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出発は今晩

 夜が近付いていた。

 より一層の寒気が海から風に乗ってやってくる頃、街に一両の馬車が到着する。


「———ふぅ。予定より早く着いたわね。ありがとう、ピールル、アールル」


 フードの中に寒さで赤らんだ顔を覗かせる主人が、無事に目的地まで送り届けてくれた二頭の馬にお礼を投げかけた。馬のピールルとアールルの兄弟は、その言葉にぶるるんだかばるんだか鼻息を漏らしているが、それがどんな言葉を発しているのかは定かではない。


 二頭立ての馬車の主人の名は、アルフィディクス=ミア。この街から東、国境を超えた先にある大都市スノウエンデとその近辺を治める貴族ヴェステン公爵家の執事兼メイド長を務める変人である。

 彼女は馬車の速度を緩め、寄ってきたラウンステッドの駐在騎士からの検問に対応し、それを公爵家の家紋を見せることで簡単に通過する。


「あらま、こんなに簡単でいいのね。マーナリカちゃんが事前に領主さんにお話通しておいてくれたのかしら。テレジアちゃんは……事務的なことに期待出来ないものねぇ」


 本来であれば、馬車の中身や素性の確認などを含めて一時間ほどは拘束される検問だが、今回はものの数分、いや数秒で済まされた。その理由は先行した蝙蝠族アンシリー二翼ふたよくが気を利かせてくれたからだろうとあたりをつける。

 頼れる可愛い後輩の気遣いに、アルフィディクスは薄い唇を歪ませた。


「さ、着いたら広場で待ち合わせだったかしら。あの娘達、ちゃあんと青少年ズと会えてるんでしょうね」



 △▼△▼△▼△

 


「お話は理解しました。僕達としてもそれはとてもありがたいことです。まさか、かのヴェステン公が力を貸していただけるとは」


 時刻は夕暮れ終わり前。場所は観光区の安い宿。二つ並んだシングルベッドに腰をかけて、登笈とおいは腹部を抑えながらそう言った。対して、向かいに座る蝙蝠族アンシリーの少女騎士は、いやぁははは、と苦笑い。


「いえ、……あのぅ。その、本当に申し訳なかった、です。あたし、てっきり賊か何かかと思って、そのぅ」


 と、ごにょごにょ反省の色を放っている。彼女の名前がテレジア=ギルティットで、ヴェステン公爵家に仕える騎士で、自分達を迎えにきてくれたのだという三点は、今しがた彼女から直に聞いた話だ。軽い戦闘を行なった後で。


 武器工房から真っ直ぐ帰ってきた登笈とおいは、当然ながらノックもせずに部屋に入ったのだが、それが良くなかった。ライア達から一人離れていた彼がマーナリカ達の存在を知る由はなく、部屋で荷物番をしていたテレジアを敵あるいは野盗の類と誤認してしまったのだ。

 そしてそれはテレジア側も同じ話で、来訪した登笈とおいを侵入者だと彼女の正義角アンテナがびびんと判別、まぁ誤認。双方が敵同士だと認識して、あわや大惨事に———は、ならなかった。そこは、登笈とおいが女性を殴れなかったことに理由があるのだが、結果としてその後に話が繋がったのでめでたしめでたしである。


 そういったことがあって、今のテレジアは普段の元気っ子が封印ロックされ、借りてきた猫のように萎縮してしまっていた。


「別に気にしないでください。僕もちょっと不用心というか、ライアとルーンがいない状況を想定してなかったのが悪いところもあるんですし」


「いえ、その、ホンキであたしが悪かったのでぇ……ただ、出来れば他の人には言わないでいただけると……。怒られるの怖いし」


「……あー」


 怯える彼女の様子に、登笈とおいは申し訳なさそうに天井を見上げる。確かに、ヴェステン公の使いといっても、実際のところ彼女は一介の騎士でしかないはずだ。それが養子とはいえ、ステンネル公爵家こうしゃくけの子息に手をあげたとなれば、あまり良い顔はされないだろう。

 テレジアがここまでビクつくのも仕方がない。仮に登笈とおいが自分の生まれや立場を振りかざす傍若無人な貴族であれば、彼女の首は飛んでいる。


「言いませんよ、別に。僕も不用心だったんで、お互い様ですから」


 多分、同じ状況なら(ライア)も怒らないだろうし。と、登笈とおいは頭を振る。



 △▼△▼△▼△



「妖精伝説、ねぇ」


 カリカリのベーコンとレタス、トマトが挟まれた厚めのサンドを齧ってから、全く興味が無さそうにライアはそう呟く。


 この街、ラウンステッドには妖精(エルフ)にまつわる伝承が数多く残されている。妖精エルフの作った建物、伝えた文化、賜った宝物など、大昔から妖精エルフと共に暮らしてきたという逸話も少なくない。広場には妖精像なんてものもあった。

 だが、今この大陸に妖精エルフなんて種族は存在していない。絶滅したのか、そもそもいなかったのか。


「……」


 ショーケースの中に飾られた高価そうなドレスに目を奪われているルーンを横目に、ライアは自身の左手を軽く摩る。人差し指にある雷のリング、これも妖精エルフからいただいたものだと。

 もしもそれが本当だったら、それは人智を超えた存在だったことが伺える。雷を体力の続く限り無尽蔵に放出する能力。それをこんなにも小さな指環に収める技術、そもそも魔法のような力を持っていたことも信じ難い。


 今でいう龍神族りゅうじんぞく蝙蝠族アンシリーと近縁ということになるのだろうか。彼らもまた、人間離れした竜の膂力や、単独飛行を可能とする大翼を持ち、超音波による意思疎通の力を有している。

 このリングに収められた能力も、それらと同様の何か。———とは、やはり考えにくい。どうも次元が違うというか、何か異質なもののように感じてしまう。


「ライアーっ!! あっちに女の子向けのアクセサリーショップがあるんだって!!」


「お、マジか。すぐ行くわ」


 と考え事をしていれば、ルーンが人混みの中から手を挙げてぶんぶんと振ったので、妖精像から目を逸らしてライアはそちらへ向かっていく。妹のセレナが喜びそうなお土産が見つかるといいが———なんて思いながら。

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