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白銀の都市⑦

 氷の結晶と、白む空。太陽が地面を照らしても、まだまだ負けない銀世界。夜空に浮かぶ星々のように、建物に付着した溶け雪が景色を輝かせる極北の街ラウンステッド。

 既に太陽は昇りきった後で、これからは沈むばかり。月が顔を出すには少し早いが、少しずつ気温は下がっていく。昼と夜とで唯一変わらないのは、吐く息が全て視覚化されているということ。


 さて、そんな大都市のどこか。具体的には広場やら観光客の集まる大通りやらから離れたちょっぴり地味で静かな区画。決して寂れているわけでも、廃れているわけでもない、街で暮らす民衆が立ち寄るお店がぽちぽち並ぶ場所。

 大通りを観光客向けの表の顔と表現するなら、こちらは白銀の都市の日常を映していると言えるだろう。


「おい。あんたぁそんな真剣に選んでるが、なんだ騎士にでもなろうってのか?」


 綺麗好きなご婦人なら絶対寄り付かない、しかし育ち盛りで物語の主人公を夢見る男児ならわっと喜ぶ狭い店内。

 建物が小さいわけではない。商品展示のスペースが狭いだけ。いらっしゃいと店の旦那が顔を出す扉の奥には、火と鉄の臭いが染み込んだ工房が広がっている。


 ここは、刀剣を主に取り扱う武具店兼工房である。

 店主、というか主人の男性がカウンターテーブルに肘をくっつけて客無しの時間を堪能する、静かな街の外れ。


 素材や柄の長さ、刃渡り。種類様々な刀剣の森で、これまた静かに商品を眺めているのは、黒髪黒眼の青年、宮城(みやぎ)登笈(とおい)

 彼はディザイアと別れた後、リアーネや両親への土産を探しに街中を歩き回ってこの店に辿り着いたのだった。


 とはいえ、こんな鉄々した場所に彼女達に最適な物があるはずもない。

 火と鉄の臭いに誘われたのは紛れもなく登笈(とおい)本人である。


「そう、ですね。……騎士は好きですけど、自分がなるのはあまり想像がつきません。

 すみません。迷惑でしたか?」


「んか。いや、野郎はみぃんな(こいつ)が好きよ。気の済むまで見ていきな。静かな客は嫌いじゃねぇ」


「……ありがとうございます」


 男なら誰しも好き、という意見は苦笑するしかないが、それだけ剣を愛する店主なのだろうと、登笈(とおい)は心の内で納得した。


「……」


「……」


 静かな客。と言われた手前、あまりぺらぺらと質問やら疑問やらを声にするのも躊躇(ためら)われ、店内には(しば)静寂(せいじゃく)の針が時を刻む。


 だが特に静かな時間が苦でない登笈(とおい)は、そのまま壁越しに聴こえてくる街の喧騒に耳を預けていた。


 一口に刀剣と言っても、その種類は人の歴史を体現しているかのように多種多様で、複雑に枝分かれしている。最も分かりやすいのは形状だが、刃の向きや使っている素材の違いなど、素人目では区別がつかない要素も多いという。

 知った上で目を向けてみても、やはり分からないものだなと、登笈とおいは感慨も無く首を振った。


「……あんたは」


「———え、なんですか?」


 そうしていると、店の旦那が低い声で声を発した。

 何か粗相、注意されるようなことでもしたのかと思い、登笈とおいが焦り混じりの表情で振り返れば、彼は絞り出したい言葉をぐっと考え直すように、眉間に皺を寄せる。


「あんたぁ剣が好きだろう。浪漫とかいう話じゃない。目ん玉をキラッキラさせて、商品棚を見つめる餓鬼のそれでもねぇ。

 こいつらを握って、振って、どう動くかって妄想を楽しむ口だ。確かに騎士になんのは想像つかねぇだろうな」


「……そんな風に見えますか。まぁ、否定は出来ないかもしれません」


 店の旦那が何故そう感じたのかは不明だが、登笈とおい一先ひとまず首肯する。


 この武器ならこうする。あの武器ならこう扱う。その武器を用いる時はこうしたい。先ほどディザイアと不意の遭遇を果たしたからではないが、同様の想像を描いていたことは、発した言葉通り、否定出来なかったからだ。


 返事を咀嚼してから、店の旦那は歯の隙間から呆れとも嘆きとも取れない声を吐き出した。


「悪いこた言わねぇよ、坊主。騎士にならねぇんなら、剣なんて部屋の一番見栄えのいいとこに飾る程度にしといた方がいい」


 登笈とおいの現状を見透かすような言葉だった。沼に沈むが如く、登笈とおいは手に取ったつるぎの重力に引っ張られている。今ならまだ間に合うと、最後通告でも聞かされている感覚が襲ってきている。

 だが、仮にこの旅が無事に終わったとしても、もう本当の意味で平和な日々は戻ってこないのではないかとも。レベリオの台頭はそれだけ大陸を震撼させたのだから。


「ありがとうございます。……また来ますね。今度は、部屋に飾る剣を買いに」


 

 △▼△▼△▼△



 からん。ころん。店の入り口の小鐘が働いている。

 涼やかで気持ちの良い音だが、冬に手を触れると、火傷でもしたみたいに痛いのだ。


「……俺ぁ、何をしてんだろうな」


 一人の青年が去った後の一人きりの店内で、店主のコルボイはカウンターテーブルに肘をついて項垂れていた。

 視線の先にあるのは、額縁に収められた小さな絵。子供の描いた、頭でっかちの三人の男女の絵だ。


「みぃんな自分の人生があんだよな。お前みてぇに、騎士になって、そんで死んでほしくねぇってのは、俺のエゴだよな。オルフィ」

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