白銀の都市②
それは、唐突の出会い。偶然の相対。見慣れた街を覆った炎と暴力、それを産んだ元凶の一欠片。
思えば、何処にでもいそうな、何処かで勉学に励んでいそうな、何処かしらの民家で平凡な暮らしをしていそうな、特別な何かの無い男性だった。それこそ、街中を歩いていても彼だとすぐには気付かないほどに。
けれど、ディザイア=ラグナリアは殺人鬼である。少なくとも、宮城登笈という青年の視界を通して覗けば。
瞳の裏に浮かぶ光景では、この男の足元に騎士や住民の死体が幾つも幾つも重なっている。
そして。登笈はこの男と文字通り命を賭けて戦った。抵抗した、と表現した方が正しいか。あの街で生き残るために。
「……ッ」
生唾を飲み込んで、喉を鳴らす。
油断をしていたのかもしれなかった。大陸中に名の広まったレベリオが、自分の顔を知っているディザイアがこんなところにいるわけがないものと思っていたのかもしれない。
だが、そんな後悔を今しても仕方がないと、心の中を強引に整理しつつ、登笈は静かに一歩後ろに下がった。何せ、今は武器を持ってきていない。街で帯剣をしているのもどうかと思って部屋に置いてきていたのだ。
流石に、こんなにも人に溢れた場所で騒動を起こすとは考えにくいが、それは一般人での目線の話。ネサラであんな惨事を起こした連中の心のブレーキの保証など誰が出来るものか。
「あー」
登笈が最大限の警戒を見せていると、しかしディザイアは、ようやく気付いたとばかりに、面倒臭そうな表情を見せる。
「お前、あれか。ネサラの」
「……そうだ。僕も、貴方のことはよく覚えている」
眠たそうな声だった。昼食をとって、丁度良い充実感に満足している時のように、覇気の感じられない声だった。
返答を聞いてから、ディザイアは視線だけ動かして周囲を軽く確認する素振りをとる。
「あれで生きてるとは、悪運の強い餓鬼だなぁ、お前。……ミヤギっつったか?」
「登笈だ。親しい人はみんな、そう呼んでくれてる」
「いや親しかねぇんだからこれで正解だろ。何だお前」
馬鹿を見るように、ディザイアがふっと笑う。そうしてから、数秒の沈黙が流れた。どうしたものかと、付き合いたての恋人同士のようにお互いが距離を測り合う。
「もう確認は終わったよな。何か他に用事でもあんのかよ。わざわざ俺に殺されにでも来たか? この前と同じ丸腰で」
「僕と君がここにいるのは偶々(たまたま)だと思うけど。剣はまぁ、駐在騎士に事情を聞かれるのも面倒だなと思って置いてきた。
用事は特に無いよ。ただ、いる以上はこのまま目を放すのも怖いかなって」
「……はっ。そういうことなら、必要以上に怯えなくていいとだけ言っておいてやる」
登笈がその双眸を捉えると、ディザイアは分かりやすく目を逸らして、やはり面倒臭そうに肩を持ち上げた。
その所作から、彼が敵意や殺意を持っていないことに何となく察しを付ける。確証も理由も無いが、なんとなく。
「俺は俺で休暇を楽しんでんだ。お前を個人的に消しときたいってのは確かにあるぜ。その通りだよ。
だが、こんなとこで人殺しなんて、それこそ自白するようなもんだろ」
ラウンステッドの広場で出会ったお前の運の勝ちだと、彼は言外にそう告げる。
「視界から消えた後で、裏通りとかに僕を連れこんで殺す……とかは?」
とはいえ、信用出来るはずもない。
彼の側に立って考えれば、登笈は自分の名前をレベリオという組織とセットで知っている唯一の一般人、だと思われる。であれば、気が気でないどころか、今すぐに始末しておきたいと考えるだろう。
今のこの会話も、相手を油断させるための口上の可能性は高い。
登笈に再三尋ねられて、ディザイアはしかし本当に怠そうに、面倒を超えて嫌悪すら示す顔で、はぁあとため息をつく。
「今んところ、俺の名前はニュースペーパーに載ってねぇ。指名手配されてもねぇ。そりゃお前が喋ってねぇってことだ。だから見逃してやるってんだよ。
あとそんなに死にたかねぇなら部屋にでも引きこもっとけ。この辺、別に治安が良いわけじゃねぇぞ」
と、言うだけ言って後はさようならとでも言うように、返答を待たずして背中を見せるディザイア。
そのまま彼はどこぞへと去っていってしまう。それこそ、群衆の中に文字通り溶けていくように。あっという間に彼の姿が見えなくなったので、その場にぽつんと取り残された登笈はというと、ぽかんと間抜けに口を開いたまま、
「……あ、それは、うん。確かにそうだ」
一言の後、そっと頷いた。野盗もいるし、突然襲ってくる龍神族もいる。




