第45話 アキさんと話してみよう!
宴会に来た。
けど、うまく話せなくて逃げた!
トイレの個室に入ると、私はため息をついた。 ひざに肘を置いて、顔をおおう。
はぁ……。
なんで私、こんなにコミュニケーションが下手になったんだろう。 もともと得意な方ではないが、それでも普通に生活を送れるほどにはできてた。
こんなことでつまづいてどうするんだろう。 今の状況だって安全な状況だ。 アキさんの友達だっていい人たちなのに。
……とはいえ、この会合自体は来てよかったし、アキさんには感謝だ。
まさか、こんなに人と関わる日が来るとは。
1か月前には一人で生活していたというのに、変わるときはすぐに変わるものだ。
私以外も、状況は良くなっている。 葉月も瑞も、そして銀杏や未来くんもそうだが、互いに出会う前は一人で悶々としていた。
瑞はもちろん、葉月も少しずつ話す人が増えているし、いい傾向だ。
そうだ、落ち込んでないで、前向きに行こう。 私の良いところは、ムダに前向きでポジティブなところだ。
それに本筋はズレるけど、今の時代だって、嫌なところに目を向ければきりがないが、良いところだってあるかもしれない。
例えば戦国時代なら常に命も危ないが、今は違うじゃないか。 縄文時代なら土器しかなくて退屈かもしれないが、今は違うじゃないか。
ぶっははっ!www よっしゃ来たぁーっっ!!Www 今なら何でもやれる気がするううぅぅっっっ!!!!!
私は一人で爆笑しながら勢いよく顔を上げると、トイレットペーパーに手をかけた。
トイレを出て廊下を歩いていく。 和風の廊下で、隣に座敷の部屋が続いている。 今日は休日だからか、昼間だというのにお酒のにおいがして賑やかだ。
私は座敷を横目で見ながら歩いていると、廊下の反対側からアキさんが歩いてくるのに気づいた。 どうやら部屋を抜け出してきたらしい。
アキさんは和風を感じさせる法被みたいな服を上に羽織ってるから、この空間には割と似合う。 下には相変わらず『漫画上等!』のTシャツを着てるから、いまいち統一感はないが。
アキさんはこっちに気づくと、声をかけてきた。
「黒縁ちゃーん、ちょっといい?」
「え? はい」
私は返事をして立ち止まった。 ちょうど通りがかった座敷の入り口の端っこに、2人で腰をかけていく。
「あなたのところの集まりって、どんな感じだったっけ? もう一回、教えてくんない? ……あの葉月って子に聞いても、全然答えてくれないからさぁ」
アキさんはそう言いながら、洗練された動きで腕を出した。 いつも持ち歩いている、変な形の扇子を手に持って、だらんと構えるようにする。
私は理解すると、改めて今までの経緯を説明した。
「へーぇ、なるほどね」
話し終えると、アキさんは考えながら言った。
「ふーん……。 珍しいね」
「珍しい?」
「うん。 いや、今は普通なのかもしれないけど。 色々新鮮に見えてさー……」
どういうことだろう。 私はよく分からずに黙っていると、アキさんは続ける。
「もう大分長く、外に目を向けてこなかったなーって。 ……あなたもだけど、葉月さんとか、それから瑞ちゃんだっけ。 他の人たちも、楓ちゃんとか、スモモさんとか? あー今こんな風になってんだーみたいな、気づいたら時代が進んでたっていうか……」
アキさんは、手に持った扇子を動かしながら、話し続ける。
「最近、ずっと同じ生活しててさぁ。 学生時代から、ずっと変わんなくてね。 あ、俺18の時に商業でやり始めたんだけど。 最近の売れてる作品とか見ても、つまんないしさ。 もう感性が鈍ったのかなー……もう、俺もオタク引退かーとか思ってたけど。 ……でも、なんか違ったかも」
私は頷きながら、話を理解していく。
時代の流れについていけてなかったってことなんだろうか。 まぁ、大人になったらそんなもんかも。 私も、もうその感覚に半分入りかけてるし。
売れてる作品云々は、正直私はよく分からない。
私は昔から、流行の作品に乗れたことはあまりないからだ。
流行の漫画やアニメを見ても、小説サイトのイベントに行っても、楽しいと思うことはあまりない。 なんでこの作品が人気なんだろう?と、理解できずに、疑問に思うばかりだ。
アキさんの話に戻ると、時代が少し変わったようにも見える。 アキさんは今30歳でナミ子さんと同い年らしいから、学生だったのは一世代前の話だ。
創作業界に対して感じる感覚は、世代によっても違う気がする。 その時の流行に、自分の性格がどれだけ合致するかなどによって変わる。
時代が違うから、私はアキさんとは見えてる景色が大きく違う気がするのだ。
もしかしたらアキさんは、自分の青春時代に、大いに流行の作品を楽しめたんだろうか。 私には、そんな風に見えるのである。
少しして、アキさんは言う。
「あ。 そういや、あんたの作品も見たよ」
小説サイトの私のページに行って、作品を読んだらしい。
私は「あぁ」と言って頷くと、アキさんも黙った。
…………。…………。……。
ぎゃーっ!w また来たあぁっ! 何かしゃべりなさいよ、私いぃつ!!ww
私は無我夢中になり、気づけば自分の話をしていた。
「ところで、ちょっと相談させてもらいたいことがあるんですけど、いいですか?」
「うん、何?」
「私、社会と線引いてるって、瑞に言われたんです」
ぎゃー! 私、何をしゃべってるんだろう。 まあいいか。 もう言っちゃったもんは言ったし、そのまま行こうっ!w
アキさんは体勢を変えて、私の話を聞き始めた。 しかし話が見えないのか、眉をひそめて、小首をかしげている。
「……へーぇ?」
「はい。 だからかは分かんないんですけど、他の人とうまく喋れない時があって……」
「いま喋ってるじゃん」
アキさんはすぐさま切り返してくる。 私は首をひねりながら答えた。
「人によるっていうか……。 例えば、アキさんの友達の方たちともうまく話せなかったんですよね」
「ふーん……」
「私も、なんでかは分からないんですけど……」
「……よく分かんないけど。 大体社会から線引いてるって、俺もそうだけど」
アキさんはそう言って、自分を扇子で指す。 うつむいていた私は、顔を上げて聞き返した。
「そうなんですか?」
「うん。 だからこんな仕事やってるし」
そう言って、アキさんは笑う。
そうだろうか? 私には、アキさんは人とちゃんと触れ合っているように見える。 普段の仕事とか生活を、見たわけじゃないけど。 普通に店員さんとも自然にやり取りできるし。
悶々と考える私の前で、アキさんは理解しがたいような口調で言った。
「別にいいんじゃない。 それって、そんなに変なこと? ……あ、でもあんたは、ちょっとは笑顔作った方がいいよ」
アキさんはそう言って、ちょいちょいと扇子を向けてくる。 私は聞き返した。
「笑顔?」
「うん。 だって黙ってたら、あなたちょっと怖いよ」
アキさんはそういって、はははと笑った。
「俺も小説読まなかったら、黒縁ちゃんは何考えてるか分からなくて、話しかけられなかったかも」
この人は、いったい何を言ってるんだろう。 私に話しかけまくってきたイベントの時には、まだ私の小説はカケラも読んでないのでは。
……もしかして、これってジョーク?
「なんでも笑顔、笑顔っ! 重要だよ? ……お」
私たちが振り向くと、廊下に葉月の姿が見えた。 座敷を抜けてきたみたいだ。
葉月は私を見て衝動的に叫びかけ、次にアキさんを見てテンションを抑える。
「せんっ!…………ぱい、何やってるんですかこんなとこで」
葉月が来たことで、私たちは散会していった。 アキさんは立ち上がると、気さくに葉月に話しかけている。
「お、葉月くんじゃん。 あなたの小説も読んだよーっ! いやぁ、俺にはさっぱりだったけど、勢いは良かったよねぇ」
「すみません、何ですかいきなり。 離れてもらえますか」
そのあとも私たちは宴会を進め、製本の説明も受けた。
どんな見た目の本にするかを決めたり、データを用意したりなど、私たちはやるべきことを聞いていった。 家で各自準備を進めることになった。
そんなこんなで宴会も終わり、私たちは旅館を出た。 暗くなった道路に出て、アキさんたちと手を振って別れていく。
結局、お金は本当にアキさんが出してくれたので、なんとかなった。 会計の時に万札が何枚も見えたけど、大丈夫なんだろうか。
……いや、私が心配するのは、スケールが小さすぎるのかもしれないが。
私は方向が同じ人たちと一緒に、ぞろぞろと歩いていく。
横で、瑞が何かに気づいたようにポケットをさわった。 スマホを取り出して、画面を見つめている。
「……はぁ」
また、親からの催促だろうか。 大変だなぁ、他の家庭は。
でもまあ、そんなにひどいことにはならないでしょう。 私は楽観的に構えつつ、テキトーに手を振って帰り道を歩いた。
はあ……。いい夜空ね。(黒縁)




