エピローグ
「本当に跡継ぎになってくれて、孫まで抱かせてもらえて…なあ?こんな嬉しいことがあるか」
「ダン、鼻水を赤ちゃんに垂らさないでくれる?泣くか笑うかどっちかにして。そしてマイクとモナの孫よ!勘違いしない!」
私は今しがた、可愛らしい男の子を産んだ。
もちろんラルフの子だ。
産湯をつかい元気に産声をあげる赤ん坊を、産婆から最初に受け取ったラルフは、その大きな体で見たこともないくらいにおどおどと戸惑った。
そして、壊れ物を扱うように、大事に腕に抱いた赤ん坊の頬を、そっとつついて笑み崩れた。
赤ん坊はそのあと、モナ、マイク、カイト、リルの手を渡り、今はダンの腕の中だ。
ラルフは私のそばに寄り添い、肩を抱いて、ありがとう、と何度も頬に口づけてくれている。
赤ん坊の髪や耳、しっぽはオレンジ色ではなくて、ラルフそっくりの明るい茶色だ。
炎竜の血はなかなか発現しないと言われている通りらしい。
というか、ふさふさのしっぽがある時点で、竜ではなく犬の血が濃く出たわけだけど。
私の腕の中に戻った赤ん坊がラルフにそっくりなのが愛おしくて、その頬に口づけた。
「あ、目があいたわ、カティアにそっくりの銀色ね!」
モナの言葉に、自分の目は灰色ではなかったかときょとんとする。
本人が気づいていないだけで、その瞳は本当は銀色だった。
「あなたが我が家に来てくれた日、ラルフがしっぽを巻き付けて温めようとしているのを見て…ラルフは番を見つけたのね、ってすぐにわかったわ。しばらくして、カティアにとってもラルフが番だってことも。あまりに幼いうちに互いを見つけてしまったものだから、その後も本人たちが無意識の無自覚で求愛行動をしあっているのを見て、どれだけ周りがいたたまれなかったり、じれったかったりしたことか…色々あったけど、結ばれて本当によかった」
「あー!母さんその話はやめてー!結婚した時に聞かされてどれだけ恥ずかしかったか…」
ラルフと顔を見合わせて、二人で赤くなる。
私達は幼体のうちに互いを見つけてしまったので、番を探す衝動もなかったし、その後も兄妹として近くにいすぎて、その求愛行動も、お互いに無意識にしてしまっていたものらしい。
あの後。
急に体も大きくなったし、あれだけ大騒ぎで送り出されていた私は、領主様のお屋敷を辞していた。
領主であるハーフエルフに、竜王の浮気に巻き込んで迷惑をかけた記憶が戻っている今、そのまま働くのも気まずかったし、領主も使いにくいだろうと思ったのだ。
辞める前に一度会って話をしたときも、使用人として扱っていいのか、竜王の妻として扱うべきか戸惑います、とはっきり言われていたし。
領主と側近の二人はハーフエルフなので私のことを知っているけど、二人は私の正体を不必要に教えることはない、と口をつぐんでくれたため、私が炎竜であることなどは皆に知られずに済んだ。
そして、辞めたい、と伝えた時に、せっかく体が大きくなったのだからやめないで、と、サラ様に引き留めてもらえたのは嬉しかった。
働きを認めてもらえていたということだからだ。
さらに、次の仕事の心配までしてくださったので、どうしてそんなに親切にしてくださるのですか、と思わず訊いてしまった。
すると「表裏もなく、進んで身を粉にして働く気立ての良い娘が身近にいて、一体どこの誰がその娘を邪険に扱うというのです?私は誰でも彼でも目をかけるわけではありませんよ」そういって鼻を鳴らされてしまった。
急に大きくなった私に戸惑いを隠せないダンとリルだったけど、最初は住み込みで…ラルフと結婚してからは近くに家を借りて、パン屋の跡を継ぐべく頑張っている毎日だ。
自分では分からないのだけど、私はものすごい美人、なのだそうで、私の作ったパンは女神さまのパン、と呼ばれて、ものすごく売れる。
それは私が結婚しても変わらなかった。
そしてラルフは女神を嫁にした、と騎士団ではことあるごとにからかわれているらしい。
もちろん皆がいう女神は、女神のような美人、という意味だけだ。
まあ、女神カティアと髪の色が同じなのだから余計にそう言っている部分もあるだろう。
「俺の嫁は、本当にあの女神なんだ、とは絶対に教えない」
ラルフは二人きりの時にそう言ってニヤリとする。
私達は幼いころから一緒にいすぎて、互いを番と認識していることになかなか気がつけなかった。
ラルフは私が18歳になったころにようやく、私がラルフにとっての番なのだと認識したのだそうだ。
私は自分を取り戻すまでは認識できなかったけど…。
そのようやく認識した番を竜王の許に送って行かねばならないなんて、と、あのときラルフは絶望に打ちのめされていたのだそうだ。
私を送った帰りには自死も考えていたというから、本当にそんなことにならなくて良かった。
竜王の一件があったからこそ、私達の愛の絆は深まった気がする。
私を守ろうと、竜王に剣を向けてくれたあの姿は、何回生まれ変わっても、きっとうっとりと思い出すことだろう。
ところで、私の侍女たちは、竜王がなかなか反省しないから私を迎えに行くことができず、いつまでも私が子どもの姿から大きくなれないでいることに、本当にやきもきしていたらしい。
せめて、どうにかして魔力の補給だけでも…と検討していた矢先のあの事件だったそうだ。
ちなみに。
竜王には「私にとってはあなたよりラルフの方が番としての魅力があるのよね」この一言で主導権を握った。
次に生まれ変わった時、またラルフと巡り合えるかは分からない。
私にとってはラルフが番として最高の相手だったけど、竜王だって次善ではあるのだ。
ラルフに会わなければ、竜王が番だと認識できるほどには。
私の今生は、きっとこの後何度生まれ変わっても『私』に大きな影響を与えるだろう。
皆を愛し、皆に愛された記憶は私の魂に刻み込まれたのだから。
おわり
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この作品の草稿は、何年前に書いたものだか、というかなり古いものです。当時の私にとって、三人称で書いてみるという習作でした。でもまあカティアが自分を取り戻すと、一人称も混じるのですけど…。そして、私には三人称は向かない、とわかったのでした。
さて、このあと、カティアがラルフとの人生を終え、生まれ変わって竜の国でなじみの侍女たちと生活する話も実は書いていたのですが、竜王の嫉妬と執着がすさまじく、書いているうちに自分でもドン引きしてしまい、途中で放棄しました。書くのに耐えられなくて…。どろっどろの愛憎劇、もう少し大人になったら書けるかもしれません。ちなみに、その続編は三人称に懲りたので、一人称で進んでいました。
最後にラルフさんですが、竜王に番として勝ったわんこ。凄い(笑)。
またどこかで猫熊の作品を見かけましたら、どうぞよろしくお願いいたします。




