龍神族の青年
ひょんなことだった。本当に些細なこと。山の、麓よりは遥かに高いところで、青年は食欲を満たしているところだったのだ。
龍神族と畏れられる存在であっても、胃袋は人と同じなのだから、鹿やら雪熊やら、たまに地上に降り立って魚を獲って食べたりして過ごしている。
彼は食べることが好きだが、三度の飯「より闘うことが好きだった。だから、電撃を放つ野郎など見てしまえば、急降下してその地へ現れる。それは彼が龍神族であるからか。否である。彼が、彼であるからだ。
「チッ。……大したことねェな。もっと楽しめると思ったんだが、期待はずれもいいトコだぜェ」
首の骨をこきりと鳴らして、龍神族が眉一つ動かさずにそう言い放つ。
「……だ」
だが、足元から伝わるか細い声に、彼は尖った耳をぴくりと跳ねさせて、口角を軽く持ち上げる。
「誰が、大したこと、無ぇって?」
その視線の先には、頭から血を流しながら立ち上がるライアの姿があった。
だが、姿勢は不安定で、息も絶え絶え。彼は足元の血溜まり雪を気に食わなそうに蹴って払い、そのまま臨戦態勢に入る。
「ハッ。お前がカミナリ使うヤツだなァ? あんなことする野郎ォと戦えるなんざ、そうそうねェってんで降りてきたんだがなァ———」
言葉の終わりを待つこともせず、ライアの突き出した手のひらから凄まじい電撃が放たれた。凶鳥の鳴き声にも似た、ジジ、ジジ、という不協和音を響かせて、音速を超える極光の矢が。
「竜をなめんな、ってんだッッ!!」
肌突く極寒の大地を踏みしめて、しかし龍神族は天の怒りを真っ向から受け止める。竜の鱗に包まれた左腕を前に出し、抗うように姿勢を低くして、歯向かうように獰猛な笑みを浮かべて。
「……嘘だろ」
電撃が四散、あるいは地面に流れていく様を呆然と眺めたまま、ライアは額から鼻へ垂れる血を気にもせずにぽつりと呟いていた。目の前で起きている事象を認められないとでも言うように。
電撃を防がれるのは、初めてではない。無いが、これは違う。あれは違う。ネサラの時は、手段は知らないが、あの女性も雷を用いていた。同じ武器を使って、威力や精度で劣るライアが打ち負けた。それだけの話だ。
しかし、眼前の男は、生身でそれを耐えてみせた。人相手だと思って無意識に手加減したか、違う。そんな余裕も、そんな腕も技も持ち合わせていない。
考えろ。考えろ。と、どこか回路の切れた脳を回転させながら、ライアはこの場を打開する手段を模索する。
ネサラとは違う。レベリオの幹部級であろうあの雷使いの女性と比べれば、明らかに怖さが違う。それは成長によるものか定かで無いが、仔細は今あまり関係がない。とにかく、何とかなりそうだという己の直感を信じるべきだと。
「すっげぇな。じゃあ、もう一回……受けてみるかッ!!」
「ハッ。もう食らってやらねェよッッ!!」
「———ッ!!」
声の後。空高く跳躍した龍神族がライアの元に飛び降りて、その文字通り竜の膂力をもって地面を蹴り叩いた。辺り一面雪景色、霧か埃のように舞い上がったその中を、二発の電撃が駆け抜ける。
ドン———ドッッ!! という、土と雪を削る轟音が目立つ裏で、一切の油断の許されない攻防が行われていた。振り抜かれた拳を間一髪のところで避け、転がり込みながら電撃を放ち、また片方がそれを回避する。
「中々やんじゃねェかッ!! 後ろっからバリバリ撃ってるだけの腰抜けじゃねェみてェだなッッ!!」
「ははっ、そりゃどーも!!」
一挙手一投足が生死を分ける闘いは、しかし雪の舞い降りるとほぼ同時に終わりを迎えた。
放たれた電撃を龍神族が顔面で受け耐えて、その直後に全霊の殴打がライアの腹部を襲ったためである。今度こそ意識がぐりんと暗転し、胃液を吐き出して、そのまま鮮やかな蒼の瞳が閉じられる。
「……あァ?」
閉じられる———閉じられた、はずだった。
軽く表面の焦げた顔をニヤリと勝利に歪ませる龍神族は、振り当てた拳が引けないことに気付き、僅かにその双眸を曇らせる。
視線を下ろしてみれば、拳は引けないのではない。押さえ込まれているのだ。誰に、打ち倒したはずの敵によって。
「———あ、ぁ。けっこー、効く、なぁ。けど、あれに比べりゃ……屁でもねぇ」
片方は大方万全。もう片方は満身創痍。元より圧倒的な膂力の差、それを覆す電撃も防がれる。だが、ゲームセットというやつだ。




