幼き記憶
物心ついた頃。母親に抱き着こうとしたら、蹴り飛ばされた。
母親にプレゼントしようと思って、庭園の花を摘んで花冠を作ったら、平手で頬を叩かれた。正直、それは自分が悪かった。
母親は単純に自分のことを嫌いなのだと思っていた。それが間違いだと気付いたのは、妹が産まれてからのこと。
妹のセレナは、常にメイドに世話をされていた。母親が妹に話しかけているところは、あまり見たことがない。おそらく、数えるほどしかないのだろう。
兄の部屋には、綺麗な宝石や最新の玩具が沢山置いてあった。母親は、兄をとても可愛がっていた。母親が自分たちを嫌っているのではない。兄のことしか見ていないのだと、ようやく理解した。
「兄様。セレナが母様とお話をしたいらしいのですが」
母親の目を掻い潜って、兄の部屋に行くと、執事が入ってきて、そのまま追い出されてしまった。
兄は何も言わなかった。何もしなかった。兄を嫌いになったのは、おそらくこの頃だ。
「兄さん。セレナが熱を出しているのは知っていますか?」
返ってきたのは、知らない、の一言だった。随分と久しぶりに聞いた素っ気ない声だった。声変わりをしていたようだ。道理で、気持ちが悪い声だと思った。
「クソ兄貴」
ある日、名前も呼びたくない最低な兄から、部屋に呼び出された。学習院の入学が近付いている頃だった。
断固として行くまいと部屋に篭っていると、兄からこちらのエリアに入ってきた。それは、初めてのことだった。
「何だよ。今更説得に来たって、王立には行かねぇぞ。ここを出たら、もう二度と帰るつもりもねぇ。母さんだって、きっとその方が嬉しいだろうぜ」
そう言い張ると、兄は寂しそうな目をして、一つの指環を手渡してきた。うちの公爵家に伝わる、太古の遺産。雷のリングだと、説明をしながら。
「……良いのか、そんな大事なもん。母さんに怒られるんじゃねぇの?」
尋ねると、自分は母親には絶対に怒られないと返してきた。思わず唾を吐きかけた。麗しき親子愛だ。ちっとも羨ましくない。
「じゃあな、セレナ。元気で」
ネサラに向かう日の朝。そう告げると、妹は微笑みながら手を振ってくれた。
自分がこの家を離れようと決心したのは、妹が自分なりの家での過ごし方を身に付けたことに起因する。
妹のことが心配ではないと言えば、それは嘘になる。が、それよりも、そんなことよりも、あの生ごみのような空間から立ち去れることの喜びが勝り、妹は大丈夫だと自分に言い聞かせてしまった。
自分さえ良ければ、それで良かったのだ。あの時の、ライア=レアンドという男は。




