第34話 ナミ子の特訓開始!
買い物に行ったはずのナミ子さんが、帰ってきた……?
どういうことだろう? レジが変? 私と瑞は顔を見合わせる。
話が見えないので、私たちは一緒に買い物に行ってみることにした。
スーパーにつくと、いつも通りの光景である。 私と瑞は入り口で立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。
何が変? 入り口の辺りから見えるレジの様子も、変わったところはない。
「何が、変なんですか?」
「あれ」
ナミ子さんが指さしても、よく分からない。 そこにはセルフレジがあるだけである。
「セルフレジ? がどうしたんですか?」
「は? セルフレジって何?」
ギャーッ!!www 何てことだ。 まさかセルフレジを知らないとは……。
ニートとはいえ、それぐらい知らないものだろうか。 本当にずっと引きこもっていて、スーパーにすら行ってなかったらしい。
私たちは一緒に買い物を始めた。 商品の並んでいる棚を、改めてめぐっていく。
商品の棚には、ぐしゃっとへこんだお菓子の箱がいくつもあった。 握りつぶした箱をそのまま戻したらしい。
瑞は閉口していたが、丁寧に教え始めた。
「こういうことをしたら、いけないんですよ」
「知ってる」
「知ってるんかいっっ!!!」
私たちは商品をカゴに入れなおして、セルフレジの場所へと入っていった。
このスーパーには『セルフレジ』と、『セミセルフレジ』と、さらには普通のレジまであって混ざっている。
この光景を改めてみると、確かにふだん行かない人だと分かりにくいのかもしれない。
レジの前に立って、引き続き瑞が教えていく。
ナミ子さんは機械に関する物覚えは早いらしく、一度教えると綺麗に理解して、目の前で手早くやって見せた。
「へぇ、覚えるの早いですね」
なんとなしに瑞が呟く。 するとナミ子さんは突然手を止めて、独り言のようにぼそっと言った。
「……ほめて」
「え?」
「もっと、ほめて」
ナミ子さんはうつむきがちに、目を合わさずに、瑞の足元を見ている。
瑞は一瞬困惑したようだったが、理解して言った。
「あぁ……。 頑張ったね」
「うん」
ナミ子さんは幼稚園児のように小さく頷くと、今度は更に頭を下げるようにして差し出してきた。
まさか、頭をなでて欲しいということだろうか。 ブハハッwwナwミw子さんっwww あなた真性のヤバいやつねぇww
私は心の中で爆笑しながらその様子を見ていると、瑞はゆっくりと手を上げて、小さく頭をすりすりとなでていった。
見てみなさいよ、瑞の顔引きつってんじゃないの。 引いてるわねぇ、瑞。 ウケるわww
話を戻すが、ナミ子さんは機械に強い。 聞けばコンピュータ関係の知識は、大抵のことは分かるという。 根幹のシステムを自分で考えて作ったこともあるというから、驚きである。
ここ数日で、私がパソコンで分からないことがあった時にも、一瞬で解決してくれた。
技術を生かせる仕事なんていくらでもあるだろうに。
退学したとはいえ大学にも一応行ったんだから、比べるのもおかしいが中卒の私よりは学歴もある。
しかし、ナミ子さんを見ていると何となくだが、そんな問題でもないのかもしれない。
仕事は他の人とのやり取りなどもあるし、他の雑多なこともこなさなきゃいけない。 純粋な知識や技術だけがあっても仕方ないのかも。
家に帰ってくると、ナミ子さんは今度は瑞と料理を作り始めた。
古くて汚い台所で、瑞がテキパキと指示を出しているのが見える。 ナミ子さんは素直に指示を聞いているみたいだ。
私はぼんやりとその様子を眺めていたが、自分の仕事に戻って、手元のパソコンに向き直った。
そろそろ昼時だ。 小説サイトの表示された画面をいじりながら、今日書いた分の小説をアップロードしていく。
ふと気づくと、いくらかまたメッセージが来ていることに気づいた。
私のところにメッセージが来るのは、珍しいことではない。 一応ギリギリとはいえ生活できるレベルには稼げてるわけだし、多少は固定の読者もいる。
しかし、私は普段なるべくメッセージは見ないようにしている。
変なエロ画像を送ってくるやつがいたり、『会いたい』というメッセージを送って来たくせに、いざ待ち合わせに行ってもすぐに逃げられた経験があるのだ。
あとからメッセージを送っても、無視されてそれっきりだったし。
……なんで逃げられたんだろう? 実際会うと、私が存外怖かったんだろうか。フハハっ!w
「そりゃ気づかいですよ、先輩」
私の思考がまた漏れていたらしく、横で文章を打ち込んでいた葉月が言葉をはさんできた。
「気づかい?」
「相手が合わないと思ってるのに、ずっと一緒にいるのも可哀そうじゃないですか。 少しでも相性の悪さを察したら、いったん早めに切り上げるんですよ」
私はパソコンの画面の前で頬杖を突きながら、話を聞く。
初めて葉月と会った時のことを思い出した。 小説サイトのイベントで待ち合わせたわけだが、あの時葉月はすぐに別れていった。 あれは、そういう意図があったのか。
「あとから返事が返ってこなくても、何も触れないんです。 そういう時は、合わなかったっていう意思表示なんですよ。 合わないって、面と向かっては言いづらいですから。 そっちの方が合理的なんです」
私はぼうっと聞きながら、考える。 合理的ねぇ……。 確かに一理あるような気もするが、少し冷たく感じる。
それに、私が逃げられたのは待ち合わせて数秒後である。 『あ、ちょっと友達と用があるんで』って言って、挨拶しかしてないのにどっか行ったんだけど。 それはもう、気づかいとかいうレベルを超えてる気がする。
まぁいいか……。 考えてみれば、ネットと会うのはリスクがあるし、身を守るためにはそれぐらい仕方ないのかもしれない。
もしかしたら、私にも落ち度があったのかもしれない。
あの時はたしか、髪もボサボサだったし、まったく洗濯してない汚い服を着てた。 高校1年の不登校の時だったから、バリバリに社会に敵意を向けていて、たぶん目つきも今以上に悪かった。
……あれ、そう考えたら私のせいかもね。ははっ!w
私は画面に目を戻して、メッセージを確認していく。 一応、重要なメッセージが来てないとも限らない。 金の臭いがする案件とかね。ふはっ!w
すると、一つのメッセージに目がとまった。
「なにこれ」
そのメッセージには、意味のある文章は何も書かれてなかった。 書いてあるのは、ネット上の住所を表す英数字の羅列――何かのウェブサイトのURLである。
URLが、しかも同じものが、10行にかけて何度も書かれてあるのである。
見当もつかず画面を見つめていると、そこへ銀杏がやって来た。
「黒縁ー。 今度みんなで海に……」
「銀杏、URLだけ何回も貼っただけのメッセージがあるんだけど、なんなんだろう?」
私は近づいてきた銀杏に相談する。 銀杏は話を聞き入れるように、画面をのぞき込んできた。
葉月も気になったのか、ぴょんと跳ねるようにこっちに来る。
「何のページのですか?」
葉月が横から入ってきて、画面を一緒に見ながら言う。 私は見たままを説明すると、2人とも訝しげな顔になった。
うーん、こういう時、ページを開くのってどうなんだろう? ウイルスサイトの可能性もあるし、開けない方がいいんじゃないのか?
私が潔癖的に知識の確認をしようとナミ子さんの姿を探している隙に、葉月が勝手にマウスを動かして、ポチっとURLを開けてしまった。
あぁっ!……まあいいや。 どうせ死ぬわけじゃないし。
表示されたのは、創作関連のイベントページだった。 数日後に開催されるアマチュア系のイベントらしい。
現状のこういった類のイベントは、やり方が決まっている。
大手の小説投稿サイトや、漫画投稿サイトなど、それぞれのサイトごとに行うものが主流だ。 今の創作界では、小説は小説、漫画はマンガと、棲み分けがはっきりしている場合が多いからだ。
しかしこのイベントは違うらしく、その違いを統合してやってみようぜ!ということのようだ。
「うーん、イベントですか」
「これが、10回ぐらい書かれてて」
「ふーん……。このイベントに来てくれってことじゃねえの?」
「なんで?」
「そりゃ先輩、会いたいんでしょう」
なんてことだ……。 またこういう対処しづらい系のやつが来てしまった。
普通は無視するところだろうが、どう対処したらいいんだろう? 社会を信用してない私は、一般的なやり方すらも疑ってしまうのである。
「面倒くさいですよねぇ、こういうの」
葉月は眉をひそめて、真剣な表情でパソコンを操作している。 葉月もこういう類のメッセージを受け取ったことはあるかもしれないから、他人事とは思えないのかもしれない。
私たちは、メッセージの差出人のユーザーページを見てみることにした。
投稿小説はなく、まっさらな状態だった。 小説の作者ではなく、読者としてサイトを利用している、読む専門――いわゆる『読み専』の人だ。
名前は、『SF大好きっ子』さんというらしい。
「ふーぅん。 読み専の人ですねぇ」
そう言いながら、葉月はさらにユーザーページを触っていく。
どうでもいいが、葉月がどんどん私に密着してきている。 パソコンを操作するために私を押しのけようとしているのか、単に寄りかかってきているのか、判別がしにくい。
この大手小説投稿サイトは色々な機能があって、誰かの作品に『いいね』したり、ブックマークしたりなど、そういった情報も他の人に見えるようになっている。
葉月は手慣れた動きで色んなユーザー情報を確認していくが、特に収穫はなかった。
ブックマークしている作品が、ロボット系のSFに偏っていることぐらいだ。 ということは、男の可能性が高いかもしれない。
「どうかした?」
料理を運んできた瑞が、画面をのぞき込んできていた。
私はだらけるように寄りかかってくる葉月に体勢を崩されながら、瑞にわけを説明する。
瑞は不思議そうな顔で差出人のユーザーページをのぞき込んでいたが、再びイベントページを表示させると、思い出したように声を上げた。
「そうだっ! このイベントに行ってみないかって、フミに言いたかったんだった」
「何の話?」
「ほら、フミが社会と線引いてるとか何とかいう話よ」
「んー、なんかあったっけ?」
私が鼻をほじりながら答えると、瑞が肩を掴んでぐわんぐわんと揺らしてきた。
「あったの”お”おおおおぉぉっっ!!!!」
「ギャーッ!!!!」
私は叫びながら、なんとか頷く。 まったく……。 誰もかれも、元気だなぁ。
瑞も、最初に会った時のどんよりした様子に比べれば元気になったものだ。 よかったよかった。
瑞は説明を再開する。 要はイベントのボランティアに参加しないかということらしい。
「このイベントで、主催側を手伝ってくれる人を募集してるらしいけど、人がまだ十分に集まってないらしくてね。 参加者の人たちを案内したり、チケットをもぎったりするやつ」
「えぇ……。面倒くさいなぁ」
私が耳をほじりながらため息をつくと、また瑞がガシンと肩を掴んできた。
「フミィイイイッッ!!!! 社会と合流するのよ”お”おおおおぉっっっ!!!!!」
「ギャーっっ!!! 分かったあああぁぁっ!!ww」
もう、しょうがないなぁ。 しかし、このイベントならまだ何とかなりそうだ。 普通の店での接客などは自信がないが、この程度なら何とかなりそうな気がする。
私は気乗りしないながらも、しぶしぶ行ってみることにした。
今日のごはんはパスタだよ。(瑞)




