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私は、この世界の至高の存在の番であることを疑わせない優雅なしぐさで、一口お茶を飲んだ。
懐かしい味に笑みが浮かぶ。
「…みんなに聞いてほしいのだけど。私、今回の生はあの人の番ではない生を送ろうと思っているの。あの人は私があの人にとっての唯一の番だと私に執着しているけど、私だって自分で見つけた番との人生を経験したっていいと思わない?どうせあの人とはこの先また数千年添い遂げるのよ。みんなも少なくてもあと千年以上は私についてくれるでしょう?100年くらい、私に休暇をくれないかしら?」
私付きの五人の侍女たちは顔を見合わせた。
そして頷き合うと、微笑んだ。
「神木のふもとに、すぐにお迎えに行けるよう、そのときが近づいたときは事前にお知らせくださいね。それから、忘れてはいけないことについては…」
「大丈夫よ、ダミアスの目を盗んで、ちょくちょくここへは顔を出すから。相変わらず、主と認めた者以外、竜王すらも入れない見事な結界をありがとう」
「いいえ。ここがなければ姫様はいつも竜王の寝台にいることになってしまいますからね」
私は侍女の言葉に顔が真っ赤になった自覚があった。
ちらり、と隣のラルフの表情を盗み見る。
「ちょ、ちょっと。ラルフ兄さんの前で変なこと言わないで!」
そのとき、部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。
「カティア、ひどいじゃないか、帰るんなら僕たちの部屋だろう?なんで君の部屋にこもっているんだ?出て来て…」
「姫様いかがいたしますか?」
「もうちょっと放っておきましょう。この世は何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いだって気付いてもらいましょ。そうだわ、私、今生で、随分いろんな経験ができたのよ!是非みんなに聞いてもらいたいわ!…でもそれはまた今度かしら」
カティア達の部屋のドアを叩く音が激しくなり、名を呼ぶ声も大きくなってきたのだ。
制止しようとする声も聞こえる。
「ラルフ兄さん、申し訳ないのだけど、ここでちょっとだけ待っていてくださる?この子たちが話し相手をしてくれるから。遅くはならないわ。暗くなる前には家に帰りましょう」
私はそう言うと優雅に立ち上がって、ドアに向かった。
「今出ていきますから。そうね、泉の東屋でお話いたしましょう?」
そう声をかけると、その姿はかき消えた。
呆然と見送るラルフに、侍女たちはお茶のおかわりをすすめ、姫様の好物はどんなものか、どんな装いを好むのか、熱心に話し始めた。
その勢いに圧倒されながらも、ラルフが話を聞いていると、一時間もせずにカティアが姿を現した。
「姫様、お話し合いの結果は?」
侍女の一人がすかさず訊くと、カティアはにっこりと微笑んだ。
「もちろん、私の意向は了承していただけたわ」
「さすが姫様」
「竜王を転がせるのは姫様しかおりません」
侍女たちはみな頷いている。
この世界で神と言われている、万年を生きる竜王を手のひらでころころと転がす…。
ラルフが思わずジト目で見てしまったのも仕方ないことだろう。
カティアの宣言通り、その日暗くなる前には、ラルフとカティアは『家』に帰っていた。
また来るわね、そう侍女たちに言ってラルフの手を取ると、次にはもう砦の大広間にいた。
そこにはもう誰もおらず、でもその隣の控室で、カティアを送ってきた一団の皆が頭を抱えていた。
カティアが色々あって、大人になれたこと。
竜王と話し合いの結果、今回の話は白紙になったこと。
領主様には改めて竜王から正式に連絡がいくはずだから、安心してここを引き上げてよいこと。
それらを簡潔に伝えると、皆一様にほっとした顔をした。
「それで…。私、魔力が戻ったので馬車はいりません。兄と一緒に一足先に戻っておりますので」
そういってぺこり、と頭を下げると、カティアはラルフの腕をとって、帰りましょう、とそれはそれは嬉しそうに微笑んだのだった。
ラルフが愛馬を気にしたので、それなら、と準備を整えて二人で馬に乗ると、二人と一頭は気が付いたら領主の館の敷地内、別棟にある厩のそばだった。
馬は、ぶるん、と鼻を鳴らしたけど、特に文句もなさそうにラルフに連れられて厩に入っていった。
私は別棟の見慣れた景色を見て、戻ってこられたことが嬉しくて、涙が止まらなかった。
竜王の妻としての人生も、彼の溺愛が重すぎることを除けば、穏やかで愛すべき日々ではある。
でも、ここで得た家族との愛は、過去何回の生を振り返っても、きっと得られたことのないものだと思えた。
もはや覚えていない、最初の生の時以外、親がいたことがなかったのだから。
「カティア、帰ろう」
愛馬の世話を終えたラルフと共に、私は家のドアをノックした。




