17
次の日、カティアは軽い朝食をベッドの上でとり、メイドに手伝ってもらって、精一杯自分を飾り立てた。
領主様の顔をつぶすわけにはいかないのだ。
ペンダントのチェーンは丈夫でありながら軽くて美しい金属の物に替えられていて、着飾っても邪魔にならない。
それでも12歳程度の見た目だ。
でき上がった姿は、貴族の少女のお出かけ、といった感じだった。
すでに竜王が待っていると聞かされて、大急ぎで大広間に向かった。
小さな砦なので、大広間といってもそれほど広くもない。
そんな大広間に足を踏み入れると、部屋の空気が違う気がした。
恐怖、ではない。
それでも産毛がちりちりとするような。
本能的にかなわないと思わせる…何か。
そんなものが充満していた。
上座に昨日の男が座っていて、その周りに数人の色鮮やかな髪色の男たちが控えている。
金色の目にばかり目が行きがちだったけど、改めて見てみれば、竜王はこの世のものとは思えない綺麗な顔立ちをしていた。
領主様も美しいと思ったけれど、こうしてみると領主様は少し儚げだ。
竜王は、力に裏打ちされた圧倒的な存在感で…その場に存在しているだけで、全てを支配していた。
大広間に入ったのは、カティアと、騎士二人。
騎士二人のうちの一人は、ギリギリまでカティアについていてくれるつもりらしい、顔色が少し悪いラルフだ。
竜王に視線だけで促され、カティアは一人で竜王に向かって歩き始めた。
緊張で吐きそうだ。
竜王の座る椅子は一段高いところにある。
そのそばまでたどり着いて、「カティアです」そう名乗って、習ったばかりの貴族の礼をした。
「ふん…」
何かが気に入らない、という鼻息を漏らすと、竜王は立ち上がった。
そして、一歩歩み寄ると、カティアの目の前で何かが煌めいた。
なに…?と思った時にはカティアの服の胸元が切り裂かれていた。
「どういうことだ!」
ラルフの怒声が後ろからしたと思ったら、カティアは後ろから抱き込まれ、そしてラルフは竜王に剣を向けていた。
カティアの胸元にあったはずのペンダントは竜王の手にあって、竜王は口元を歪めながら、そのガラスの小瓶をぐしゃりと握りつぶした。
そこまでもほんの数秒の出来事だったのに、それから起こったことはもっと短時間に起こった。
高価なガラスのかけらと共に、中に入っていたオレンジ色の結晶が竜王の手から零れ落ちていく。
その結晶は、零れ落ちても床に落ちることなく、空中でキラキラと輝きながら溶けて、オレンジ色の光となった。
ラルフの体はカティアから引き離されるようにして吹っ飛んでいき、壁に激突した。
あまりに強く打ち付けたので、口から血が噴き出た。
そしてカティアはそれをしっかり認識することができていた。
振り返って見てもいないのに。
オレンジ色の光はカティアの中に吸い込まれていた。
最初の光が体に吸い込まれた時、まるで、ずっと一つになりたかったのに、引き離されていた。
ようやく一つになれた。
そんな心持ちがした。
そして、カティアは前を向いたままでも、部屋の中で起こっていることが全て把握できるようになっていた。
さらには、カティアが何者であるのか、目の前の竜王が何者であるのかも…。
ほとんどの結晶が溶けてオレンジ色の光となり、それらが一斉にカティアの体を包んだ。
そしてその光を全て吸収し終えたカティアの体は、大人のものになっていた。
ラルフが剣を抜いてからカティアが大人の姿になるまで、一呼吸の間もなかった。
私はカティア。
竜王の運命の番。
「カティア、よくも私の前からこんなに長い間隠れていたね?悪い子だ」
私の目に宿る光をみて、竜王は私が私を取り戻したことがわかったのだろう、甘く囁いた。
私は急に体が大きくなったので、体を締め付けている服を魔力で起こした風で切り裂くと同時に、魔力でベールを作り出して体を覆った。
裸のままなのだけど、私より魔力が高い者以外には薄い布をまとったように見えるはずだ。
ここには竜王がいるので彼には裸が見えてしまうが、仕方ない。
私は、竜王に冷たい視線を向けると、ラルフの所へ歩み寄り、その体に癒しの力を流し込んだ。
竜王は何の情け容赦もなく、吹き飛ばしたのだ。
即死でもおかしくないほどに、その体は損傷していた。
竜王にとっては刃を向けられるなど、数千年単位でなかったことだから、驚いたのかもしれない。
ラルフの体が完全に元通りになって、意識が戻るのを、その体を抱きかかえて待った。
「どうしたんだい、カティア。さあ、もう帰ろう、かくれんぼは終わりだよ」
竜王が眉を下げて、手を広げ、おいで、と呼んでいる。
私はつん、と横を向いて、それから冷たく言い放った。
「ダミアス。あなた、まさか自分が何をしたか、お忘れなのかしら?」
竜王の正式な名前は恐らく彼本人と私しか知らない。
ダミアスというのも番である私だけが使う、愛称でしかない。
それでも、人前でありながら名を呼ぶ私に、久しぶりにみるダミアスの侍従たちは、困惑と安堵の入り交じった顔をした。
今なら、ハーフエルフの領主の彼が、私を見て困惑していたのが良く分かる。
我ながら頭に来ていたとはいえ、荒っぽいことをしたものだ…。
「う…」
腕の中でラルフが呻いた。
損なったところを直したとしても、痛みはしばらく残ってしまうのだ。
「ラルフ兄さん、大丈夫?もう全部治したから安心して」
私の声に、うっすらと目を開けたラルフは、私の顔を見て体を固くした。
「カティア、なのか…?」
「そうよ。話せば長いけど、とにかく私は私を取り戻したの」
「そうか…無事ならよかった」
ラルフは今の状況を思い出したのだろう、私に抱きかかえられているのに気が付いて、自らの力で上体を起こした。
「カティア?」
竜王がまた私を呼ぶ。
竜王は、私がラルフを抱きかかえているので、ギリギリとすごい顔で私たちを睨んでいる。
竜の一族は特に番への執着が強いのだ。
でも私を呼ぶその声は、少しだけ揺れている。
彼も自分のやらかしたことを、忘れたわけではないらしい。
「私達には話し合いが必要ね?そうでしょう?」
竜王が頷いてくれたので、「それじゃ、一度、家に戻りましょう」私はそう言って、ラルフを抱きかかえたまま、数十年ぶりの竜王の城へと跳んだ。
私達にとって、転移の魔法など、朝飯前だった。




