第63話 文化祭っ!
そんなこんなで、文化祭の日がやって来た!
葉月と瑞で、2つの学校の文化祭の日がかぶっていたから大変である!
まずは瑞の未来高校に行ってみるっ!
この高校は知り合いがいないし、楽な気分で回れるのだ。
私は出し物に参加する気はあまりない。 どうせ社交性がないから喋れないし、一人だから輪投げとかしても楽しめないでしょう。
私は瑞のクラスの出し物であるたこ焼き屋に直行した。 文化祭が始まって間もなかったこともあり、私は順番待ちなどをすることもなく、すんなり瑞の教室に入れた。
指定された教室に入ると、昔ながらのいなせな感じの装いに身を包んだ生徒たちが、たこ焼きを作っていた。
教室内には机が並べられており、それを仕切りにして順路を作っているみたいだ。 順路に沿って、数グループに分けて調理している。
私が教室に入るとすぐに、遠くから瑞の声が飛んできた。
「フミーッ! こっち」
瑞は教室の真ん中あたりにいて、手を振ってきている。
私はまっすぐにそこに行くと、客が会計を済ませたところだったので、すぐに接客が始まった。
「お客さん、一人ぃ!」
「はい、毎度ぉっ!」
瑞の元気な掛け声に、男子生徒が答えて、たこ焼きのパックを用意している。
今回は今の時代らしく、エコをテーマにしているらしく、牛乳パックで作った容器を用意していた。
瑞は料理係らしく、たこ焼きをひっくり返す作業に集中している。 他の人より手早く作業していて、さすがの手際である。
女子の一人が私に値段を言ってくる。 私ははいと返事をして財布を漁り、硬貨数枚を手渡した。
「ほい、たこ焼き一丁、あがりっ!」
男子が勢いよく声を上げて、私に一人分のパックを差し出してくる。
さっきから思っていたが、生徒たちが元気で生き生きしていて、まるで社会の低体温とは無縁だ。
私は同調して楽しくなり、笑いながらたこ焼きを受け取り、お礼を言って立ち去った。
教室を出かかると、後ろから瑞が追いかけてきた。 あれ、どうしたの? 仕事中なのでは。
「フミ! ちょっと、こっち来て!」
瑞は私の手を取ると、力強く引っ張っていった。 え、何? 私はなすがままに瑞に連れていかれる。
教室の隅には、カーテンが覆われている場所があった。 臨時の着替え室か何かのようで、今は誰もいない。
瑞は私を連れて入っていくと、カーテンを閉めていった。
私は意味も分からずにぼうっとしていると、瑞は私が手に持っていたたこ焼きのパックを取り上げてきた。 付属していたつまようじを一つのたこ焼きに刺すと、私の方に向き直る。
「はいフミ、あーんっ!」
ぎゃーっ!!www なんか恋人みたいなことが始まったんだけど。
瑞はうきうきして楽しそうに、たこ焼きを私の口元に近づけてくる。 笑顔が輝いていて、本当に楽しんでいるみたいだ。
あぁ、本当に瑞って可愛いなぁ。
私は恥ずかしさで笑いながら顔を背けると、瑞がもう片方の腕でどついてきた。
「ほら、何笑ってんのっ。 いいから口開けてっ!」
私は笑いながらも、なんとか口を開けていった。 口の中にたこ焼きを入れられて、もぐもぐ食べていく。
おっ! しょせん文化祭だと思って期待してなかったのに、おいしい。 かつお節も舌ざわりが心地よくてコクがあって、なんかこれ高級品じゃないの?
この学校って、結構裕福な子が通ってるんだろうか?
瞬時にどうでもいいことを考え始めた私の前で、瑞が現実に引き戻してくる。
「おいしい?」
ぎゃーっ!! 可愛いっ!!!ww
見上げてくる瑞は、純粋な好意みたいな目を向けてきていた。 本当に可愛すぎて、抱きしめたくなる。
私はぐっと衝動をこらえて、頷いた。
「うん」
「よかった。 じゃ、また後でねっ!」
そう言うと、瑞は急いで仕切りを出ていった。 あぁ、可愛いなぁ。 こんな幸せなこと経験して、いいんだろうか。
私はカーテンを出ると、向こうに見える仕事に戻った瑞を一目見て、教室を出ていった。
たこ焼きを堪能すると、私は今度は葉月の学校へと直行した。
2つの学校はそこまで離れていないので、徒歩15分ぐらいで行ける。
相変わらずのぼろっちい校舎は、しかし今日は派手に装飾されていた。 校門にも装飾は施されていて、大きな文字で『葉擦祭』と書いている。
校舎の中に入ると、懐かしい雰囲気の中で文化祭は行われていた。
制服を着た生徒たちが廊下を歩き回っているのも、その中を歩いていくのも、何もかもが懐かしく、同時に変に感じる。
私はほんの少しドキドキしながら、廊下を歩いていった。
葉月の教室の前まで来ると、辺りを見回している葉月がいた。 こっちを見て、声をかけてくる。
「先輩! こっちですっ!」
葉月は今回の文化祭に際して、なんと実行委員になったらしい。 勇気を出して、手を上げたそうだ。
実行委員の仕事も手こずることはあるが、なんとかやっているらしい。
前に比べたら大きな進歩である。 葉月もずいぶん前向きになっているみたいなのだ。
私は駆け足で、実行委員の腕章をつけた葉月と合流していった。 一緒に並んで、廊下を歩き始める。
「仕事しなくていいの?」
「いいんですよ。 大した仕事でもないんですから」
私たちは今度は輪投げや、お化け屋敷などを体験していく。
葉月は相変わらずテンション爆上がりと、機械的で冷淡な対応の2面で文化祭を乗り切っていく。
いくつかの出店を体験すると、廊下から階段のおどり場に出たところで、葉月がスマホを取り出した。 実行委員からのメッセージが来たのか、画面を見て慌てて言う。
「すみません先輩、なんか呼び出しみたいです!」
「いいよ。 一人で回るから」
葉月はスマホを制服のポケットに突っ込むと、急いで階段を下りて走り去っていった。
私は一人残されて、周囲を眺めた。 ここは2年の階層で、階段の上には3年の階層がある。
私と同じ学年の人たちは、上の階で文化祭の出し物を楽しんでいるんだろう。
……なぜか分からないが、ここで逃げてはいけない気がする。
少しの間、私はぼうっと階段を見つめていたが、息を吐いて上の階へ向かって歩き始めた。
足を動かして階段を上がっていると、なんとなく入学したての頃を思い出した。
気づけば今は、もう高校3年の秋だ。 私は入学して1か月しかまともに通ってないから、頭の中では、入学したての頃ですべて止まっている。
横の席にいた初々しい大きさの合ってない制服を着ていたあの人も、新入生オリエンテーションで隣に並んで話したあの人も。 みんな、私の中ではあの4月の姿で止まっているのだ。
実際には、あれから色んな事があったんだろう。
文化祭だってもう2度経験しているし、修学旅行にも行っただろう。 友達が馴染んできて、クラス替えをしただろう。 夏休みに部活をしに来て、部室で他愛ない話をした人もいるだろう。
理屈では分かっているはずなのに、なぜか私の頭の中の彼らは、4月の姿のままなのだ。 なんでだろう?
階段を上がりきると、目の前に3年の廊下が現れた。 たくさんの生徒が行き来していて、文化祭を楽しんでいる。
私はぼんやりとその様子を眺めながら廊下へと歩きだすと、通りがかった生徒がこっちを見て足を止めた。
「あれ、黒縁さん?」
また私は同級生に覚えられていたみたいだ。 しかし相手のことは、見覚えがあるようなないような分からない。
「あぁ、えーっと……」
「私、佐藤。 覚えてない?」
話す様子を見ていると、ようやく思い出した。 隣の席に座っていた佐藤さんだ。
あの時は中学を出てから、ちょこんと小さい感じで初々しかったのに、今はずいぶん学校になじんだ感じだ。 スカートも短くしちゃってる。
「隣の席の?」
「そうそう。 うわー、びっくりした。 どうしたの? 何となく来たくなった?」
「1年生の友達がいるから、その子のことを見に来たんだよね」
「へー、そうなんだ。 黒縁さん、今何やってるの?」
「今は、小説書いて生活してて」
「へぇ、すごっ!」
あれ、なんでだろう。 私は話しながら、妙な感覚を覚えていた。
何となくだけど、自然に話せる。 まだたどたどしさはあるけど、ちゃんとコミュニケーションが出来てる。
「じゃ、またね!」
話し終えると、佐藤さんは手を軽く振ってどこかへ行った。
私はぼうっと立ち尽くすと、やがてゆっくりと3年の廊下を歩き始めた。
ふと、気づいた。 そうか、なんとなく分かった。 共鳴できる部分を、一緒に楽しめばいいんだ。
人には、他の人と同じ部分と、違う部分がある。
私は今まで、人と違う部分に目をやり過ぎていたかもしれない。 自分が人と違うと思いすぎて、同じ部分もあるのに、それに目を向けようとしてなかったかもしれない。
私は考えながら、廊下に目をやる。 色んな人たちが歩いている。
元気に走る人がいれば、静かに歩いている人がいる。 豪快に笑う人がいれば、控えめに笑う人がいる。
なにも私だけではない。 みんな違う性格、違うベクトルを持っているではないか。
人は誰でも、共有部分と外れた部分を持つものなのだ。
外れている部分があるからこそ、人と違う考えを持つ。 そして共有している部分があるからこそ、仲間意識を持つし、他の人と同化したいと思う。
人は、その2つの間で苦しむものなんじゃないか。
今まで関わってきた人たちとの会話が、頭の中をめぐってくる。
アキさんは、笑顔が大事だと言った。 私が他の人と感覚を共有しようとしていないのを、気づいていたんじゃないか。
笑顔が作り物かどうかは、問題ではない。 目の前の相手と一緒の時間を楽しもうとすれば、その自然な結果が笑顔として表れるということじゃないか。
スモモさんは、落ち着いて楽しめばいいと言った。
私が人と違う部分に目をやっていたのは、社会と違う自分を守ろうとする、防衛反応のような動きだった気がする。 その弱々しい動きに、スモモさんは気づいていたんじゃないか。
その弱さを乗り越えて、環境と共鳴することが重要だと言いたかったんじゃないか。
瑞は、私が近くにいるのに遠く感じると言った。 あの時は分からなかったが、今は理解できる。
瑞の言う通り、私は他の人との間に壁を作っていたのだ。 一緒に楽しもうとする気持ちが欠けていたのだ。 瑞のことすらも、本当に心を分かち合える仲間だと思わずに、敵のように思っていたのだ。
私は果たして、瑞と一緒の気持ちになろうとしたことがあったんだろうか。 同じ時間を共有して楽しもうと思ったことがあったんだろうか。
私は爽快感のようなものが頭を駆け巡った。 今まで苦しんでいたものの正体が、ようやく奇麗に見えた気がした。
気づけば、廊下の反対側の端っこまでたどり着いていた。 私はそのまま歩き続けて、階段へと向かっていった。
なるほど、そういうことだったのか。 分かってみれば、簡単なことだ。
葉月や瑞、楓ちゃんなんかは、もともと私と相性がいいから気にならなかったのかもしれない。 でも、他のもっと違う人とも同じことだ。
どんなに考えが違う人とも、同じところにも目を向けて、一緒に楽しめる部分は楽しめばいいのだ。
これは人に限った話ではない。 他の生物や、状況、概念なんかにも、同じように当てはまることなんだろう。
すべての環境と、同じところに目を向けて、一緒に共鳴できる部分は共鳴すればいいのだ。
だからと言って、環境におもねる必要はない。 社会からズレててもいいのだ。
人と人は違うから、衝突するのは当然だと、銀杏は言った。 私も、そう思う。
2つの間に挟まれる苦しみを――外れた部分と共有部分の間での苦しみを受け入れて、それでも自分を保てばよいのだ。
ビクビク怯えて、パーソナルスペースを過剰にとっていたら共鳴できない。 表面的な行動で、身を固めていても共鳴できない。
堂々と自分をさらして、ただ、自然に任せて共鳴して、衝突すればいいのだ。
簡単なことじゃないかもしれないし、すぐに出来ることじゃないかもしれない。 それをするには、たぶん強さも求められる。
でも、少しずつでも手に入れていこう。
結局これは、共感の話なんだろうか。 私は共感性が低いとは分かっていたが、まさか自分もここにたどり着くとは。
さんざん人の行動が気持ち悪いなどと思ってきたが、ただの自己嫌悪だったんじゃないのか?
……結局のところ、見よう見まねで覚えた、学習的な『表面行動パッケージ』に、私も頼り切っていたということだろう。
考えてみれば、こんなこと基本的なはずだろうに。
社会の一員として、集団にどうあって欲しいと思うことは、これからもあるだろう。 自分の外れた性質ゆえに、集団と摩擦を起こすこともあるだろう。
だが、それでいいのだ。 それでも自分を保って、自分を表現しよう!
私は代弁者がいないと嘆いてきたわけだが、それなら自分で表現すればいいじゃないか。
自分を保てっ!フミっ! 私が外れものなんだったら、社会と摩擦し続けるしかないのだ。
私は軽い足取りで、3年のフロアからの階段を駆け下りていく。
……あっ! 良い小説のアイデアを思いついた。
私は今まで、小説で自分の好きなものばかりを表現していた。 でも、もっと違う楽しみ方もあるかもしれない。
例えば、葉月や瑞たちと一緒に楽しめるような、そんな物語を作ることも出来るじゃないか。
おっ! さっそく良いネタが思いついたっ!
私はなんだか嬉しくなり、跳ねるように階段を下りて行った。
校舎を出ていくと、私は一直線に校門へと向かっていく。 勢いよく風を切って歩いていると、別の方から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ると、葉月だった。 委員会の仕事を頑張っているみたいで、忙しそうにしながら声をかけてくる。
「すみません、先輩! あと少しで、この仕事が終わるので……」
「ごめん葉月! 私、先に帰ってるから!」
「え? ちょっと、先輩!」
「書きたいものが浮かんだっ! いま書きたいんだっ!」
私はそれだけ言うと校門を出ていった。 道路に出ていくと、まだ誰も文化祭から去ろうとする人はいなかった。 まだ文化祭は続いていて、次々に人が訪れている。
私は流れに逆らって、少し駆け足で道路を歩いていった。




