


でも、その奥にあるものに気づいてしまう。


私は少し考えてから答えた。


「家にいることが多いかな」

「初詣くらいは、行くと思うけど」


その言葉に、彼の視線がほんの少しだけ揺れる。


「……そっか」


それ以上は、何も言わない。


でも、それでよかった。


図書室を出ると、空気はさらに冷たくなっていた。


冬の夕方。

淡い光の中で、校舎が静かに佇んでいる。


私は一度だけ振り返る。


あの場所。

本棚。

手紙。

そして――


あの人。


全部がそこにあって、

これからも続いていく。


そんな気がしていた。


静かに、胸の奥で。

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