第32話 銀杏の家で生活開始っ!
夏休みも終盤に差し掛かってきた!
今ここは銀杏のマンションの部屋で、初めて泊まらせてもらって、いくらか日にちがたった後だ。
「ナミ子さーん! 手伝ってーっ!」
私はパソコン機器を持ち運びながら、ナミ子さんに大声で呼びかけていた。
部屋の奥には、『立ち入り禁止』とでかでかと葉月の文字で書かれた仕切り用のカーテンがかかっている。
私は結局、銀杏の家でしばらく寝泊りさせてもらうことになった。
雨が降ったとはいえ、まだ夏も暑い。 目の前で熱中症になった人を見ると、さすがに危機感が出てきた。
銀杏もいいと言ってくれたので、お言葉に甘えて、少しの間泊めてもらうことになったのだ。
最初は寝るときだけ来ていたが、もう面倒くさくなってずっと銀杏の部屋にいるようになってきた。 そんなわけで、パソコンなどの必要物もここに移動することになったのだ。
聞いた話によると、銀杏もこの家からは早く出ていかなければならないらしい。
このマンションは大学の偉い人が管理している建物らしいが、古くなって撤去したいらしく、早く退去してくれと言われているらしいのだ。
マンションの住人は退去していっており、廃墟になりつつある。
銀杏も家を探しているらしいが、なかなか良い場所が見つからないらしい。
騒音だらけで冷房も効かないあのアパートに戻りたくはないので、私も急いで家を探そうと思っている。 私たちがこの場所にいるのも、長くはないだろう。
葉月と瑞の2人は、今日は朝からここにいる。
2人とも私の家ではなく、今度はこの銀杏の家に来るようになった。 ここは冷房も効くし、トイレもちゃんとあるから、吸い寄せられるように集まるようになったのだ。
2人の調子は、特に変わったところはない。 いつも通りここに来て、適当に話して、食べて、帰っていくだけだ。
少し変わった点があると言えば、瑞はここ数日で眼鏡をかけるようになった。
曰く『もともと近眼でコンタクトをつけていた』らしいが、眼鏡は新しく買ってきたみたいだ。 縁が太くて紫色の、おしゃれなメガネである。
学校がある日は今まで通りコンタクトだが、休みの日は眼鏡をかけている。
ついでに銀杏の様子も話しておくと、こっちも大きく変わったところはない。 相変わらず色んなことをして、自分の道の模索を続けているみたいだ。
銀杏は今度は音楽に目覚めたらしく、今日は朝から、50年前のアメリカンロックのバンドマンみたいな恰好をして、部屋の中を歩き回っている。
何をしたいのかはさっぱり分からないが、自分なりに何かを模索しているんだろう。
ところで今私の目の前には、ごちゃごちゃした機械類がある。 ナミ子さんが作ってくれたパソコンを、活動場所の移動に伴って、ここに移すことにしたのだが、組み立てが難しすぎるのである。 というか、わたし程度のパソコン知識ではとても組み立てられない。
ナミ子さんは自分のパソコンを持ってきて、今も部屋の奥でカタカタやっているが、無関心らしく呼んでもこっちを見もしない。
複雑すぎる配線を見ていると、私は無性にイライラし始めた。
雨が降ったとはいえ、まだまだ暑いっ! 今までアパートと往復して運んできたから、汗が次から次に滴り落ちてくる。 髪の毛がくたくたになっていて、顔に張り付いてくるのが鬱陶しい。
あ”ーっ!もうっ! 私はなんでこんなに髪を長くしてるんだろう。 私の髪の毛は結構長くて、肩をゆうに超えているのだ。
髪の毛と配線を見ていると、私のイライラは最高潮に達した。
そばにあったハサミを手に取ると、ヤケクソぎみにシャワー室へと向かう。 そう、今すぐ自分で切ってみようと思ってね。
今まで髪を長くしてたのも、別に伸ばしてたわけじゃないのだ。 ただ美容室に行くのが億劫だから、勝手に伸びてただけなのよね。ぶハハっ!w
私はハサミと手鏡を手に取り、葉月が一通り落書きし終えた新聞をひっつかんで、シャワー室へと向かった。
脱衣所に入ると、鏡と新聞紙を床の上にセットした。 しゃがんで、長い髪に思い切りハサミを入れてザクザクと切り始める。
「フミー、聞きたいんだけど……え?!」
切り始めると同時に、シャワー室に瑞が入ってきた。 入ってくるなり、驚いている。
床にしゃがんでうつむいて、ザクザクと自分の髪の毛を切っている姿など、普通見ることは無いのだろう。
ここまで大胆に髪を切る姿を見るのは、私も他人を含めて初めてである。
瑞が慌てて、私に駆け寄ってきた。
「ちょっと、何してんのっ?!」
「自分で髪切ってみようと思って。 美容室に行くの面倒くさいし」
目の前の鏡だけを凝視しながら、私は答える。
髪の毛が邪魔で見えないが、いま瑞はどんな顔をしてるんだろう? 呆れた顔をしているのか、驚いた顔をしているのか。
瑞は少しの間、私が切る様子を眺めていたようだが、黙ってどこかへ去っていった。 あれ、どうしたんだろう。 表情が見えなかったが、何か様子がおかしかった気がする。
そう思っていると、数十秒後に瑞はバタバタと慌ただしく戻ってきた。 振り向くと、瑞はハサミを持っていた。
あら、もしかして、代わりに切ってくれるのかしら。 でも、気にしなくていいんだけど。
「あ、いいよ。自分で……」
「私も切るっっ!!!」
「え”っ?!」
私も切る? どういうこと?
私は意味が分からないうちに、瑞は私の隣にしゃがんだ。 同じように鏡を眺めながら、ハサミを自分の髪の毛に入れようとしている。
「ギャーッ!! 何やってんの、瑞ちゃんっ!!」
なぜか私は抵抗するように、瑞の手をつかもうとした。 しかし瑞は勢いよく振り払ってくる。
瑞は鏡を見ながら、まだ抵抗があるのか、そぉっと慎重にハサミを入れようとしている。 それを見て、私は思わず飛びかかった。
「だめえ”えぇぇっっ!!!! やめた方がいいよぉっっ!!!!」
「いいじゃんっ!! 私も切るぅ”っっ!!」
「ぎゃーっっ!!!!!」
もみ合いになりながらも、瑞はハサミの照準を合わせ、ついに切った!
バッサリと音を立てて、長い髪の毛が一塊、新聞紙の上に落ちる。 騒ぎを聞きつけて、葉月もやってきた。
「先輩ー、何やって……ギャーッっ!!!!!」
「瑞ちゃん、だめえ”ぇぇっ!!!!」
「どいてっ!! 自分で切るのお”お”おおぉっっ!!!!!!!」
「先輩っっ!!! 私が切りますうぅぅつっっ!!Wwwwww キャーッ!!ww」
カオスになって行く中で、瑞は慣れてきたのか、バサバサと髪の毛を切り落とし始めた。
あああ、何ということだ。 あんなに綺麗で流れるようだった髪の毛が、次々に切り落とされていく。
……まあいっか! これも瑞の選択である。 どうなろうが受け入れましょう。ははっ!w
最後の仕上げは、葉月がしてくれた。 葉月は細かい作業が得意らしく、性格もあってか、丁寧に仕上げてくれた。 壊滅的になった髪型は、修復できないけど。
私は切り終わると、着ていた服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びた。
あぁ、やっぱり裸になってから切ればよかった。 服に髪の毛の切れ端が大量にくっついている。
ある程度それを見越してここで切り始めたが、ちょっと甘かったかも。
シャワーを浴び終えると、入れ違いにシャワーに入っていく瑞とすれ違う。 瑞ももう雑になってきていて、服の脱ぎ捨て方が汚い。 あらあら、最初の方で感じた清楚な品みたいなものは、どこへ行ったのかしら。
自分の姿を鏡で見ると、重苦しくて長い髪の毛はどこかへ消え去っていた。 ショートカットとは言えないまでも、前に比べればかなり短い。
プロの人が見れば噴飯ものなんだろうが、私は気にしないのだ。
さっぱりしてシャワー室を出ていくと、ちょうどバンドマン銀杏がこっちにやって来ていた。 アウトドアに私たちを誘おうとしているらしく、元気な声を張り上げてくる。
「黒縁ー! 今度みんなで洞窟とか……。 ……っ!」
そこまで言って、銀杏は短くなった私の髪の毛を見て黙り込んだ。 私はなぜか恥ずかしくなり、笑いをこらえながら聞いてみる。
「……どう?」
銀杏は少しの間じっと私の髪を眺めていたが、やがて親指を上げてグッ!と答えた。
「いいぜ!」
あら、ノリがいいわねえ、あなた。 私もノリで、グッ!と親指を立てて笑って見せる。
瑞もシャワーを浴び終えて、部屋に出てきた。
瑞も髪が少なくなり、すっきりしていた。 私と同じように葉月に仕上げてもらったようで、そこまで変には見えない。
というか、普通に可愛いっ! 瑞は最初から、短い方が似合ってたんじゃないのか?
私が驚くと、瑞は快活に歯を見せて、爽やかに笑った。
さあ、さっぱりしたことだし外に出ようっ! 私たち3人は散歩しようと、マンションの扉を開いて外へと出ていく。
私の髪も切って。(ナミ子)




