唐突な選択肢
大皿に乗った料理が幾つも並ぶテーブルを囲んで、一家の四人が食卓を共にしていた。
一家の主であるシュクルは豪快にチキンに齧り付き、リアーネや登笈との会話に華を咲かせていた。その後ろをミエスが慌ただしそうに動き回り、ラティーナは椅子に座ったまま彼女を逐一サポートする。
「さて。ラティーナから既に二人とも聞いておるとは思うが、二人には来月より学校へ通ってもらうことにしたぞ」
唐突に、シュクル=ステンネルはそう告げた。
いきなりの発言に、登笈とリアーネは目を見合わせて、互いに無言のまま、何度か瞬きをする。
しかし、二人とも即座に理解した。ラティーナの言っていた大事な話とは、これのことだと。そして、目の前に座るヒゲの親父がそれを情緒ありきで話すような男ではないということも知っていた。
「学校へ通うのね!」
「学校……か」
両者の反応はバラバラだった。
リアーネはその瞳を輝かせ、テーブルに身を乗り出す寸前のところまでいっている。それだけ嬉しいのだろう。元々、彼女は新しいことを始めたり、外出したりするのが大好きな人間だ。環境丸ごと違う世界に飛び出す学校には憧れがあると語っていたこともある。
対して、登笈はあまりいい反応を見せずにいた。
こちらは隣のやんちゃ娘と異なり、違う環境に適応するのが苦手な方だからか、多くの人間が集う学校にポジティブなイメージが掴めないのだ。ただ、何かを学んだり、運動に勤しんだりするのは好きなので、そこに対する期待感はなんとなく持っていた。
押し黙る登笈の表情に気付き、リアーネは代わりにシュクルに尋ねかける。
「お父様。一口に学校と言っても、候補は幾つかあるわ。どこに通うかはもう決まっているのかしら?」
「当然の疑問だな」
シュクルが頷く。
登笈のいるこの国はアテリア王国といって、大陸の中でも最大の面積を誇る大国である。
その国土に比例して人口も多く、教育機関にも力が入っているため、大小の差はあれど、国内の主要な都市には必ずと言って良いほど学校が存在する。
そんなわけでそこそこの選択肢があるが、リアーネのように貴族となればその候補は限られてくる。金を出せば出すほど良いところに通えるし、将来の繋がりのために貴族は貴族同士で集まるものだ。
リアーネもそれを知っていて、候補が幾つかあると応えたのだ。それに対して、シュクルは指を二本立てる。
「教育体制、そして安全性も考慮すると、親として薦められるのは二つだけだ」
「二つ……王都の王立学院がまず一つとして、もう一つはどこかしら。この近く?」
この国の中心に位置する王都。そこにある国内最大規模の王立学院は、アテリア王国の上流貴族御用達の学び舎として有名だ。
ここら一帯の地域を治める地方領主のステンネル家も上流に相当するので、当然ながら第一候補となる。
だが、その王立学院と比べるとなると、大半の学校が候補から消えてしまう。大きさで見ても、教育体制で見ても、他の有象無象が見劣りしてしまうのだ。
仮にもう一箇所、貴族の通う学校として有名なところがあるとすれば。
「もう一つは、スリージの学習院だ。ちと遠いが、あそこもかなり大きい。ワシとしては、このどっちかにお前ら二人をぶち込みたいと考えている」
「スリージというと、山を隔てた先にある国ですよね。確か同盟関係だったような……」
顎に手を当てて考えながら、ようやく口を開いた登笈が呟く。
ここから遥か西に、スリージ聖王国という場所がある。アテリアと古くから親交のある国で、治安の良さが有名なところだ。
もちろん聖王国にも幾つもの学校があるが、学習院といえば王立学院と肩を並べる存在だとして貴族の間では話が通っている。
国内の王立学院か、隣国の学習院か。
行くとしたらそのどちらかだと、改めてシュクルは深々と頷いた。
「私は王立学院がいいわ」
そして、リアーネは即答する。
迷い一切無しである。彼女のこういうところは父親譲りだなぁ、とか思いながら、登笈の方はまだ悩んでいた。即答出来る方がおかしいのだが。
しかし、答えて終わりというわけではなかった。
「王立学院か。何故だ。近いからか? それとも外国へ行くのが怖いからか?」
シュクルは、理由を求めた。
彼からすれば、どちらを選ぼうとも、入学金と諸々の費用を払うだけの話だ。父親としてはそうだろう。娘の望む方へ進ませてやるのは当然だ。
だが、それはそれとして、子供の考えを聞くのも大人の役割。家族の前では快活で人当たりの良い父親だが、今は当主の顔をしているように感じられる。
言ってしまえば、それだけ娘のことを大切に考えているということなのだが。
「王立学院には、国の将来を担う者が集う場所だと聞いているからよ。私もステンネル家の者として、そこで学びたいの」
「ん、よしわかった。まぁワシも王立の出だ。良いところだが、その分だけ苦労も多い。揉まれるには丁度いいだろう」
言いながら、シュクルは納得したようにうんうん頷いている。
そんな二人を余所に、隣では、考え込む登笈と、彼の話を真摯に聞くラティーナの姿があった。
「……登笈は、どうしたいの?」
「僕は、まだどっちが良いとかよくわからなくて……」
すぐに答えを出した———というよりも、答えが出せるリアーネと違って、登笈にはやはり迷いがある。
けれど、それは悪いことでもなんでもなく、彼の辿った境遇がそうさせているのだと、義母義母である彼女は知っていた。もちろんそれはシュクルも、リアーネも。
「そう。なら、少し外に出ましょうか」




