足取り軽やかならば
「さみぃ死ぬこれはやばい何だこれ頭おかし———ぶふぇっ!?」
「首元もっとガード固めとかないからだよ。ライアって本当に勢いで生きて———へぶっし!?」
「あはははは。二人とも、不用心だ———ねぶっく!?」
辺りは既に薄暗くなり始めている。
スリージ聖王国北部、竜尾街道。ミッドの村から、時間にして三日ほど離れた地点を、登笈達は真っ直ぐ進んでいた。集落はここ二日間ほど確認出来ていないし、道筋も雪が積もっているせいで見えないが、一定の間隔で立てられた看板を頼りに、三人はひたすらに歩く。
「……はぁ。でも確かに寒い。気温下がってきたんじゃない?」
顔面に直撃した雪の塊を払いながら、登笈は雪だらけの空を見上げる。そこに太陽の姿は無く、おそらくは雲だろうと思われる燻んだ灰色に覆われていた。この色がもっと黒く染まると夜がやってきて、気温の下がるペースも昼間の比ではないほど早くなる。
夜間も歩き続けると、体温は当然奪われ、体力もぐんぐん削られていく。そのため、夕方くらいの時間帯の内に山沿いに移動して、夜を凌げる洞穴を探しておく必要があった。
「でもでも、さっきもうちょっとでラウンステッドって書いてた看板見たよ? 頑張れば夜の内に着かないかな?」
鼻頭に衝突した雪を手で除ける傍らで、ルーンが後方を指差しながら軽やかにそう言った。
彼女が言う通り。数時間ほど前、ラウンステッドまであと少しだという表記がされた立て看板を一行は確認している。なので、本日中には到着するかもしれないとは全員が思っていたことだろう。
「けど、まーだ灯りの一つも見えねぇんだぞ? あの看板にせめて距離でも書いてありゃ……や、距離が分かってたとしても同じか」
「食べ物はまだそこそこあるし、休んだ方が良いとは思う。けど、体力残ってるから、僕は全然歩くのも大丈夫だよ」
赤らんだ鼻を掻きながら、登笈は言葉を返した。現状ある二つの選択肢、そのどちらでも対応出来るという意思表示と共に。
慎重派のライアと、勢い任せ気味なルーン。先へ進むか進まないかの話し合いも、今日になってはあまり珍しくもなかった。そこでいつもは登笈が最終判断を託されるのだが、今回はどちらが正解かというのは特に無いだろうと。
その後も足を動かすのを止めずに歩き続けて、ふと、立ち止まったライアが二人に振り返ってから、
「……山の側に寄るぞ。良い大きさの洞穴が見つかるまで歩く。見つかったらそこで野宿、見つかるまでに街の影に届いたなら、歩き切る」
これでいいな、と瞳で語る。
風に白い息を流しながら、登笈とルーンは無言のままに頷いた。
山に寄る。とは、視線の右側に高く聳える竜翼山脈の麓に近付くということだ。街道は山脈に沿って整備されているので、凸凹道にはなるものの、道順として大きく逸れることは無い。このまま歩くにしても、どっちみち雪で足が自由には動かせなければ変わらないだろう。
ライアの言葉に賛同して、一向はとりあえず右に向かい、洞穴を探しつつ再び北へ歩き始めた。
旅を始めた当初は、山に近付くと雪崩が怖いのでは、とも思った登笈だが、これがどうも慣れに慣れてしまっている。
実際それは何度か遭遇していて、その度にライアが雷のリングで道を作ってくれることで助かったりする場面もあった。
「今思い出したんだけどさ。ルーンの、女の子同士の色恋話みたいなやつって、どうなったの?」
「あ、その話する? 村で登笈寝ちゃってたもんね。ライアも男の人とずーっと喋ってたし」
息も切れ始める頃。パッと顔を上げた登笈が、隣を歩くルーンに振り向くと、彼女は指を顎に当ててうーんと考える素振りを見せる。
ミッドの村到着前に、今晩話そうと言ったまま、野盗騒ぎやら何やらで色々と忙しく、その話を聞く機会も無かったのだ。どれだけ進んでも似たような景色が続くこの暇に次ぐ暇の環境は丁度良いと言えるかもしれない。
「二人は、スーちゃんのことはもう聞いてるんだった?」
「……うん。学習院に来た理由なら、一度教えてもらったよ」
「あぁ、俺も触りだけならな」
そっか。と、ルーンが静かに頷いた。
アルバーナ家の第三子であるスイヨは、家督を継げず、家から離れられず、そして婚約相手すら家のために決められて、縛られ続ける人生を送ることが幼い頃から確定している。どんなに良い人を見つけようと、決められた相手がどれほど不快な人間であろうと、彼女は親の脳に従う定め。
ルーンの言う、スイヨのこと、とはそのことだろう。
彼女は自分で道を作るために、遠く離れた異国の地にやってきて、三年の間に親が認める結婚相手を見つけるという目標に邁進した。結果は、言うまでもない。そもそも三年目は途中で途絶え、自身の無力から彼女は国へ帰ることを選んだのだ。
因みに、同じような境遇にありながら、逃げ続ける道を選んだ男がここにいる。いや、おそらく、彼にも逃げるという選択をするつもりは無いのだろうが。
「だから、スーちゃんとは結構話したんだ。私は結婚とかはまだ全然だけど、いつかは誰かと一緒になって、子供育てたりするのかなぁって」
「……登笈とスイヨもだが、お前が結婚ってのも想像つかねぇ———あでっ!?」
「こら金髪やめろ。ごめんね、続けて」
空気の読めないライアを頭突きで牽制して、登笈は話の続きを促した。相変わらず、一々(いちいち)話の腰を折るというか、自由奔放というか、何というかだ。
それをくすくす笑って、ルーンが再び口を開く。
「でもやっぱり女子の間だとレイドが大人気だったかなぁ。顔が良いし、支えなきゃって気がしてくるんだってさ」
「ほぉー。趣味的には結構ストレートなんだな。んでも、あいつ実家滅んでるけどその辺はいいのか? 玉の輿とか———あでっ」
「いい加減にしろ金髪」
本人のいないところで言いたい放題する金髪のつむじをチョップ。割と痛がるライアにため息をつく。どうやらこの口は止まることを知らないらしい。と、登笈は半ば呆れに似た笑みを浮かべていた。
レイドが女子生徒の間で人気だというのは、入学当時から流れていた噂である。
とにかく格好良い。幸薄そうな感じがたまらん。塩対応に感激。などなど、乾いた笑いが溢れる話は幾つもあった。だが確かに、王立ほどではないにしても学習院も貴族の集う場。となれば、やはり最終的な決定は血筋の良さなどに依存するのではないかと考えられていたが。
———まぁ、ライアがあんな感じだし。
仮にも四大公の子息が持ち上げられない以上、そこはあまり関係ないのかもしれない。もしくは、あるいは誰も彼もが学び舎でだけは自分のままに素直でありたいと望んでいた結果なのかもしれないが。
「でもね。実は登笈とライアも話題に出ることは何度もあったんだよ?」
ステンネル公爵家の者である自分を棚に上げて、親友に哀れな視線を向ける登笈に、ルーンが振り返ってそう言った。
「……あ、そうなの? へぇ、だってさライア」
「ほぇー。つっても、俺らんとこにゃ一度も誰も来てねぇ気がすっけど」
少し口を尖らせてそう語るライアは、あまり納得がいかない様子だったが、次にルーンの放った言葉で、彼は借りてきた猫の様に大人しくなってしまう。
「それは……なんでだろ? 分かんないけど、でも二人とも見る人は見てたってことだよ!」
ぐっ、とルーンは手袋に包まれた手を握る。拳を作って、まるで自分のことのように誇らしげにはにかむ彼女に、二人は今度こそ嬉しそうに微笑んだ。




