第52話 葉月の体育祭に行こう!
朝に走った!
葉月に誘われて、体育祭に応援に行くことになった!
ということで、体育祭の日がやって来た!
私は玄関に立って、家の中に向かって呼びかける。
「瑞ー! 行くよー」
「待ってーっ!」
準備をしている瑞が、家の奥から慌ただしい声を返してくる。
私は足元に目をやると、玄関には下駄が2人分転がっている。
私は普段は使わないが、今日はなぜか下駄で歩きたい気分だ。 私は靴下を脱いで裸足になると、下駄をはいていった。
そういえば瑞はあの後本当に、毛皮を着たまま、下駄をはいて学校に行ったらしい。 授業中に板書するときなんかも、カラコロと音を立てて黒板のところまで行ったそうな。
まったく、ヤバいわねこの子。 私が思ってたのより、全然やるじゃない。
玄関の外には、マヤ文明みたいな恰好をした銀杏がいた。 ゴテゴテした装飾を体いっぱいに身に着けていて、「おう、行こうぜ!」と軽やかに言ってくる。
もう、私はこの人が何をしてるのか分からない。 何を模索してるのか分からないが、銀杏には必要なんでしょう。
私と瑞はカラコロと下駄を鳴らしながら、マヤ人と一緒にマンションを出ていった。
学校に来ると、校庭はすでにテントと人でいっぱいだった。
私は下駄で砂を踏みながら、お祭りみたいな軽やかさをまとった校庭の中を歩いていく。
並んだテントの横を歩いていると、一つのテントの中から声が飛んできた。
「黒縁ー! こっち」
ナミ子さんがテントの中でシートを敷いて、寝そべって手招きしてきている。 テントの場所を確保しておくように頼んでおいたのだ。
私たちは靴を脱ぐと、テントに入って座った。 周りの様子を眺めると、そろそろ開会式が始まりそうである。
目の前を、何人も生徒たちが行き来している。 この中の3分の1は、自分と同じ年齢なのである。 そう考えると、退学して外れているというのは、やっぱり変な感じがしてくる。
生徒数も多い学校だし、最初の数か月しか行ってないから同級生にも覚えられてないだろうし、どうせ誰も私を気にしてはいない。
見つかるとかなんとかは気にならないが、ただ変な気分なのだ。
時間はたち、競技は次々に進行していた。 目の前では、生徒たちが生き生きと競技にいそしんでいる。
体育祭なんてつまらないと思っていたが、意外とみんな楽しそうだ。
そしてしばらくすると、葉月のダンスの時間がやって来た!
葉月は、見た目はすごく普通だから姿を見つけにくい。 校庭いっぱいに広がってダンスをやり始めると、ついにその姿を見つけた。
完全に社会モードの葉月である。 いつもの家の中での元気さは完全に死に絶え、無表情でダンスをする葉月がそこにはいた。
「おい葉月いーっ!! こっち見ろーっ!フゥゥゥウッッww」
銀杏が大声で叫びながら、カメラでパシャパシャと写真を撮っていく。 未来くんも一緒にテンション上がりまくって叫んでいるが、葉月は全く気にしないみたいだ。
どれだけ呼ばれても眉一つ動かさないのは、ある意味さすがである。
時間がたって、昼ごはんになった!
「キャーッ!! せんぱーいっ!」
「ぎゃーっ!!」
昼ごはんになった直後、葉月はテントの中に突撃してきた。 私は逃げる間もなく、葉月の元気すぎるタックルを受けて転がる。
なんと葉月は私服に着替えている。 終わったばかりだと言うのに、いつ着替えたんだろう。
「同級生が誰か見てるかもよ」
「見てるわけないじゃないですか。 うちの高校、何人いると思ってるんですか」
葉月の言うことは正しい。 1000人以上の生徒がいるから、誰も見てないだろう。 私服ならなおさらだ。
仮に見てたとしても、どうせ友達のいない葉月のことだ。 別に問題になるわけではない。ははっ!w
そんなこんなで、食事の時間である! 私たちは瑞の作った弁当をありがたく食べ始めた!
「うまいっ!」
「おいしーっ!」
葉月が本当においしそうに、足をバタバタさせて言う。
うーん、懐かしい感じだなぁ。 こんな感覚を、久しく忘れていた。
中学生にまで戻った気分である。 ただ純粋に運動して、ごはんを食べるだけ。 久しぶり過ぎて、逆に変な感覚だ。
そして昼休み終了!
葉月はご飯を食べ終えると、しばらくスマホをいじって小説を書いているみたいだったが、私が急かすとスマホを置いてテントを出ていった。
ふぅ、ようやく静かになった。
私は足をだらんと伸ばして、グラウンドを眺める。 横にはナミ子さんがいて、まだおにぎりを食いまくっているみたいだ。 あなたよく食うわねぇ。
しかし少しすると、すぐに葉月が戻ってきた。 テントの外側から、靴をはいたまま呼びかけてくる。
「先輩! ちょっといいですか」
振り返ると、葉月はまだ私服を着ていた。 あれ、どうしたんだろう。 呼びかけてくる声が、葉月にしてははっきりしてなくて濁った調子だ。
私は立ち上がって、テントを横切っていった。 「どうかした?」と聞くと、葉月はちょいちょいと私に手招きする。
ん、何か言いにくいことがあるんだろうか。 私は顔を近づけると、葉月は耳元で囁いてきた。
「着替える場所がないんです! どうしましょう」
あぁ、そういうこと。 私は靴を履いていきながら、聞き返した。
「どこか無いの?」
「探したんですけど、見つからなくて……」
周りを見れば、もうすぐ昼休みが終わるからか慌ただしい雰囲気だ。 ざっと見た感じ、人がいないところがなくてもおかしくはない。
私は一緒に歩いて探していきながら、さらに聞いていく。
「さっきは、どこで着替えたの?」
「トイレで着替えたんですけど、今トイレは人でいっぱいみたいなんです」
「着替えるための場所とかは?」
「いや、そういうのはないみたいです」
うーん、着替える場所ぐらいどこかにないものだろうか。 私なら適当なところで人の目を盗んでササっと着替えるけど、葉月はそういうのは苦手そうだし無理なのかな。
私たちは着替える場所を探して、校舎の周りを回って歩いていった。
歩くたびに、隣の葉月はどんどん体を密着させてくる。 気づけば腕も絡めていて、まるで恋人である。
前から思ってたけど、葉月って距離感おかしい時あんのよねぇ。 最初にイベント会場で歩いた時も、似たような感じだったけど、最近はひどくなってきているのは気のせいかしら。
しばらく歩いていると、校舎裏にやって来た。
ここの校舎裏は人は少ないみたいだ。 通りがかる人はたまにいるが、他の場所に比べればかなり少ない。
だが、人が少しでもいるなら着替えるのは難しいだろう。
私は歩き続けながら呟いた。
「……ここも、人いるかー」
「先輩! ここでいいです」
葉月は立ち止まると、私を引きとめるようにして言ってくる。 私は驚いて振り返った。
「え、ここでいいの?」
「はい。 壁の横で着替えます。 先輩、私を隠してください!」
あらそう、あなた意外と度胸あるわね。 私は何も言わずに、壁際へと向かう葉月についていった。
壁際の端っこに来ると、陰に入って、葉月はゴソゴソと着替え始める。
私は壁際に立つと、反対側を向いて葉月を隠すようにした。
校舎裏にはちらほらと通行人が歩いていく。 ぎゃーっ! 私、この状況でどんな顔すればいいの。
私はどこを見るわけでもなく、うつむいたり別の方を向いたりして、無意味に時間をつぶした。
葉月はしばらく布の音を立てていたが、やがて着替え終わったようで、後ろから私の肩をさわってきた。
「先輩、ありがとうございます」
振り返ると、葉月は間近で私を見上げてきていた。 嬉しそうに微笑んで、謝辞を言ってくる。 いつもみたいに元気でなく、柔らかな感じだ。
あれ、葉月どうしたんだろう。 なんか、ちょっと可愛いかも?
葉月は「じゃあ!」と一言いうと、走ってグラウンドの方へと戻っていった。
うーん、なんか変な感じだ。 恋人っぽいっていうか……。
私はゆっくり歩き始めながら、考える。
前に本屋で、BL本の前で葉月と話した時があった。 あの時葉月は、女を恋愛対象としてみることはないと言っていた。
加えて最近では、葉月が昔好きだった男子の話をしたことすらある。
たぶん葉月は本当に異性愛者なんだと思うが、それだけでは説明できないものもある気がするのは気のせいだろうか。
……でも、そんなものかもしれない。
大体、人間なんて男らしさと女らしさがはっきり分かれてるわけではない。 誰しもどちらも持っているような気がするのだ。
未来くんがすね毛をそったり女装したりするのも、そういうことかもしれない。 彼の中の女らしい部分が、そうしたいと言うのかもしれない。
私だってそうだ。 ただ普通にしているのに、男っぽいとからかわれたことは何度もあるし。
うーん、性別って難しいなぁ……。 というか、面倒くさいなぁ。
私はぼんやりと考えながら歩いていると、向こうからナミ子さんが歩いてきていた。 私を見て、声をかけてくる。
「黒縁ー! 午後の部、始まるよ」
「あぁ、うん」
どうやら私を探しに来てくれたらしい。 私は駆け足で合流した。
校舎裏でナミ子さんと一緒に歩き始めると、すぐに別の誰かの視線を感じた。 たまたま通りがかった体操服を着た女子生徒が、私のことを見ている。
目が合うと、その人はいきなり話しかけてきた。
「あれ、黒縁さん?」
私は一瞬ドキッとして、見つめ返しながら立ち止まる。
ギャーッ!来たあぁああっっ!!ww ついに来たか、この瞬間が。
いやぁ、起きる可能性はあると思ってたんだけどね。 いざ起こるとどうしたらいいか戸惑うわね。ははっ!w
……で、誰だっけこの人。
心臓だけがドクドクと早まっていく中で、私が何も言えないでいると、女子生徒は近づいて話しかけてくる。
「なんで来たの? ……え? 退学したんだよね」
「えぇとy●;あ)▲」
私は何と答えてよいか分からず、変な感じに口ごもる。
女子生徒は怪しげなものを見る目で見つめてくる。 氷のように冷たい空気が、この場を貫いてくる。
しかしそれも一瞬のことだった。 女子生徒は私を見て、横のナミ子さんの方を見て、よく分からない巨大な事情を察したようだったのだ。
「いいや。 なんでもない」
一言そういって、身をひるがえして走り去っていく。
ふぅ! 危ない。 なんとかなったなぁ。 私は冷や汗をぬぐっていると、隣のナミ子さんが爆笑し始めた。
「黒縁ぃっっwwwww ヤバwwwwwww」
そんなことを言って、腹を抱えてひーひー言いながら笑い始める。
あんたねぇ、人のこと言えるの? 山でだって超絶コミュ障だったくせに。
とはいえ、私の社交性低下はやはり問題である。 うーん、原因も分かってるのに、なんでこんなにうまくいかないんだろう?
私は考えながら、グラウンドへ戻るべく再び歩きだした。
まだ大声を上げて笑ってるナミ子さんと歩いていると、別のことを思い出した。 私は反撃ついでに言う。
「あ、そうだ! 今度ナミ子さんの30歳の誕生日じゃん。 みんなで盛大にお祝いしようっ!」
「ギャーッ!! やめてっ!」




