第64話 小説サイトイベントで、自分の本を売ってみよう!
ついに製本した自分の本を売る日がやって来た!
場所はいつもと同じで、海沿いの地域にある大きな会場である。
私たちが普段使っている大手小説サイトのイベントだ。 初めて葉月と知り合ったのと、同じイベントである。
会場の中に入ると、前回来た時からは出展されてる作品が大きく異なっていた。 たった数カ月しか経ってないが、流れの移り変わりは早いものだ。
前に来た時には気づかなかったが、個人が軽い感覚で本を売っていいコーナーというのがあったらしい。 会場の隅っこの方に、駐車場一つ分ぐらいの大きさの場所があった。
売るための場所の確保は事前にアキさんがしてくれていたので、あとは本を用意して売るだけである。
「よーし、みんな集まったね!」
アキさんが、元気に声を出す。
割り当てられた机の前に立って、私は製本した本を取り出した。 改めて自分の本を手に取って眺める。
表紙の絵まで描いてもらって、本当にプロの本みたいだ。 書店に並んでいても不思議ではない。 やったっ!!w
隣には葉月が机を並べていて、向こうには瑞の姿も見える。
瑞は最近小説は書いてないが、イベントには参加することになったのだ。 せっかくアキさんに表紙も描いてもらったし、売らないともったいないというのもある。
開場すると、さっそく私たちは売り始めたっ!
「へい、らっしゃあーーいっ!!」
「安いよ安いよぉーっ!」
魚屋みたいなかけ声を上げながら、アキさんを筆頭にして私たちは自分の本を売っていく。
人は意外と多く、十秒に一度は私の机の前も通り過ぎていく。
おぉ、なんか凄い。 ふだん小説サイトでもアクセスはあるわけだが、実際に人が見えればこんな感じなんだろうか。
私は緊張して、ただぼんやりと座っていた。 うつむきがちに、ぼんやりと景色を眺めるだけだ。
そうしていると、アキさんがやって来た。
「黒縁っ! そんな暗い顔してたら、お客さんも気軽に立ち寄れないじゃん。 ほら、もっと笑って!」
扇子で、私の頬を軽く突っついてくる。 私は少し恥ずかしくなり、笑みをこぼした。
私はぼんやりと人の波を見つめた。
共鳴する……。 相手と同じ部分が……。 違う部分は押し引きで……。
また理屈っぽく考え始めていて、頭の中がごちゃごちゃしてくる。
そんな時、一人の人が目の前を通りがかった。 私の小説のカバーを見て、その男の人は少し興味深そうにしている。
これは、お客さんってことだろうか。 私は相変わらず何も言えず、ただ小さく会釈をした。
その人は足を止めて立ち止まると、私の小説を手に取っていった。 ページを軽くめくって、中身を読んでいく。
ぎゃーっ、怖いっ!!w
知らない人が、目の前で自分の書いた小説を読んでいるのだ。 私のことを何も知らない人が、好みがどれだけ合うのかも分からない人が、私の文章を難しい顔をして読むのである。
今どこを読んでいるのかも知れず、いつどんな風な反応をするのかも分からない。
最近は瑞たちと知り合って、少しは慣れてきたが、まだこの感覚には抵抗がある。
やばいやばい、こんなこと考えてると、相手にも私の緊張が伝わってしまう。
私が心臓をバクバクさせながら縮こまっていると、その人は不意に顔を上げてこっちを見た。
「……これ、あんたが書いてるの?」
「あ、はい」
「へぇ」
私がとっさに頷くと、男の人は理解したような仕草を見せて、手元の文章に目を戻した。
……今だ! 何か話せ私、なんか話せっ……! 共鳴、共鳴! でも分からーんっっ!!!!!!wwwwフゥウッゥウツッ!!!
私は切迫感に押されるようにして、言葉を押し出した。
「……伝承とか、興味あるんですか?」
あれ、意外とうまくいった。 アホらしいが、これでも私にはいっぱいいっぱいなのである。
男の人は顔を上げると、軽い調子で答えた。
「いやー、ないね。 ……でも、買ってみようかな。 内容はよく分かんないかもしれないけど、文章は割と読みやすいし」
……え? 買うって言った? ……ほんとに?
私は耳を疑いつつも、そうとしか思えない言葉をなんとか脳内で処理していった。 慌てて値段を言うと、男の人は財布を取り出していく。
お金を受け取るために私は手を出すと、自分でもびっくりするほど手が震えていた。 男の人は何も言わずに硬貨を渡して、そのまま去っていく。
お客さんが去っても、私はぼうっとしていた。 膝におろした手には、まだ硬貨が握られている。 心臓がドキドキしていて、状況が分からない。
やがて我に返って、隣の葉月の肩を、意味もなく掴んでガタガタ揺らしていった。
「ギャアアアーッッッ!! やったああああっっ!!!!イェエエエェイッッ!!wwwww」
「先輩、うるさいです」
結局、売れたのはその一冊だけだった。 終わりの時間が来て、他の人たちと一緒に片づけをしていった。
ものを人に売るのって、難しいなぁ……。 私は商売の難しさを噛みしめながら、同人誌コーナーを出た。
真っ先に片付けが終わったので、私は一人で散歩することにした。 12時を越えて、慌ただしさが落ち着いた会場の中を、改めて歩いていく。
辺りには、相変わらず色んな創作が満ちている。 大きなポスターに目がとまった。 あぁ、あの作品は前回も展示してあったな。 でも、私はよく分かんないって通り過ぎて……。
その時、見えている景色が、以前とは違うような気がした。
……あれ? なんか変な感じがする。
私がよく分かんないと思っていたあの小説は、楓ちゃんが好きそうかも。 猫が主人公で、現実の中で自由に動き回って、やりたい放題やって……。
あっちを見れば、葉月が好きそうなものがあり、こっちを見れば、スバルくんが好きそうなもの……。
私の中で何かが腑に落ちた気がした。 周囲はそんな創作物であふれていた。
自分が楽しめなかったあの物語も、他の誰かが求めていて……。 そうやって、みんなで創作物を楽しみ合っているのだ。
そんなことを考えていると、ふと隣にアキさんがやって来た。
「黒縁ちゃーん、どうかした?」
私が立ち止まったまま会場内を眺めているのを見て、不思議そうに聞いてくる。 私は振り向いて答えた。
「あぁ、いや……。 どの作品も、誰かが求めているから読まれるんですね」
「はぁ?! 当たり前じゃん、何言ってんの。 黒縁、そんなことも分かんないで、小説書いてたの?」
アキさんは噴き出すように笑いながら聞いてくる。 私は恥ずかしくなって、笑いながら頷いた。
いや、分かってるつもりだったんだけど。 でも正直、自分がよく分からない作品を、他の人が好きなのだという意識が薄かった。
周りにもっと創作について話し合う人がいれば、ちょっとは違ったのかもしれない。 正直、小学校中学校と、私は創作について学校の友達と話し合ったことなど、ほとんどなかったのだ。
「あぁ、そういう話?」
話をすると、アキさんは理解するように相槌を打ってきた。
落ち着いた表情になり、アキさんは高校の部室でも眺めるような懐かい目をして、会場内を見つめながら言った。
「そりゃそうだよ。 そうやって、創作文化は成り立ってるんだから」
ところでお腹すきましたね。(黒縁)




