吹雪が過ぎた後の
血の落ちた雪に、後から降る雪が重なって、ゆっくりと闘いの痕跡を消していく。
穏やかな寒さの下で、どうにかこうにか龍神族の襲来を耐え切った登笈達は、一旦、洞穴に戻って、軽い治療を行っていた。
「ちっくしょー。何だったんだ、いきなりよぉ。結局倒せてねぇし。……へっくし!!」
文句を言いながら盛大にくしゃみをするのは、胸周りにぐるぐると包帯を巻いてもらっているライアだ。
「ライアはよく頑張ったよー。もちろん登笈もね。あ、包帯無くなっちゃった」
「雪の上じゃ満足に動けなかったからな。足場がちゃんとしてりゃ、次は勝つわ普通に」
ミッドの村の時もそうだったが、足を取られると一歩一歩が数秒以上遅れてしまう。加えて、雪溜まりを振り切る筋力も必要とするので、見た目以上に下半身を酷使しているはずだった。
そういう意味では、電撃に終始していた彼より、動き続けていたもう一人の方が消耗は激しそうだが。
「……いや、にしてもお前はよくあんな動けるよな。やっぱロティス先生の指導を三年耐えたのは伊達じゃねーって感じか?」
言いながらライアは、打撲痕だらけにも関わらず飛び跳ねたり素振りしたりする変人に目を向けた。
目を向けられた変人はというと、そんな言葉を聞いて苦笑に似た表情を浮かべている。
「まぁ、うーん……どうだろ。痛みには大分慣れたから、それはあるかもしんない」
グリザリオ=ロティスから学んだ、というより、受け続けた剣術やそれに伴う体捌きの授業が今になって身を結んでいるのは、おそらく間違いないだろう。
実際は、二年と少し訓練したところで何になるという話で、これまで凌げているのは単に相手が野盗だったり、敵が龍神族でもライアとの二人掛かりだったりしたところが大きいのも確かだ。
「けど、レイドはもっともっと強かったよ。僕は結局、一度もあいつに勝てなかったからね」
いてて、と横腹を摩りながら、懐かしむように登笈は洞穴の薄暗い天井を眺める。今は帝国にいるのか、あるいはまた別のどこかか。想起するのは、口数の少ない孤高の天才。
その名前を口にすると、ライアの応急手当を済ませたルーンが、ふふ、と思い出の中で無愛想ながらも優しい、ここにいない彼に笑顔を作る。
レイドの剣術は入学時から群を抜いていた。今にして思えば、ハオや養父である帝国将軍の幼年期から続く指導の賜物だったのだろうが。
グリザリオだけでなく、彼との試合の経験も、今の登笈を支えてくれている。あとは、授業後には必ず出来ていた身体中の青痣が、強引に痛みに慣れさせていた。
「さて、だ」
そうこう話している内にライアが立ち上がり、時間だとばかりにバックパックを背負って、
「出鼻は挫かれた感じだが、んでもとりあえずラウンステッドはすぐそこだ。さっさと歩いて、今夜はゆっくりこの国にお別れをしようぜ」
と、いつも通りに調子の良い笑みを浮かべる。
彼が今しがた言った通り、次の目的地であるラウンステッドは、このスリージ聖王国の極北とも呼ばれる都市である。王国のヴェステン領との交流も深く、曰く北の玄関口、あるいは北の壁。
そして。街を東に抜ければ、今まで以上に天候の荒れた雪の大地が続き、先にはアテリア王国との国境が見えてくる。
となれば、この国とはそこでお別れとなる。色々な想いを、日々を、怒りを置いて、いよいよ実家に帰る時だ。
「ラウンステッドには、どのくらい滞在するの? やっぱり、次の日には出発ぅーって感じ?」
「んや、最後だし久しぶりの大きい街だしってことで、俺はちょいのんびりしてぇな。妹への土産もそこで買う」
会話を続けながら、三人は一夜を世話になった洞穴を後にした。
次の予定についてルーンが尋ねると、ライアはかぶりを振って、そんな風に展望を語る。
「あれ? お土産って……ライア、お家には帰らないんじゃなかったのー?」
「うっせぇ。ニヤニヤすんな。いーんだよ、兄貴は母さんからたんまり物貰ってっけど、妹は俺と同じで苦労してっから、色々気を回してやりてーの」
「……ふふ」
学習院の頃から、妹のこととなると過保護というか、良い兄というか、また違った一面を見せるライア。
その会話が微笑ましくて、前で聞き耳を立てていた登笈は、小さく口角を持ち上げていた。
「……じゃあ、行こうか」
「うん、行こう行こーうっ!!」
「急ぐなよ。傷にも響くから、のんびり行こうぜ。どんだけノロく歩いても今日中にゃ着くんだし」




