竜への挑戦
冷気がしんしんと滲(し』みる傷口を知覚しながら、登笈(とおい』は寒空を見上げる体勢で目を覚ました。けれど、後頭部に伝わる感触は、ふわふわなだけが取り柄の雪絨毯(ゆきじゅうたん』とは違う。もっと優しくて、温かい。
「……登笈、大丈夫?」
パッと。雲と空を映した風景画に、可憐な女の子の顔が現れる。目尻に涙をためて、心配を隠さずに眉根を情けなくひん曲げる彼女———ルーンの顔が。
そこまで気付いてから、ぼっと登笈の顔が紅潮した。自分が膝枕をされているのだと。
「———っや、違う違う。ライアは、あの龍神族は……っつぅ!?」
申し訳なさと、気恥ずかしさ。その両方で頭を一杯にして、がばりと起き上がった登笈は、遅れてやってきた脳を揺らす痛みに頭を抱え込んだ。そんな同い年の親友を慈しむように、ルーンは彼の肩を優しく支えてみせる。
「……ごめん、ルーン。僕、もう一回挑んでくるよ」
最後に髪を切ったのはいつだったか。少し伸びてきている前髪を適当に払い、彼女が拾っていてくれた剣を受け取って、登笈はそぁし再びその闘いに顔を向けた。
雪と血と雷と、弾ける覚悟の最中を記憶に収めて、そう遠くない距離で戦闘を続けるもう一人の親友と、一瞬だけ視線を交差させる。
「うん。いってらっしゃい」
頭部の温もりを残したまま、立ち上がらずにルーンは手を振ってそう応えた。
「———いってくるよ」
返事を聞いてから、登笈が地を蹴った。ミッドの村の時と同じ、目を疑うほどの速度と勢いで、彼は剣を走りながら、最小の動作で後ろ手に構えて。
それを———見送ったルーンが、軽く後押しをする。具体的には、彼女の持つリングで、突風に近い押し出しを。
「あれに比べりゃ……屁でもねぇ」
「ハッ。そうかよ」
ガッ。と、ライアの喉元に手が添えられた。力を加えられれば、彼の膂力ならば一秒とかからずにその首は握りつぶされてしまうだろうか。だが、そうはならないことを、握られた側は知っていた。
最後っ屁でもない。へらへらと、ライアは口元に勝気な笑みを浮かべている。それを不服そうに龍神族が睨みつけるも、最後の一手は既に打たれた。
「———は、あ、あぁぁぁぁあああああッッッ!!」
背後からの奇襲。ライアに気を取られ、弱者の存在を忘れていた龍神族は、初めて死の恐怖を孕んだ表情で勢い良く振り返った。手に握っていたそれをパッと手放して、鱗に包まれた左腕で防御を———したが。
「い……ッ!?」
風に乗った最高速の刃は、浅いが、龍神族の鱗に確かに傷を付けた。
「ッッてぇえええええ!?」
絶対の自信を持っていたそれが破られたことで、龍神族は目を見開き、動揺の色を露わにする。しかし、激情を表に出す暇も無く、今度は背後から再度の電撃が身を襲った。傷口を抉るように、染み込ませるように。
「がァ、アアアアアアアアアッッ!?」
「参ったか、参ったな。じゃあ、これで終わりだっ!!」
剣を振り抜き、二度振り切って血を払ってから、上段に持ち上げる。全身の骨が悲鳴をあげて、神経が戦闘継続に拒否を訴えているが、それもこれで一旦は幕引きだと、登笈は高らかに宣言した。
次はルーンの助力が無いが、だからといってここで手を緩めるわけにはいかなかった。が、やはりというべきか、振り下ろされた刃は、握られた左拳で受け止められてしまう。
「……俺ァ、龍羅だ。龍羅、楓」
「……? 僕は、宮城登笈だ!!」
「ハッ。いい気合いだなァおい!!」
ゴッ。と、登笈の腕が剣ごと弾かれる。龍神族の力、ここに健在であった。電撃に打たれようと、剣で切られようとも、それでも差が埋まることはないと、青年は力強く証明してみせる。
だが、弾いたと同時に、青年———龍羅は地面に亀裂を生むほどの勢いで空中に跳び上がり、———そして、背中から身の丈ほどの大翼を生やして、
「覚えておいてやる。そこの雷野郎ォのこともな。……面白ェヤツは大好きだ。また闘ろォぜ」
「は……っ? 待てどこに……いや、行ってもいいか。行ってもいいや!! じゃあね、龍羅っ!!」
一瞬引き止めそうになったが、どちらにしても物理的に止めようが無い。なんせ空を飛んでいるのだから。
手を振って見送ると、彼———龍羅は舌打ちをしてから、ばっさばっさと音を立てて山の霧へと姿を消していった。
「…………えっと」
突然の脅威。襲来。それを何とか追い払うことに成功して、ようやく気の抜けた身体で、登笈はぼふりと雪の地面に自分から倒れ込んだ。
「勝てた、みたい?」




