第50話 朝に3人で走ってみよう!
山登りを終えて、さらに秋の道まっしぐら!
気温が下がって、かなり過ごしやすい気候になってきて、運動日和である。
私たちは、まだ新しい住まいを見つけることが出来ていない。
このマンションも私たち以外は退去して、残ったのは私たちだけだ。
大学の偉い人が直々に来て説教されたりしたわけだが、それでも見つけられないものは見つけられないのである。
だが、私は今の状態は、意外と気に入っている。
前のクソアパートに比べればしっかりと冷房も効くし、うるさい住人もいないから夜も静かだ。 他の建物とも少し離れてるから、なんなら私たちがどれだけ歌っても騒いでもいいし、実のところめちゃくちゃ快適なのである。
それに私は廃墟が好きだ。 さびれた感じが好きなのだ。
建物に他に誰もいないと分かってるから、ボロボロのマンションの階段の隅っこで座り込んで、ぼうっとして落ち着きを得たりしている。 マンションをひとり占めしているみたいで、なかなか気持ちが良いのだ。
とはいえ事情は私たちだけのことではないし、急がねばなるまい。 あと2週間以内に退去せよと勧告されてしまったのだ。
銀杏は自分の興味のあることをするだけで、まったく探そうとしていない。 私が銀杏の分まで頑張って探している。
だが、いかんせん前回のアパートのトラウマがあるから、かなり慎重になってしまっているのだ。
安さだけを見てはいけないと、自分に言い聞かせて探している。
今日も私たちはマンションの部屋に集まっている。 今は夕方で、学校が終わった後だ。
瑞はいま目の前で、テーブルの向こう側に座って、何やら作業をしている。 身の回りには布や糸なんかの服飾用の道具類がある。
瑞は今度は、自分のオリジナルの服を作ってみたいと言い出した。 アキさんの友達と話していたら、コスプレの話が出てきて興味を持ったらしいのだ。
ノートパソコンと手元の手芸用の本を交互に見ながら、一人で頑張って作っているのが見える。
その横には、未来くんと葉月がいた。 小説の書き方を葉月が教えているのだが、何かを口論しているようだ。
「最初は勢いが重要だから、ここは無視して、ノリで作って……」
「いや葉月さん。 ここは後半への伏線だから、面倒でも書いておかないと」
「だーかーらーぁぁっ! そんなこと考えて作ってもしょうがないんだよおおお」
などと言い合っている。
葉月は無計画にノリで作っていくタイプで、未来くんは最初から全部を通しで作らないと気が済まないタイプらしい。
うーん、私はどちらの考えも理解できる。
ネット小説は、最初の方で読者を引き付けられなかったら、人気がないままに終わることが多いらしい。 ネットに限らず、普通の小説でもそういった話を聞いたことはある。
本当にその物語が面白ければ、世界観やキャラやあらすじなどの、最初から分かるような要素にも面白さがにじみ出してる……みたいな話なんだろう。
私も小説を書き始めた頃に、ネットのあちこちに転がっている指南を大量に読み込んでいると、そういう話をよく見かけた。
私もその方法が合理的だと思ったので、その方法を使って小説を書き始めて、今もその方法を使い続けている。
でも未来くんが言うように、一気に通しでまとめて作ってみたい気持ちもある。 その方がまとまりも出来やすいし、性に合ってる気もするのだ。
まだ余裕がないから、今のところは連載形式でやってるけど。
今日もナミ子さんは、私たちと一緒にいる。
低テーブルを囲んで、いま私の隣に座っている。 何もせずに、アゴをテーブルにのっけて、ぼうっとしている。
普通の光景のはずなのに、珍しく感じる。 いつもスマホやらパソコンやらの情報端末をいじっているから、こんな風に普通にしているのが、逆に変に思えるのだ。
微動だにしていなかったナミ子さんだが、葉月たちの会話を聞いて、私に聞いてきた。
「……ところで、この中で一番稼いでるのって、誰?」
「葉月です。 月に数十万稼いでますよ」
「は? マジ? ……最近の高校生、ヤバ」
「ああぁぁぁあぁっっ!! 朝走りてえなああぁっーー!!!」
会話の途中で、突然テーブルに座っていた銀杏が、叫び声をあげた。 勢いよく後ろに転んで、仰向けになって倒れている。
相変わらず突発的ねぇ。 また、私たちを遠回しに誘っているんだろうか。
誰も反応しないかと思われた銀杏の声だったが、それに乗じた人がいた。 未来くんが、はいっ!と返事をするかのごとく、手をあげたのである。
おぉ、びっくりした。 未来くん、あなたも走りたいの。
「おぉっ?! 未来くん、付き合ってくれるかぁ?!」
銀杏が嬉しそうに言うと、未来くんは黙ったまま頷いている。
やっぱりこの2人は波長が合う部分があるらしい。 山登りの時は、一緒に先頭を進んでいたし、山頂でも一緒に叫んでたりした。 『エネルギーを発散したい欲』が、共通してるのかも。
小説指導を中断された葉月は、だるそうな顔でアゴをテーブルにくっつけた。 だらしない恰好でパソコンを操作していく。
「えー、面倒くさいですぅー」
葉月は山登りの時にも辛そうだったし、やはりもともと運動するタイプではないんだろう。
私は運動は好きな方だが、朝に走るのはどうしよう? 今は生活リズムがガタガタで、朝に起きる自信がないのだ。
私がどうしようか少し悩んで黙っていると、銀杏は他の人を待たずに素早く起き上がった。
「よし、未来くん。 一緒に走るかっ!」
未来くんも応じるように、意味もなく勢いよく立ち上がっている。 おぉ、やっぱり元気なぁこの子。
面倒くさいし、私は一緒に行かずに、眠っておこうかな。
時間は飛んで、次の日の朝!
結局私も走ることになった!
銀杏たちがバタバタと慌ただしく準備をしていたのに巻き込まれて、目が覚めてしまったのだ。
ジャージを着た未来くんたちに続いて、私は寝ていたシャツそのままの格好で、玄関を出ていった。
空はまだ暗さが残っていて、空気はほんのり涼しかった。 マンションの廊下を歩きながら、私はひとり言のように呟く。
「おっ、気温がちょうどいいね」
「やっと涼しくなってきたかぁ。 運動にはぴったりだな。 ……ふぁ~……」
あれ、銀杏が意外と静かだ。 さすがに寝起きに、『ぶわっはっは!』とか笑わないか。
私たちはマンションの階段を降りていくと、3人で走り始めた。 とはいってもジョギング程度で、早歩きと同じぐらいのスピードだ。
朝起きてストレッチもしてないし、体もほぐれていない。 私たちは軽い調子で、散歩感覚で走っていった。
未来くんは義務感が強いのか、先頭をせっせと走っていく。 走るスピードは抑え気味で、私たちに合わせてくれているみたいだ。
未来くんは運動してなかったのに体力はあるのか。 山登りの時もそうだったが、秘めた力があるのを感じる。
空港の近くに来ると、周りの景色が開けていった。 薄暗い空が広がっていて、朝を迎えて光が増えつつある。
早朝というのに車がびゅんびゅん通っていて、一日の始まりを感じさせてくる。
走り続けていると、体が少しずつほぐれていくのを感じた。 筋肉が解放されていくのが心地よく、朝の新鮮な空気も体に入ってくる。
あぁ、意外と気持ちいいなぁ。 朝走るのも、悪くないかも。
隣で走る銀杏も、調子がよさそうだ。 ほっほっと軽い調子で、弾むように走っている。
私は走りながら、頭をよぎったことがあった。 そういえば、銀杏は未来くんと会話をしてるんだろうか。
山登りや温泉の時にも思ったが、2人の間には波長が合う部分がありつつも、うまく話せない部分もあるようだった。
私は今までのことを思い出しつつ、隣の銀杏に聞いてみる。
「銀杏、未来くんと話した?」
銀杏は私が何を言いたいかは、すぐに理解したようだった。 首をかしげて否定する。
「うーん、いや」
「なんで?」
「んー……。 未来くん、見た目が女の子っぽいからさぁ。 なんか、話しかけにくいんだよ。 恥ずかしくて」
なるほど、そういうことか。 まぁそれは私も分からなくはないけど。
私の周りにも、今までそういう人はいた。 でも未来くんほど女っぽくしたがる人は初めてだ。 聞けばやはりすね毛を奇麗にそってたり、肌の手入れもしているらしいのだ。
ちなみに私は、そういうのはあまり好きではない。
元々その人に備わっているものなら自然でいいが、世の中の流れに流されているだけに見えることも多いと感じるからだ。
未来くんの女装趣味も、実は私はさほど好きではない。 だけど、本人が望んでやってることだし、私がどうこう言うこともないと思うのだ。
銀杏は話を続けた。
「山登りに行った後に、温泉行っただろ? 俺が体洗ってたら、横に座ってきたんだよ。 そんで体洗い始めるんだけど、なんかドキドキしてさあw ちらっと見たら、鏡に映った未来くんの顔、どーーー見ても女の子なんだよ。 ここだけの話、未来くんって結構可愛いよな。 ここだけの話な。 でも下見たら、ついてるもんついでるだろ? で上見るだろ? 可愛いだろ? どーなってんだよこれっ!!ww ぶはっはっっ!!!!wwww馬鹿か俺www」
銀杏はそんなことを言って、いきなりテンション上がって爆笑し始める。
私はジョギングしながら、思わず笑みをこぼした。
なにあなた、結構楽しんでんじゃん。 私が真面目に考えてるのが、馬鹿らしくなってくる。
調子に乗った銀杏は、そのまま一人で突っ走るように話し続ける。
「そんで俺が湯船に行こうとしたら、またついてくんだよ。 湯船に浸かってたら隣に来るし、なんかドキドキしてさあ。 横見たらどーーー見ても女の子だし、でも下見たらもっこりしてるし。 世界にはこんなこともあるんだなあっとか思ってたら、いつまでたっても風呂あがれなくて、茹でダコみたいになってさあぁぁっ!フォアアアアァァッッ!!!!!!!!!wwwwwwwwwww」
銀杏はそんなことを言って、走りながら奇声を上げ始めた。
なんだ、そんなことがあったの。 昨日の山登りの時の様子もあるし、もしかしたら未来くんは、銀杏とコミュニケーションを取りたいんじゃないだろうか。
家の中では、瑞や葉月とはまんべんなく話している。 元々そんなに話すタイプじゃないから、口数は少ないけど。
「未来くん、銀杏と話したいんじゃないの?」
「まぁ、そうかも」
「何か未来くんと話してみれば?」
「えー、何話すんだよ。 俺、女装も小説も興味ねぇしなぁ」
そういって銀杏は顔をしかめる。 たしかにその辺の共通点はなさそうだ。
未来くんは割と勉強は好きで、知識に興味があるらしい。 真面目なタイプだし、そこは銀杏と似てるんじゃないか。
「未来くん、結構勉強に興味あるらしいじゃん。 大学で勉強してる内容とか話してみれば?」
「大学の内容とか、もう全部忘れたぞ。ボっハハッ!w」
銀杏はそんなことを言って、相変わらず適当に笑っている。 もう忘れたのか、早いなぁ。
「ともかく、何でもいいから話しかけてみたら?」
私が重ねて言うと、銀杏は納得してなさそうに口をとがらせながらも、しぶしぶ同意した。
家に帰ってくると、マンションの前に葉月がいた。 力強い仁王立ちで、私たちを出迎えてくる。
「先輩どこ行ってたんですかっ! 私も一緒に走りますよ」
葉月もジャージを着ていて、走る気満々だったみたいだ。
あら、あなたも走る気だったの。 妙な感じだが、葉月も銀杏と打ち解けてきているのかもしれない。
足元には学校のカバンがあった。 走ってから、そのまま学校に行くという算段だったらしい。
その横には、瑞のカバンも見える。 瑞もいるの? しかし見回しても、瑞の姿は見当たらない。
私は息を切らして立ち止まりながら聞いた。
「あれ? 瑞もいるの?」
「あっちです」
葉月はそう言って、道路をはさんで私のアパートを指さした。 アパートの前にある竪穴住居を指しているようだ。 あぁ、これまだあったんだ。
私は竪穴住居へ行って、中を覗き込んでいく。 奥の方で、妙ちくりんな格好をした瑞がゴソゴソと何かやっていた。
「瑞ー……?」
背中を向けて屈んでいる瑞は、裸足で、原始人みたいな毛皮の服を着ていた。 制服の上から、まるで上着でも羽織るように毛皮を着ているのだ。
そばにはいつも履いているスニーカーと、靴下の束が転がっていた。
瑞は自分で作った下駄を探していたらしい。 奥の方で下駄を取り出してくると、振り返って、地面に落として履いていく。
私が黙って見ていると、瑞はそのまま竪穴住居の外へと向かってきた。 奥には、スニーカーと靴下が転がったままだ。
……え、まさかそれで学校に登校するってこと?
「……それで登校するの?」
「うん。 しばらく、これで生活してみようと思って」
瑞は平然と言いながら、竪穴住居の外に出ていく。 いやいや、おかしいでしょw さすがに私でも、この感覚は理解できない。
瑞は変な方向に向かってないか? 髪の毛はさらに雑になってボサボサだし、なぜか朝なのに制服も薄汚れている。
この格好で、あの奇麗で未来的な学校に行くのか……。
……まあいいか、見守ろう。 これも瑞の選択である。
毛皮や下駄程度なら、別にどうってことない。 うんこまみれで登校するわけじゃないし。
私はそう思いながら、瑞が学校に行くのを見送った。 いってらっしゃーい。
こんにちはー。(瑞)
………………っ!(先生)




