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カティアは18歳になってもやっぱり成長していなかった。
体つきも変わらないし、相変わらず月のものも来ない。
前は『普通』から自分だけずれていくのが怖くて、恐れて、不安がっていたけれど、今はもうこれが自分なのだと受け入れていた。
そう受け入れることができたのは、間違いなく、そのままでいいのだと、まるごとカティアを受け止めてくれている家族のお陰だ。
どんなカティアでも、と受け止めて愛してくれている家族の存在が、カティアを強くさせてくれた。
仕事は相変わらず別棟の雑用係のままだけど、使用人仲間の皆さんがとても良くしてくれて、最近では算盤の使い方を教えてもらい、簡単な計算もできるようになった。
領主様の会計部にお勤めのお隣さんが、たまに時間を見つけては教えてくれるのだ。
他にも、お裁縫や刺繍を教えてくれる人もいた。
何でもしなくてはならない雑用係にとって、どんなことでも身に着けられるのはありがたい。
何か教えてくれるという話が来た時には大喜びで飛びついた。
ある日、ラルフが剣の使い方でも教えようかと言ったときに、喜んで習おうとしたのに、それだけは家族全員から止められてしまったけど。
モナは、カティアにワンピースを買ってくれた16歳のあの日から、数カ月おきに二人で領都に出ては、色々と買ってくれるようになっていた。
毎月、孤児院への仕送りと同時に、家には食費としていくばくかを受け取ってもらっていたけれど、買ってもらうものの金額が、今まで家にいれている総額以上になっていることも多かった。
お金を使わせていることにカティアが戸惑っていると、「娘を可愛く着飾らせるのは母親の楽しみであり、特権です」とモナが怒った声で言い、「そうだぞ!娘をうんと可愛くして、お前んとこの娘可愛いよな、と羨ましがらせるのも父親の特権だ!」と言ったマイクは、それはなんか違う、とモナに突っ込まれていた。
私達の楽しみでやっていることだから、と懇願されては断り切れない。
そして、食費として家にいれているお金は、カティアの将来のために、と貯金してくれていることは、カティアはまだ気付いていない。
モナと領都に出たあの日にリルと知り合ってから、今では休みの日に一人でリルに会いに行くこともある。
そしてまさに今日はお休みで、領都に出て、リルの旦那さんのダンから新しいパンの作り方を習いに行くところだった。
今日は雪で、赤い厚手の生地のあたたかなワンピースに、薄い桃色の外套を着て、赤い手袋と帽子を被り、領都行きの馬車に揺られていた。
何度も利用しているうちに、数人いる馬車の御者さんとも顔見知りになってきているので、一人で乗っていても、もう『あの時』のようなことにはならないだろうと安心している。
今日は領都に降りてもラルフは領都にいないことを知っているので、もともと会う予定は無かったというのに、少し寂しい気持ちになる。
出世したラルフは、騎士団の仕事で領都を離れることもあるのだ。
精鋭部隊ともなると、領地内をあちこち飛び回るようになるのだとか。
以前のように休みの度に帰ってきてくれることも減ってしまい、ちょっと寂しく思わなくもないけれど、活躍できているということなのだから、喜ばなくちゃ、と気持ちを切り替えている。
馬車が領都に到着して、いつものように、すっかり通いなれた道を通ってリルとダンの待つパン屋に向かっていたカティアは、何かが気になって、ふと足を止めた。
自分でも、何故足を止めたのかが良く分からない。
辺りを見回し、首を傾げ…そしてまた歩き出した。
馬車を降りたときから、カティアのことをひっそりとうかがっている人物たちがいたことに、そのときカティアは気付かなかった。
足を止める直前に、手を伸ばせば触れられるような距離でその人物たちとすれ違い…彼らの目が輝いていたことにも。
カティアは自覚がないだけで、振り返って見られることがあるほどに、美しい少女だった。
本人は珍しい髪色のせいで人目をひいている、と気にしないようにしているので、知らない誰かからの視線に慣れていたせいでもある。
彼らはカティアがパン屋の中に入っていくのを目で追いかけ、そして踵をかえした。
外套のフードを被ってその銀髪を隠した長身の男の目は狂気に近い光を帯びてらんらんと輝き、その口元には隠し切れない笑みがこぼれていた。
「見つけた…ああ、間違いない、やっと見つけたぞ。長かった!」
「まさかこのような劣等種族の国にいらっしゃるとは…時間がかかって申し訳ございません」
「かまわぬ。余の指示も悪かったのだ。優秀な者から順に手ごわい国に潜り込ませていたのだからな。そちの提言でヒト族の国へ間諜を送り込んだのは昨年だ。まあ長くはあったが我にとって20年程度は大した時間ではない。…間違いないことが分かったのだから、さて…」
銀髪をフードに隠した男と、それに付き従う小柄な男は、雑踏にまぎれていった。




