第29話 熱中症!
ナミ子を加えての日常が始まった!
私たちは近くの駅ビルに来た。 無駄に長いエスカレーターに乗り、上の階に向かっていく。
本屋は8階だが、5分ぐらいかけてエスカレーターに乗るのだ。
こういう場所って、エレベーターもほとんどの階に止まったりして遅いしで、結局エスカレーターに乗るんだけど、効率的なのかは分からない。 やっぱりエレベーターの方が早いのかな。
そういえば、瑞と話した、もっと社会に歩み寄るというのは、具体的な方策はまだ考え中だ。
瑞は、私が自分を社会と切り離して考えているように見えると言った。
高校を辞めてから2年間、私はずっと小説を書いてきたわけだが、それは自分の稼ぎを得るということはもちろん、同時に社会から離れたいという気持ちも持っていた。
引きこもって仕事をして、人々から離れていられるから、小説を書いて稼ごうと思った側面があるのだ。
それを考え直す局面に来たということだろう。 とはいえ、具体的にどうしたらいいんだろう? 引きこもって生活したら、ダメってことなんだろうか?
本屋に来ると、私たちは散らばって、各々欲しい本を探し始めた。
私は特に何も決めずに、本棚の間をぶらぶらと歩いていると、一組の親子に目がとまった。 母親は夏というのにとっくりみたいな薄手の服を着ていて、子供に袖を引っ張られている。 あぁ、いいなぁ……。
でもこんなところで、授乳を求められたらどうしよう。 いや、大丈夫か。 見れば、本棚だらけではないか。 遮蔽物ばかりだし、堂々と乳をさらして飲ませればよい。 目の前には熱力学の本があって、あぁそうよねぇ……私も赤ちゃんも、熱力学よねぇ、と感慨にふけるのだ。
私はそんな妄想を繰り広げながら、今度はBLコーナーに入っていった。
……え? BLに興味があるのかって? いや、ないわよ。 ほんのちょっとだけね。
私が棚を眺めていると、近づいてくる人の気配があった。 見ると葉月だ。
「あ、葉月」
葉月は棚の前に来ると、ざっとBL系の漫画を眺めている。 私はなんとなく聞いた。
「葉月は、BL好きなの?」
「いえ、別に。 あんまり興味ないですね」
葉月はあっさりと言う。 棚を見つめる葉月の顔は冷めていて、興味がなさそうだ。
……でも、何か引っかかる。 やたらと密着してきたりとか、銀杏に冷たかったりとか……。
私は気になっていたことを聞いた。
「……葉月って、女の子が好きなの?」
葉月は振り向くと、きょとんとした顔をする。
「いえ、全然。 今まで気になったことのある人は、みんな男子でしたよ。 ……先輩も、違うでしょう?」
「うん、まあそうだけど」
私は適当に答えながら、その辺のマンガを手に取ってみる。 表紙にはイケメンの男が2人描かれていて、まさに行為の直前みたいな絵だった。 おぅ、びっくりする。
葉月の小説には、たまに恋愛要素が出てくる。 どれも相手は男だったから、やっぱり私の気のせいなのか。
……でも、なんで私が異性愛者だと分かったんだろう?
私はまだ恋愛小説は書いたことがない。 今まで書いた小説にも、自分でも不思議なほどに恋愛要素は全く入れていない。
私は男らしい部分があるのは自覚しているが、はっきりと恋愛対象は男だ。
もし私が女の子が好きだとしても変ではない気もするけど。
しばらくして本屋を出ることになり、私たちは会計を済ませた。
一人ひとり、違うコーナーに行ったようだ。
葉月は政治系の本をどっさり買ったみたいだ。 大学生が読みそうな難しそうな本まである。 銀杏に言われたからって、あなた極端ねぇ。
瑞はウキウキで、爆弾やら銃器やらの本を大量に買い込んだみたいだ。 私に何の本か説明するときに、ほんの少しウキウキしているように見える。 危ない知識なのに、心から楽しそうに話しているのだ。
やばいわ、なんか変な扉を開けてる感じもするけど、大丈夫かしら。
買い物を終えて帰ってくると、もう日も落ちかけて夕方になっていた。
3人でアパートに戻ってきて、玄関の扉を開けて部屋に入っていくと、ふと異常に気付いた。
暑い。
外から玄関を開けて入ってきたというのに、まったく体感気温が変わらない。 部屋に入っていくと、しかし冷房はブオンブオンと音を立てて確かに動いていた。
こんだけ暑いのに、ぜんぜん効かないって、どうしようもないわね。
しかも、相変わらずにおいだけはやたらと臭い。 今まで吸い込んだ色んなにおいを吐き出していて、もはや空気だけ下水処理場みたいになってきている。
私は部屋に入っていきながら、ナミ子さんに声をかけた。
「ただいまー……」
ナミ子さんは部屋の端っこに寝そべっていた。 壁の方に向いていて、表情が見えない。 あら、またスマホでもしてるのかしら。
私は買った本をテーブルの上に置いて、財布やらの荷物を片付けていく。
葉月と瑞もあとから続いて部屋に入って、その辺に買った本を積み上げている。 すると、瑞が何かに気づいたように声を上げた。
「ナミ子さん、大丈夫ですか?!」
切迫したような声に、私は思わず振り返る。 え、どうしたの。 瑞はナミ子さんに駆け寄っていた。
しゃがんで様子を見ようとしている瑞に、私は近寄っていく。 見ると、ナミ子さんはスマホをいじっておらず、ほんの少し苦しそうな顔をしていた。
「え、どうしたの?」
私は驚いて、一緒にしゃがんでいく。 ナミ子さんは何も答えず、ただ呼吸をしているだけだ。
瑞が慌てた様子で叫んだ。
「フミッ! ナミ子さん、苦しそう! どうすればいいの?」
「えーっ!!?? どうしよう、どうしようっーー?!」
ぎゃーっ! やばいっ!! もしかして、病気にでもなったのか?!
ととととりあえず、病院にでも連れていくのか? ここで緊急の手当てとか? え、手当ってどうするの。 というか、症状が分からないと手当もクソもないじゃん。ウケるww
私がパニックになっていると、部屋に縄文人の格好をした銀杏が入ってきた。
「おーい、どうかしたか?」
「銀杏っ! ナミ子さんが苦しそうなんだけど、どうすればいいのぉぉぉおっ?!!!!」
ぎゃあぎゃあと私が喚いていると、銀杏は落ち着いた様子でナミ子さんに近づいていき、言った。
「ただの熱中症だろ。 ここ、暑いしなぁ」
え、そんなすぐに分かるものなの。 私は力が抜けて、落ち着きを取り戻す。
でも言われてみれば確かにそうかもしれない。 今日は特に暑い。 数十日も雨が降ってないうえで到達した、暑さの極みだ。
エアコンは一応ついているが、ほとんど機能してないみたいだし。 熱中症か。
「えーと、じゃあどうすればいい?」
「とりあえず涼しい場所に連れて行って、休ませればいい」
えーと、涼しい場所……ってどこ?
瑞が言った。
「パソコンショップに連れていく?」
「店は今日やすみ」
ナミ子さんが辛そうにしながらも、言葉を口から出した。 あぁ、店は休みなんだ。
「実家は?」
「親はたぶん今日いない」
そうなのか。 じゃあ、どうすれば……。 早く連れて行かないと、こんなところにいたら症状がひどくなる。
うーんとみんなで考えていると、銀杏が言った。
「とりあえず、俺の家に行くか? すぐそこだけど」
実は、銀杏の住んでいるマンションは、このアパートのすぐ目の前にあるのだ。 ボロボロのマンションで、大学が管理している、学生向けのマンションらしい。
もともと家が近かったこともあり、最近銀杏は私の家に来ていたのだ。
私は頷いた。
「よし、いったん銀杏の家に行こう」
そんなわけで、ナミ子さんを銀杏の家まで連れていくことになった!
うどん食べながら連れて行こう。(黒縁)




