少し遠くの都にて
大陸北端の地を襲う寒気は、成人男性の腰まで埋まるほどの積雪量を誇り、吹雪く雪は小岩のように大きく硬い。頭に直撃すれば気絶は軽いそれに加えて、身体の熱を一気に奪っていく極寒の気候は、誰が言ったか、この世の地獄。いや、誰もが言っただろう。
大荒れの嵐に等しい環境。その空に、飛行する一羽の有翼生物の姿があった。
だが、鳥ではない。人と変わらぬ体躯を持ち、顔も手足も無害なそれだ。だが二つ、純粋な人間と異なる要素があるとすれば、頭部に生えた双角と、この雪雨の空であっても流されることなく飛んで進めるほどの大翼の存在だろうか。
”彼女”はその翼を器用に羽ばたかせて、荒れ狂う大陸北部の風に乗っていた。彼女は蝙蝠族。ここより遥か東、大森林で暮らす種族の名である。
本来であれば温暖な気候と少しばかりの湿度、鳥と蛙の囀りが響く樹林で生きるはずの彼女は、目下に都市、そして大きな屋敷を確認して、水中に潜るような姿勢で一気に降下していった。
「———ぷぅ、さむさむーっ。ようやく帰ってこれたよ、スノウエンデ」
悴む翼をぎゅっぎゅと握っては離し、握っては離しを繰り返しながら、有翼の少女———テレジア=ギルティットは背負っていた荷物を雪のクッションの上に置いた。
眼前に聳える豪奢な建物は、雪上都市スノウエンデにおける最も偉い人物が住む館。即ち、ヴェステン公爵家の屋敷である。
「あら。戻ったのね、テレジアちゃん」
厚い扉を閉めて、外界の音を遮断した静寂の室内。広間の中心から伸びる階段の上から、偉丈夫がテレジアを見下ろしていた。
彼”女”はアルフィディクス=ミア。ヴェステン公爵家本邸の執事であり、メイド長である。
「はい、ただいま戻りました」
「タイミングが良かったわ。そろそろグラタンが出来上がるのよ」
「ほんとですか!? 嬉しいです、外寒かったので……」
頭を下げた後、料理名を聞いたテレジアが肩を跳ね上がらせる勢いで喜びを見せる。
階下の彼女を眺めて、アルフィディクスもその反応を好ましく感じつつ、次はその荷物に目を向けた。
「今日も、手紙は結構な量が届いたようねぇ。それ全部、ジン宛てかしら?」
「あぁ……いえ、どうでしょう。今は南西領が閉じているので、国内宛ても入っていると業者から聞きましたが」
言いながら荷物を漁り、適当に一通の便箋を手に取ると、それに書かれていた差出人の名前にテレジアは眉根を寄せる。送った人物は、シーボルト=リテッド。このヴェステン領とも懇意にしている、聖王国の壮年騎士だった。
「わざわざ聖王国騎士が直に手紙を送ってくるなど。やはり、ネサラ絡みでしょうか」
「……さぁ? 気になるなら、開けてみてもいいと思うわよ。私も少し興味があるし」
当主が居眠りをする屋敷の中で、そうこう話をした後。チーズに良い焼き目が付き始める頃合いに、少し間を空けてから封を開いたテレジアとアルフィディクスは、かの騎士が助力を請うとして送ってきた内容に目を通していた。
ステンネル公爵家の養子。レアンド公爵家の次男。スリージ聖王国の貴族の娘。以下の肩書を持つ三名を、ティファリアよりそちらへ向かわせた、と。




