表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/66

第65話 瑞の意志と、ナミ子の社会!

 自分の小説も売って、文化祭も終わった。

 家の居間(いま)で、私はパソコンの前に座って小説を書いている。

 今日は平日で、みんな学校に行っている。

 だが瑞だけは今日は学校が休みだったらしく、(めずら)しく朝から私と2人きりだ。

 ちなみにナミ子はバイトに行っていて、まだ帰ってきてない。

 銀杏は相変わらずどこかへ出かけている。 最近は宇宙に興味があると言って、宇宙人を探すのだとか言って飛び出していったが、大丈夫だろうか。


 瑞は小説を書くのをいったん止めていたが、最近はどうも再び書き始めたらしい。

 真剣な表情をしてパソコンで文章を書いている姿が見えるようになったし、ネット小説も更新されるようになってきたのだ。

 相変わらず何も言ってこないから、私も何も聞かないのだが。

 今も瑞は眼鏡をかけてヘッドフォンをつけて、真剣(しんけん)な表情で文章を書いているみたいだ。 私の机の後ろの低いテーブルで、ノートパソコンを前にして指を動かしている。

 瑞はヘッドフォンを外すと、立ち上がりながら声をかけてきた。


「フミー、ごはん食べに行かない?」

「うん、いいよ」


 私は文章を途中で止めて、立ち上がっていく。 時計を見れば、ちょうど昼時だ。

 私たちは一緒に外に出ると、近くのハンバーガー屋へ行った。


 ハンバーガーを買って、私たちは店から出てくる。

 瑞は相変わらず下駄(げた)をはいていて、歩くたびにカラコロという音が鳴る。 最近は自分の作った奇妙(きみょう)な服まで着るようになったから、もはやいつの時代の人かよく分からなくなる。

 私たちは歩いて、そのまま外で食べることにした。 海のそばに来て、ハンバーガーをほおばりながら道路沿いを歩いていく。

 海岸沿いに()まれたコンクリートの上で、瑞は歩いていたが、おもむろに話し始めた。


「……フミ、私やっぱり小説家目指す」


 瑞は、食べ終わった包み紙をくしゃくしゃに丸めながら言った。 私はハンバーガーを口から離して頷く。


「あぁ、そう」

「うん。 色々やってみたけど、やっぱり私には小説があってる気がする。 自由に自分を表現できるのが、私は好きなの」


 なるほど、私も同じだ。

 現実の中でやれることは限られてる。 爆弾を爆発させることは倫理的(りんりてき)にできないし、別の世界を創造(そうぞう)することは物理的にできない。

 私は普通の日常を送っていたら、ムズムズしてしょうがなくなる。

 なんとなくだが、瑞も、そして葉月も、そういう部分はある気がする。 ……いや、誰でもそういう部分はあるのかも?

 瑞は歩きながら、話し続ける。


「でも、その前に一応、大学には行こうと思ってる。 小説を書いてたら知識がいるもんね。 それに、フミを見てたら、正直こうなっちゃダメだって思うし」


 私は思わず笑って()き出した。 その通りである。

 後から大学に行きたいと思ったら、学費を自分で(かせ)ぐことになる。 生計(せいけい)を立てるための仕事をしながら、受験勉強をしなきゃいけない。

 行ったとして、その間の仕事との両立も大変だ。 子供がいれば、子育てまで同時にしなきゃいけなくなる。

 大人になって学びなおすのは、なかなかに大変なのだ。

 結局私だって、普段の仕事に追われて、勉強するヒマなんてほとんどない。

 まぁ、よかった。 私が反面教師になって。

 瑞は続ける。


「だから、まずは塾に入って、受験勉強してみようって思うんだ」

「……そっか」


 私はなぜか、自分のことじゃないのに(うれ)しくなった。 瑞が一歩前に進んだ気がしたのだ。

 見上げてみれば、コンクリートの上を歩く瑞の動きはキレがあって、悩みを吹っ切った感じだ。

 いつしか瑞は、初めて見たときとは大きく違っていた。

 前は存在感が(うす)くて、社会の同調圧力の中で自分を見失ってるような、輪郭(りんかく)曖昧(あいまい)さがあった。

 しかし、今は大きく変わっていた。

 自分の見たいものは自分の目で見て、自分の行きたい方へ足を伸ばす。 そして、自分自身の輪郭を自覚し始めているのを感じる。

 私はそのまま、瑞と黙って海のそばを歩き続けた。 コンクリートの上を(おど)るように歩いていく瑞は、生き生きとしていた。




 私たちは家に帰ると、ナミ子がバイトから帰っていた。

 そういえば、ナミ子もまた大きく変わってきた。

 働き始めた頃は、帰ってくると疲れ果てていたし、今でも私や瑞に泣きついてきて、仕事中にあった嫌なことを話したりもする。

 でも以前に比べて……ほんの少したくましくなったし、活動的にもなってきた。

 まださほど()ってないのに、働き始めると変わるものだ。


「ただいま」

「おかえりー。 フミ、一緒に絵を描きにいかない?」


 帰ってきた私たちを見て、ナミ子はよく分からない誘いをしてくる。 私は立ち止まり、聞き返した。


「どういうこと?」

「んー、いや、なんとなくだけど」


 そう言って立ち止まるナミ子の手には、絵を描くためのペンタブがあった。

 へぇ、ナミ子って絵を描くの。 いつの間にか、絵を描くようにもなったらしい。

 私は理解すると、誘いに乗ることにした。


「いいよ。 ちょっと待って、ペンタブ、私も持ってたよね……」


 私はそう言うと、押し入れの方に向かった。

 ネット小説を投稿(とうこう)し始めた最初の方で、分かりやすいようにとなるべく絵を描くようにしていたのだ。 今は、ほとんど描かなくなったけど……。

 その時に買ったペンタブが、今もどこかにあるはずだ。 確か、引っ越しの時に持ってきたはずだけど。


「あ、あった」


 古びたペンタブを、押し入れの中から引っ張り出す。

 あぁ、懐かしいなぁ。 もうこれを使って絵を練習してたのも、2年前かぁ……。

 私がぼんやりと思い出に(ひた)っていると、ナミ子が玄関から声を投げてきた。


「フミー、行くよー!」

「あぁ、うん」


 ナミ子が急かしてくるのを追って、私は玄関へと向かった。



 家を出た私は、ナミ子と並んで近所の道路を歩いていく。

 学校があって、スーパーがあって、マンションがある、いつもの町の風景が、目に入ってくる。

 最近、変な感覚を感じるようになった。 ただ町の中を歩いているだけで、なぜか遠い昔の――小学生の時を思い出すことが増えたのだ。

 ただ目の前の景色を見て、空気を感じて、一緒に生きる仲間としての人々がいて。

 昔は当たり前だったはずなのに、最近は感じていなかった。 長い時間、まったく違う次元(じげん)に住んでいたかのような気すらしてくるのだ。

 私は一体、どこに行っていたんだろう?


 私たちは少し歩いて、電車の駅にやって来た。 町中の、建物などの雑然(ざつぜん)とした景色があって、それなりに人が歩いているような場所だ。

 道路の適当な場所に座って、私たちはさっそく絵を描き始めた。

 横を(のぞ)き見ると、ナミ子はここから見える駅前の風景を描こうとしているらしい。

 私も(となり)に座って、ペンタブを前にした。

 えーと、何を描こうかな。 せっかくだし、同じようにここから見える風景を描いてもいいかも。


 私たちは黙って絵を描き始めて、落ち着いた空気が訪れた。

 ……そういえば、最近、ナミ子は私に名前を呼び捨てするように言ってきた。 お返しに、私も名前で呼んでもらうことになったのだ。

 年は離れているが、距離が近くなったということなのかな。


 私がペンを動かしていると、ナミ子が(つぶや)くように話し始めた。


「……なんか、最近ちょっとだけ良いかも」

「何が?」

「んー、なにかが」


 ナミ子はそう言って、言葉を(にご)す。

 生活全体のことを言っているんだろうか?

 今の言い方を聞く感じでは、やっぱり前の生活は、ナミ子自身が満足するものではなかったんだろう。

 でも、それならナミ子が最初から働けばよかったのかというと、私には疑問が残る。

 私には、ナミ子には仲間が必要だったような気がするのだ。

 一人で働き始めても、親身(しんみ)になってくれる人や、愚痴(ぐち)を聞いてくれる人がいないと(つら)い。 嫌なことを話して、受け入れてもらって、少しずつ社会になじんでいけると思うのだ。

 根性で一人でやれというのは、私はいいやり方だとは思わない。 私の不登校や、引きこもり生活を経ての、なんとなくの感覚だが。


 大体人って、そんなに一人で力強く生きていく必要のあるものだろうか。

 ナミ子に限った話ではなく、もっと一般的な話だけど。

 手を引きあって、心ある激励(げきれい)を飛ばして、そうやって足を()ん張って、涙をぬぐいながら少しずつ強くなっていくものじゃないのか。

 それをせずに、ただ利己的(りこてき)に突き放して、(ひと)りぼっちで精神をすり減らさせながら学んでいく必要が、いったいどこにあるんだろう。

 甘い考えなのは分かるし、一人で踏ん張るべき時は間違いなくあるとは思うのだが。


「ありがと」


 ぼそっと、ナミ子が言った。

 今私が考えたようなことを、言ってるんだろうか? 私はなんとなく察しつつ、一応聞き返した。


「なんで?」

「なんとなく」


 ナミ子は、相変わらず(にご)したような言い方をする。 やっぱり、そういう意味なんだろうか。

 ……いや! もしかしたら、おっぱいあげたのが滅茶苦茶(めちゃくちゃ)()いたのかもしれないぞ。 だとしたら、確かに私のおかげだ、うん。

 私はなんとなく、ナミ子にもお礼を言いたくなった。

 こういう時、特に意味はないが、全てはお互い様だろうという漠然(ばくぜん)とした超一般論が、私の中で発動するのだ。


「私も、ありがとう」

「……なんで?」

「なんとなく」


 私はお返しに、ちょっと意地悪(いじわる)するように言葉を濁すと、ナミ子はいきなり飛びついてきた。


「フミいいいぃっっ!!! おっぱいちょうだああいぃっっ!!!!!www」


 叫びながら私の体に抱き着いてきて、強い力で服を引っ張ってくる。

 私はペンタブを放り投げながら、ナミ子を受け入れた。 秋のアスファルトの上で、またいつかと同じようにぐちゃぐちゃになっていく。


「あんた、まだ必要なのぉっ?!」

「いくらでも必要なんだよおおおっ!!!! うーん、ちゅぱちゅぱ……おいちーっ!!!wwww」

「ぎゃーーっっ!!!やめてええ””ええっっっ!!!!!」

 次で最終回だよ! 読んでくれて、ありがとうっ!(黒縁)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ