第56話 葉月の心を聞きたい!
散歩して、スモモさんに悩みを聞いてもらった!
一人で悶々と考えながら、新しい家へと帰ってきた。 玄関に入りながら、うつむいて扉を閉めていく。
「……ただいまー」
「せんぱーーいっっ!! 私を置いて行かないでくださいいいいぃいっっ!!!!!!!」
「ぎゃああーっっ!!!」
玄関を閉じるなり、家の中にいた葉月が私に突進してきた。 学校が終わって帰ってきていたらしい。
制服を着た葉月にタックルを浴びて、私は玄関の扉に頭をぶつけながら倒れこんだ。 相変わらず元気ねぇあなた。
別に置いていこうとしたわけじゃないけど。 あなた、今日学校だったじゃない。 引っ越す話も、事前にしておいたと思うけど。
「フミー、帰った?」
瑞も帰っていたらしく、奥のほうから顔を出してくる。 エプロンを着ていて、手にはおたまを持っている。 どうやら料理中らしい。
あぁ、可愛いなぁ。 真新しい家の様子も相まって、新婚生活みたいだ。 『フミ、ごはんがいい? お風呂がいい? それとも…………キャーッ!ww』とか言って、恥ずかしさのあまり私に突進してきたりして。 笑顔で走ってきて、見れば服が……ちょっと瑞、裸エプロンなのおおおおぉぉおっっ?!!!!wwww しょうがないなぁ、私が受け止めてあ・げ・る♡ ぶへ、ぶへへえぇぇっっ!!!wwww
「先輩、何妄想してるんですか。 ……はっ! そうだ、私がそれをやりましょうっ! 私と結婚してくださいっ!せんぱーいっっっ!!!!!wwww」
「ぎゃああああああぁぁっ!!」
再び突撃してくる葉月を受け入れながら、私は叫ぶ。 私たちがもみくちゃになっていると、瑞の声が聞こえた。
「フミっ! ちょっと、聞いてるっ?!」
気づけば瑞が玄関まで来て、目の前に立っていた。 手に持ったおたまから料理の汁が垂れている。 拭きなさい。
瑞は大声で言う。
「料理手伝って! 葉月に言っても、ナミ子さんに頼んでも、誰もやってくれないのっ!」
「はいはい、分かった」
「あ”ぁ”……せんぱい”い”ぃ……」
まだ絡んでくる葉月を無理やりどけて、私は廊下を歩いていった。
部屋の中に入ると、今日は未来くんも来ていた。 部屋の隅っこで銀杏と一緒にスマホをのぞき込み、なにやらコソコソと話している。
最近この2人は、こんなことをしていることが増えた。 妙にこそこそしていて、明らかに私たちから隠れるように、熱心に話しているのだ。
まったく、何やってるんでしょうねぇ男同士で。 好きねぇ、男同士で。 まったく。
真新しいキッチンに来て、手を洗っていく。
料理はいつもと大して変わらないみたいだ。 手伝ってっていうから、よほど豪勢なものを作ってると思ったのに違うらしい。
私が料理を手伝い始めると、瑞が日常の話を始めた。
「最近、教室で話す友達ができてさ」
「へぇ、そうなの?」
そういえば瑞は、学校の友達はほとんどいないと言っていた。 教室でも、人と話すことが少なかったらしい。
今になった話す人ができたのか。
瑞は、少し嬉しそうな表情を浮かべながら話し続ける。
「うん。 今日いきなり話しかけてきてね。 最近の私が、変だって言ってきて」
変ねぇ、まあそうかもしれない。 髪の毛を明らかに自分で切って変な感じになってたり、毛皮を羽織って下駄をはいて学校に登校する人なんて、今どきあまりいないだろう。
私が料理をしながら聞いていると、瑞は話し続ける。
「その人、笑ってたけど。 でも、そっちの方がいいって言ってくれたんだ。 その人、今まで全く話したことなかった人だから、なんか変な感じだった」
瑞は鍋をかき混ぜて笑いながら、足を上げてボリボリと掻いている。 うーん、さすがに下品になりすぎかしら。
最近は小説の中にも爆弾やら銃器やらが出てきて、以前とは少し作風が違ってきているようだ。
でも前にも言ったが、瑞はもともとこういう性格だったと思う。 本来の形が、表に現れてきただけに感じられるのだ。
私たちがキッチンで話していると、背後から葉月の叫び声が聞こえてきた。
「ギャーッ! ナミ子さん何やってるんですかっ!」
振り返ってみると、ナミ子さんが床に転がって、葉月の靴下の臭いを嗅いでいたみたいだ。 葉月は無理やり、それを引っぺがそうとしている。
まったく、何やってるんだか。 私と同じで、ナミ子さんは匂いフェチなのか?
瑞が割って入るように、料理を運んでいきながら言った。
「2人とも、ご飯できたよ! 銀杏さんたちもー!」
向こうで相変わらずコソコソしている銀杏たちにも声をかけていく。 私も料理の盛られた器を手に持って、一緒に運んで行った。
そんなこんなで、今日の活動が終わった!
場所が変わったとはいえ、やってることはいつもと同じだ。 ただ話して、小説書いて、ご飯を食べただけである。
私は上の階に自分の部屋を借りたので、夜にダラダラとここにいるわけではない。 自分の部屋に戻って、一人で眠る予定である。
ちなみにナミ子さんは、どこで寝るかは決めてないらしい。 今夜はここにそのままいるらしいが、たまに私の部屋に来るかもとか言っていた。
玄関で靴をはいていると、一緒に靴をはいていた葉月が聞いてくる。
「そうだ、先輩の家ってどこですか?」
「上の階だよ」
私は上の方を示すと、葉月は顔を輝かせる。
「先輩、私行ってみたいですっ!」
「ここと変わらないと思うけど。 間取りは同じだし」
「それでもいいんです。 行ってみましょうっ!」
どうやら瑞と未来くんも興味があるようで、4人で一緒に上の階に上がることになった。
エレベーターで上の階に行き、私の新しい家へ来た。 鍵を差し込んで、玄関の扉を開く。
私は先に入って、パチパチと電気をつけていく。 3人は後に続けて入ってきた。
「へぇー、ここか」
「下と変わんないね」
3人が家の中に入ってくるのを背中に感じながら、私は奥へ歩いていった。 静かな家の中を歩いていると、私は強烈な疲れに襲われてきた。
あぁ、やっと静かに眠れる。 今までさんざん寝る場所に苦労してきたが、それともおさらばである。
私はシャワールームへと入っていき、さっそく風呂を沸かし始めた。
シャワーもあるから、汗を流し終わってから布団に入ることもできる。 素晴らしい、なんと幸せなことか。
そのまま足を動かして、家の奥に行く。 リビングを明るくすると、もう真っ暗になった夜の景色が見える窓を開けて、夜の空気を取り入れた。
3人はまだ下の階との違いを探しているかのように、家の中を眺めまわしていた。
「私、風呂に入るから。 じゃあね」
誰を振り向きもせずに、再びシャワールームへと向かった。 とにかく疲れた。 さっさと風呂に入って、さっさと寝よう。
風呂場に入ると、体と髪を洗い終えて、久しぶりに湯船に浸かっていった。
防音性が高いからか、ここでもすごく静かで落ち着いた空間があった。 見上げるとお湯の煙が天井へとのぼっていく。
あぁ、なんと極上な空間。 街中の温泉に行った時もよかったが、こっちは別の良さがある。
ただ酸素と窒素の空気を感じて、お湯をさわって、湯気を眺めて……。 一つ一つの細かな味を感じるたび、落ち着きを取り戻していくのだ。
充分に一人の風呂を堪能すると、私は風呂を上がった。
下着だけの格好のままでシャワー室を出て、タオルで髪の毛を拭きながら、家の中を歩き回っていく。 どうせみんな帰ったし、この格好のままでもいいでしょう。
気楽にそう思いながら、服をかけている物干しラックの横を通りがかる。
「……先輩!」
「ん? ……ぎゃーっ!!!!」
棚にかかっている服の間に隠れるようにして、葉月がこっちを見ていた。 私は眠気が吹っ飛ぶような叫びを上げて、体を飛びのかせる。
葉月はうきうきするように飛び出してくると、私に近づいてきた。
「先輩、一緒に寝ましょっ」
葉月は囁き声で言いつつ、私の体にゆっくりと触れてくる。 いつものような勢いはなく、今日は柔らかだ。
私の腕を取っても、締め付けてくることなく触れているだけだ。
私はなぜか、思わず押し返すように答えた。
「他のみんなは?」
「帰りました」
葉月は嬉しさを隠し切れないような顔をしつつ近づいてくる。
「でも、家は?」
「親には、連絡しました」
葉月の顔はほんの少し笑っているが、心臓の鼓動が聞こえてくるようだった。 細やかに感情が衝突しあっているのを感じる。
私は抵抗するのをやめ、降参するように頷いた。
「分かった。 いいよ」
「キャーッ! 先輩だいすきっ!」
葉月はそう言うと、いつものように腕を抱きしめてきた。 力に負けて、私は体勢を崩す。 ぐいぐいと力強く、私を引っ張っていくいつもの勢いだ。
「じゃあ私、シャワー浴びてきますねっ」
葉月は笑顔で言うと、風呂へと向かっていった。
……ま、いいか。 親には連絡したと言ったし。
私は葉月がシャワーを浴びている間に、寝室を準備していった。
布団は1つ分しかないから、冬用の毛布なんかを組み合わせて、即席の布団を作っていく。
私の布団を置いて、そこからなんとなく2mぐらい距離を離して葉月のを配置してみる。 ……いや、別に隣にしてもいいんだけどさ。 なんとなく、ね。
やがて葉月が風呂を上がって、部屋に入ってきた。 髪はもう乾かしていて、私の貸したシャツを着ている。 私が自分のために新しく買ったものがあったので、それを使ってもらったのだ。
葉月は自分の布団に座ると、いつもと変わらない様子で寝る準備をしていった。
少しして私は声をかける。
「じゃあ、消すよ」
「はい」
葉月の返事を聞いて、私は電気を消して部屋を暗くした。
そのまま布団に横になろうとしていると、葉月が離して敷いていた布団を押して、猛烈な勢いでドカッと隣に並べてきた。
あぁ、あなた元気いいわねぇ。 私は恥ずかしさを感じて、思わず苦笑いした。
落ち着いて横になると、また別のことに気づいた。 向こうの葉月が見つめてきていたのだ。 数十cmの距離で、こっちをじぃーっと見つめてきている。
私は横になったまま聞いた。
「……何?」
「なんでもないです」
葉月はそれだけ言って、再び私を見つめてくる。 私は思わず笑いながら俯いた。
あぁ、もうなんかヤバい。
思うが葉月は、私のことが恋愛的に好きなのか? 好意を向けてくれているのは分かるが、どういう類のものなんだろう。 さっきは結婚してくれとか言ってたが、あれは冗談なのか?
見ると、まだ葉月は見つめてきている。 私はさすがに恥ずかしくなって、思わずニヤけながら聞いた。
「……何ぃ?w」
「なんでもないです」
葉月はただ繰り返すだけで、またこっちを見つめてくる。 なんじゃそりゃっ!
私はどうしようもなくなって、別の適当な話を振ってみた。
「……そういえば、なんで、私に声をかけたの?」
一番最初に、葉月は私にメッセージを送ってきた。 ただ一言、『葉擦高校の黒縁さんですよね?』と。
葉月は答えた。
「先輩の小説を読んで、自分が肯定してもらえた気がしたんです」
「でも、私、葉月みたいにオカルト系の小説、ほとんど書いてないけど」
葉月は首を振って答えた。
「関係ないです。 先輩のどの小説を読んでも、なぜか自分が肯定される気持ちになれるんです」
へぇ、そんなことがあるのか。 私は、そこまでの気持ちになれた作品には巡り合えたことがない。
でも、確かにありえるのかもしれない。
「私、昔から色んな人に変な目で見られてきたし、自分でも変だと思ってきたんですけど……。 でも、先輩の小説を読んで、初めて自分はこれでいいんだって本当に自信を持てるようになったんです」
なるほど、そういう理由だったのか。 今まで一緒にいたのに、全然知らなかった。
私は、葉月が言う『変な』部分は嫌ではない。 世界の感じ方が違うだけだし、むしろ自分に全くない部分だから、一定の敬意を持っているつもりだ。
それが文章に気づかないうちに表れていて、葉月が気に入ってくれたということなんだろう。
話しながら葉月を見つめると、葉月は相変わらず目をそらさずに見つめてくる。 心から思っているむき出しの感情を、隠さずに言っているのが分かる。
目が、私の心の底を直接見つめてくるようだ。
私は吸い込まれるように葉月の目を見て、そしてようやく気づいた。
本当に、葉月は私のことを好いてくれてるんだ。 先輩後輩とか、男女とか、そんなものは何もなかった。 ただ一つの魂として、私のことを好いてくれているんだ。
私は心の底が熱くなるような気持ちになった。 心の奥底に隠れていた感情をすくい取るようにして言う。
「……私も、葉月と出会えてよかった。 私を連れ出してくれて、ありがとう」
「キャーッ!! せんぱーいっっ!!!!」
葉月はいきなり大声を上げると、布団を勢いよく取っ払いながら抱き着いてきた。 ぎゃーっ! せっかくいい雰囲気だったのにいいっ!ww
葉月は相変わらず力が強い。 ぎゅうぎゅうと私の首をしめつけてきて、もはや窒息しそうである。
すったもんだの上で、ようやく私たちは落ち着いた。 向こうの布団に戻った葉月は、寝息を立てている。
考えてみれば、最初はすべて葉月の行動だった。
私を連れ出してくれたのも、瑞を捕まえてきたのも、『部活』をやりたいと言い出したのも。
初めは誰も乗り気じゃなかったのに、強引に私たちをまとめたのも葉月だった。
こんな小さな体のどこにそんなエネルギーがあるんだろうと驚く。
……でも今考えたら、それだけではないかもしれない。
一緒にいて分かってきたが、葉月は本当は臆病だし内向的だ。
葉月は前に、誰も理解してくれずに孤独だったと言っていた。 実はあの時、葉月も本当に限界に来ていたのかもしれない。
だから、無理やりにでも状況を変えようと行動したんじゃないか。 勇気を振りしぼって、私に、瑞にメッセージを送ったんじゃないか。
そう考えると、私の胸の中に再び熱いものが感じられた。
灰色で雑然とした社会の中で、心から気持ちを分かち合える仲間を見つけた気分になった。
目の前の一人の女の子が、その魂が、私にとって尊いもののように思えた。
「……ありがとう」
私は心の底からもう一度つぶやいて、瞼をつむった。




