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「そう、そこに、さっき刻んだナッツを入れて…」
「あ!ナッツが出てきちゃった」
「そこをなんとか生地にくるみ込むところが腕の見せ所だな」
「あ、また…。本職の人にはかなわないわ」
「しょうがないな貸してみろ」
カティアの手が小さくて扱いかねていることに気付いたダンは、さりげなくその工程を済ます。
「ま、カイトならこのあたりの工程は伝統的なレシピに似たやつがあるから、すぐにわかるだろ」
ダンとリルのパン屋は領都でも屈指の繁盛店だった。
伝統的なパンもおいしいのだが、ダンが常に新しい、今までになかったものを生み出すのだ。
もちろん大はずれになる新商品もある。
が、ダンが考案して王都にまで流行が広まったパンもあるくらいだった。
カティアが習い、レシピを書き留めて帰って、カイトがそれをお屋敷で試作して認められると、領主様の口に入ることもあった。
せっかく頑張って考えたものを広めてしまっていいのか、と訊いてみたことがあるのだけど、店頭に出した時点で、バレたも同然なんだとか。
腕の立つ同業者には、食べられただけで大まかなことはバレてしまうのだそうだ。
それだったら、『似たような味のもの』ではなく、自分が考えて作った味をカティアに教えて、もし気に入られたら領主様に楽しんでいただきたい、ということらしい。
カティアはお会いしたことすらないけど、ここの領主様は領民から慕われている。
無事に成型したパンをオーブンに押し込めたので、一息入れましょう、とリルがお茶を出してくれた。
今日は二人のパン屋の定休日だった。
「休みの日にもパンを作っているだなんて」
「定休日にはいつもは新商品の試作をするんだけどな、今日はアイディアが浮かばなくてだな…」
「何言ってんのよ、アイディアが浮かぶも何も、昨日から可愛いカティアに会えるのが楽しみでそわそわしてたくせに」
「まあおじ様本当?本当だったら光栄です、ありがとうございます」
「う…まあ。本当です、どういたしまして」
二人でぺこり、と頭を下げて、そして三人で大笑いをする。
カティアは体の大きさや体つきは12歳くらいの少女のまま止まっていても、その内面はしっかりと18歳へと成長しており、その目を見れば、知的な輝きを宿していることにすぐに気が付く。
「なあ、カティア…ずっと言おうと思っていたんだがな」
ダンが座り直したので、カティアも姿勢を正した。
隣でリルも真剣な顔になった。
「お前は領主様のところでは、いつまでも別棟の雑用係から変わらないことは、もう気付いているだろう?」
カティアは頷いた。
昨年、別棟の雑用係の同僚ができた。
来た時のカティアと同じ13歳の、男の子だった。
でもその子は一年も経たずに、別の仕事へと引き抜かれていったのだ。
もともといてもいなくてもいい存在。それが雑用係だ。
そこに5年も甘んじていることの意味を、今はカティア自身も理解していた。
カティアは自分を見つめてくるダンとリルの顔を交互に見返した。
「それでな、マイクとモナの娘のまんまでいいから、うちで働かないか?住み込みでも通いでも、どっちでも構わん。領主様に比べたら渡せる給料は少なくなるかもしれんが…うちの跡取りにならないか?」
驚いた。
口がポカーンとあいた。
「実はモナがね、初めてあなたを連れてきたときに、事前に手紙で伝えてきていたの。将来、働かせてもらえないかって。まずはどんな子か知ってほしいって。ほんとは口止めされていたんだけど。みんなもあなたの将来を考えてるのよ。あなたがどうしたいかの希望もあるでしょうけど…どうか孤児院に戻るだなんて言わないでね?」
カティアの見開いていた目がさらに大きくなる。
「どうしてわかったか、って顔ね?それはね、モナがお母さんだからよ」
リルがモナに似た笑顔で笑った。
「このまま雑用係でいるのもダメではないがな。ここらでレシピを全部受け継いでくれる跡継ぎが欲しいと思い始めていたんだ。それに、お屋敷にいるより、ここでパンを売りながら忙しい旦那の帰りを待つ方が…」
「ダン?」
は?旦那さんの帰りを待つ?
どういうこと?…と思ったら、リルがきつい声でダンの名前を呼んで、言葉を強制終了させてしまった。
そりゃあそうでしょう。
リルも、18歳になってもカティアに初潮が来ていないことを知っているのだ。
初潮が来ないことと、女性らしく育っていかない体、この二点はセットでカティアの女性としての機能に不具合があることを示していた。
初めて出会った時のカイトは18歳で、あの頃のカティアには大人に見えていたし、ラルフも18歳には惚れ惚れするような騎士になっていた。
世の中を見回しても、18歳の女の子というのは、一番綺麗なんじゃないか、と思える時期だ。
例えるなら、バラのつぼみがほころび始め、その香りを漂わせ始める頃…。
それに引き換え、…というやつだ。
子どもの体躯のままのカティアと結婚する相手なんて、現れるわけがない。
子どもを授かる能力がないし、そもそもこんなカティアを閨にはべらそうと思うやつは、いわゆる幼女趣味の変態しかいないだろう。
はっ、とした。
実はそういう変態さんたちには、この体は大変需要があるのかもしれない…?
急に不安げに瞳を揺らしたカティアを見て、リルがため息をついた。
「私はモナじゃないから、今何を考えてるのかまでは分からないけど。まずは旦那さん云々は忘れてちょうだい?それより、ここで働いてもいいかどうか、一年くらいかけたってかまわないから考えてほしいの」
お願い、と手を握られて、カティアは考えてみる、と、頷いてしまった。




