第27話 ニート☆ナミ子爆発っ!
瑞と真面目な話をした!
私はため息をつきながら、近くにあったそうめんの袋を手に取っていった。
ふと、銀杏たちが部屋の中にいたことに気づいた。 機械をいじっている女もいて、2人は黙って聞いていたみたいだ。 あぁ、この人たちのこと忘れてたわ。
私はなぜか急に恥ずかしくなり、うつむいたまま黙り込んだ。 ぼんやりとそうめんの袋の成分表を眺める。
妙な沈黙が流れていると、黙って作業していた女が、不意に話しかけてきた。
「あんた、小説書いてんの?」
「え? あぁ、はい」
いきなり何だろう。 私が頷くと、女は「ははは」と軽快に笑った。
「変な時代になったねぇ。 昔は、小説とか音楽とか、もっと凄い人たちが作るもんだと思ってたのに」
女はそう言って、親しみを感じる口調で話し始める。
時代? この人、いったいいくつなんだろう? 改めて話していると、妙な感じがしてくる。 見た目は若くて、私とほとんど変わらないように見えるけど。
私は気になって、聞いてみた。
「何歳なんですか?」
「29だよ」
女はすぐに答えた。 29歳? マジか、どう見ても20歳にも行ってないように見える。
へぇ、でも凄いなぁ。 29歳でパソコンショップを運営してるなんて、なかなかやり手じゃないのか。
私は思ったことをそのまま言った。
「へぇ、凄いですね」
「何が?」
「若いのに、店を自分で開いて経営してるって……」
「あれは親の店だよ。 私はニート」
「え?! あぁ……」
なんだ、そういうことか。 私は何も言えなくなって、思わず黙り込む。
女は続けた。
「親がいま入院してるから、その代わりにやらされてただけ」
なるほど、そういうことだったのか。 だから、あのお世辞にもうまいとは言えない接客だったんだ。 ……店主じゃないんかいっ!w
女は口が滑らかになったのか、私が聞くことには何でも答えてくれるようになった。 名前は、葉多詞波子さんというらしい。
「いつから仕事してないんですか?」
「大学辞めてから。 19歳の時にね」
大学をすぐに辞めてから、以降ニートらしい。 ということは、もう10年間も引きこもっていることになる。 私が8歳、小学2年生の時から引きこもってる計算だ。 すげぇ。
私はまだ2年しか引きこもってないから、ある意味の人生の先輩だ。 おぉ、なんかそう考えると、親近感がわいてきたっ!w
私は楽しくなって、あれこれ聞いてみる。
「30歳でニートって、どういう気持ちですか?」
「29だよ」
「社会に復帰する気持ちとか、ありますか?」
「ねぇよ。 どこ見たら、そう思うんだよ」
「でも働かなかったら、親がいなくなったらどうするんですか?」
「さあ? 死ねばいいんじゃない」
ナミ子さんは、平然と言ってのける。 死ぬって……。 なんか極端な気がするが、私が口を挟めることでもない。
私が黙っていると、ナミ子さんは今度は銀杏のほうを見ていった。
「あんたは何? この子の彼氏?」
銀杏は、特に何もすることなく座り込み、うつむいてぼうっとしていた。 手にはそうめんが入っていた紙コップを持っているが、もう食べ終わったみたいだ。
「えー……俺は大学生です。 でも最近休学し始めたから、今は大学行ってないんですけど」
「あそう。 そのままやめればいいのに」
ナミ子さんは刺々しく、突き放すように言う。 なんだこの人? 初対面だというのに、お構いなしである。 それに、さっきから口が悪すぎる気がする。
それから私が黙ると、ナミ子さんは静かになった。 銀杏も黙り込み、沈黙が訪れる。 両隣と下の家からは、相変わらず音楽やせき込む音が聞こえてきている。
私は少し、ナミ子さんに興味を持ち始めていた。
ここまで引きこもりまくっている人と話すのは初めてだ。 話を聞けたら、小説のネタになるかもっ!ww
私はウキウキしながら、沈黙を破って、適当な質問を投げかけてみた。
「ニートって、どんな生活なんですか?」
「ハァ? 何もねぇよ。 そんなこともわかんないの? バカかよお前」
ナミ子さんは振り向くと、怒鳴るように言ってくる。
なんか、すみません。 私は少し気圧されつつも、粘り強く言ってみた。
「いやぁ、10年でどんなことがあったのかなぁって……」
ナミ子さんはため息をつくと、作業の手を止めて私を見た。
「何、小説のネタにしたいわけ?」
「まあ……。 そうですね、はい」
私はどうしようもなく正直に言う。 ナミ子さんは、もう一度ため息をついた。
「別に、何もないけど。 はぁ……。 そうかー、もう10年たったのかぁー……」
ナミ子さんはそう言うと、10年間で何があったかを話し始めた。
どうやら、10年間で全く何もなかったわけではないらしい。 10年もあれば当然か。ははっ!w
しかし大体は、家の中の話のようだ。
毎日ぐうたら寝そべってたら、親に食べ物の提供を止められた話。 それでも寝そべり続けて、餓死寸前まで行って、救急車に運び出されたらしい。
引きこもってたら、話を聞いた親戚が来た話。 部屋に怒鳴り込んできて物を壊しまくって、ナミ子さんはビビりすぎて、本当におしっことうんこを同時に漏らしたらしい。
さらには、親にバイトに引きずり出されようとした話。 ナミ子さんは腕を引っ張られながらも『働きたくない』と喚き散らしたらしい……。
私と銀杏は、黙ったまま聞いている。
一体この人は、どこまで働きたくないんだろうか。 ナミ子さんは、つまるところ何があっても働かなかったらしい。 ある意味、頑強な精神である。
10年間の出来事を一通り話し終えても、ナミ子さんの話は続いた。
話すにつれて、ナミ子さんはどんどん心の内を吐露していき、話の熱を増していった。 更けていく夜に反比例するように、声がヒートアップしてくる。
ナミ子さんはいつの間にか涙を流し始め、もはや私が聞いてもないことを一人で勝手に話し続ける。
「今までどれだけ嫌な目で見られてきたか分かるううぅっ!!?? 私がどんな気持ちで生きてきたか分かるぅぅつ??!!」
「わかりません」
「ネットで一言ニートだって書けば、さんざん罵倒されて障害とか死ねゴミとか言われてさあ”あ”ああぁっ! だれも”わかってくれなかったんだよ”おおぉっっ!!!!」
思いっきり顔を近づけてきて、ナミ子さんは唾を飛ばしながらぎゃあぎゃあと喚く。 あぁ、うるさいっ! さっきのそうめんのめんつゆの匂いが残ってて、なんか臭いのがウケるww
私が内心笑っている間に、ナミ子さんはいよいよ狂い始め、頭を抱えて一人で絶叫し始めた。
「今の時代はいい”よねえ”ぇぇっ! あの時とは違って、孤独を共有できるからさあ”ああぁっ!」
私は冷静に考えていた。 いや、でもそれは反論したいところだ。
確かにネットは普及して広がった。 自分の悩みを代弁してくれる人も、昔に比べてずいぶん多くなったんだろう。
でも、今の時代は少し状況が違う。 多くの人がネットに参加しているにも関わらず、代弁してくれている人がいないと、ある意味では別の孤独感を感じるのだ。
……とかなんとか考えているうちに、ナミ子さんのぎゃあぎゃあと喚く声が、私の耳にいやおうなく入ってくる。 あぁあ”あっ!w
「ニートも出世したよねえ! 元ニートですとか言って持て囃されてんの、ムカつくんだよお””おおおぉぉぉおおおぉつっ!!! バッカじゃないのwww ぶっはっww ゴミじゃなかったのかよおおぉっ!!! もっと罵倒しろよおおおっ!! 今までさんざん馬鹿にしてきたみたいにさああぁ!!!!!!」
ナミ子さんは絶叫しながら倒れこみ、さらには畳の上で身をよじり始めた。 さっき博物館で見た、複雑な形のアンモナイトみたいになっている。
「30歳でニートは人生終わりなんだよおおおぉっっ!!!!! もう赤ちゃんにもどりた”いよお””おおおおおおぉっ!! お父さんお母さん、ごめん……。 うんこみたいな子供でごめん……うわ”ああああああぁぁっっ!!!」
私たちは黙り込み、うつむいた。 シクシクと静かに泣くナミ子さんの音だけが聞こえる。
気づけば両隣の家も静かになって、ここ1週間で一番静かな夜になっていた。
もう30にもなるんだから、考えるところはあるんだろう。
それに、引きこもった期間は違えど、私もある意味同類だ。 今は小説で稼げているが、これからも稼ぎ続けられる保証はない。 泥沼に陥って、状況がもっとひどくなる可能性もある。
私はちょっとだけ同情して、ボソッと一言だけ呟いた。
「……色々あったんですね」
「そ”う”なんだよおおおぉおおぉっっっっ!!!!!!」
ナミ子さんは一瞬で立ち上がると、ドタドタと足音を鳴らして私に突撃してきた。 ぎゃーっ!怖いっ!w ナミ子さんは目の前に来て、腕をガシッとつかんでガクガクと私の体を揺らし始めた。 あ”あぁぁぁああっ!wW
「働け働けって毎日言われてざぁああっ!! 働いたらダメだよおおおぉおっ!!! 心が摩耗して死ぬよおおおおぉっっ!!! 働いてる人みんな気持ち悪い目してるじゃんかよおおぉおぉっ!!! 『働きたくないで候っ!』とかあったなwwははっ!w ……う”あぁ”あ”あ””あああああああああああああああぁぁっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」
ナミ子さんはギャグ?か何かを言うと、頭を抱えてまた発狂し始める。
気づけば私は、もう眠くなっていた。 今日は色々歩き回ったし、もう疲れた。 昼間、真夏の太陽のもとで博物館にも行ったし、もうへとへとだ……。
私はナミ子さんが体を揺らしてくるのを無視して、うとうとして瞼を瞑っていった。
気づけば、日の光が差し込んでいた。 あれ、どうなったんだっけ?
自分の顔をまさぐると、眼鏡をかけたまま眠っていたらしく、手に眼鏡のフレームが当たる。 どうやら朝まで眠っていたらしい。
身を起こすと、目の前には、狭い部屋の中にどでかいパソコンのシステムが完成していた!
その前にはナミ子さんがいて、パソコンをカタカタとさわって調節している姿がある。
「ぎゃーっ!! やっぱり作ったんですか」
私が思わず聞くと、ナミ子さんは無視して説明を始める。
「こんなもんでいいでしょ。 スペックは文句ないから。 最近のゲーム10個同時とかでも、余裕でいけるよ」
いや、そんなの求めてないんですけど。 ゲームってすごく性能を要求するらしいから、要はめっちゃ性能がいいってことだろう。
ナミ子さんは立ち上がると、パソコンをバンと叩きながら言った。
「じゃあこれ、全部で1000万ね」
あぁ、もうダメだ……。 私は泡を吹いて倒れると、ナミ子さんが笑う。
「嘘。 これぐらいでいいよ」
そう言って、手元にあったその辺のメモ紙を渡してくる。 見ると、金額はめっちゃ普通のパソコンぐらいの値段だった。
ローンも組んでくれていて、これなら私でも払えそうだ。 逆に安すぎないか? 親の商売あがったりである。
……まあいいか。 たぶん大幅にまけてくれたんだろうが、どうせ今すぐには払えない。 私はただお礼を言って、メモ紙を受け取った。
ナミ子さんも家に帰って、私は一人になった。 気づけば銀杏もどこかへ行っていて、部屋には誰もいない。
ともかく、パソコンの心配はなくなったわけである。 さあやるぞっ! バリバリ仕事しようっ!
私はうーんと腕を伸ばして伸びをすると、さっそくキーボードを打って小説を書き始めた。
しかし、少しすると、ふと玄関のほうから人の気配がした。 パソコンに向かっていた私は振り返って見ると、ナミ子さんが部屋に入ってくる。
あれ、どうしたんだろう。 パソコンの設定でやり忘れたことがあるとか。
「あれ、どうかしたんですか?」
「親が戻ってきた。 しばらくここに居させて」
ナミ子さんは一言そういうと、ごろんと畳に寝転がった。 スマホを取り出していじり始める。
もしかして、追い出されたんだろうか。 クーラーもつけすぎてたし、適当に商売してたし、ついに怒られたのかも。
でも、マジでここにいるの? しばらく居るって、住むってこと?
私は突然のことに困惑して黙っていると、スマホをいじっていたナミ子さんが目を上げて聞いてくる。
「……ダメ?」
その目は、なんとも弱々しく見えた。 以前の強気さはどこかへ吹っ飛んでいる。
「……いいですよ」
私が一言いうと、ナミ子さんは理解したように小さく頷いた。 再びスマホに目を落として、寝転がっていく。
まあいいだろう。 さっきの話を聞く限り、もしかしたら、この人も私と同じように、家に居場所がないのかもしれない。 ……いや、ニートだから当然かw
それに、このパソコンの分を返してない。 私は何も言えず、パソコンに向き直って小説を書き始めた。
だが、その日の昼っ!
「ねえ、ご飯まだー?」
部屋の中には、舐め腐った子供のような声が響いていた。
葉月や瑞がいるのも関係なしに、目の前でおまるでしっこして、葉月が買ってきたお菓子を勝手に開けて、ボリボリと貪り食っている。
2人は最初は戸惑っていたが、あまりの醜態に堪忍袋の緒が切れたのか、ついに叫び声をあげた。
「あ”あ”あああっ! 先輩、何なんですかこの人っ!」
目の前で用を足していたナミ子さんは、何事もなかったかのように寝転んで、また葉月が買ってきた別のお菓子を食い始める。
「ボリボリ……うま、これ」
「ぎゃあーっ!! それ私のお菓子いいっ!!」
瑞が怪しむような顔をして、パソコンの前に座った私に耳打ちしてくる。
「ねぇ、あの人30歳って本当?」
「29だよっ!」
耳は鋭いようで、素早く反応してナミ子さんがキレ散らかしてくる。 ニートで何もしてないくせに、年齢には敏感らしい。
瑞は白い目を向けて、黙り込んだ。
まったく、これからどうなるのやら。 前途多難である。
ラーメンちょうだい。そうめんもちょうだい。あとつけ麺も。(ナミ子)




