野盗狩り①
駆ける。雪を蹴り解き、前へ前へと身体を突き出し、靴裏で滑る足場を踏みつける。
腰にいつもは無い重みを感じるが、グリザリオの講義の中でその訓練は経験済みである。バックパックを男に預けて身軽になった登笈は、その場に彼を置き去りにして一目散にミッドの村までの道を走破した。
「あれか」
細めた目で、刃物を振り回す男を視認する。
襲撃とは言っても、村の者は抵抗せずにただ盗まれるままに耐えていた。じっとしていれば殺しはしないと脅されたのだろう。
とはいえ、生き死にに関わらず、略奪行為を見過ごすわけにもいかないため、剣の柄を軽く握ってから、登笈は一先ず一番手前の民家の陰まで忍び寄った。
「あいつ、あんな足速かったかぁ?」
見る見るうちに遠くへ駆けて行く後ろ姿を眺めて、ライアは自身も走りながらそんなことを口にした。
登笈の走行速度は異常だった。決して悪くないどころか運動神経が良い方であるライアが追い付けないほどに。
「……さて、ぼちぼち試してみるか」
だが、それは単なる駆けっこに限った話。彼が己の持つ力の全てを注げば、それこそ追いつける者はいなくなるのだから。
手袋を取り、ライアが指環を撫でると、乾いた空気の渦中で、火花が散るそれに似た音が弾け始めた。
雷のリング。遥か昔に妖精から賜ったとされる魔道具であり、人智の及ばぬ自然の力を体現するモノ。彼が一度リングに号令を送れば、たちまち周囲に電撃が迸る。
「数は少なそうだが、民家ん中にも何人かいそうだな」
やがて村まで接近し、先に行った登笈同様に民家の陰に一度身を潜めた。
雪原地帯だけに防寒具で身を固めてあるので、パッと浮かぶ野盗像とは異なるが、明らかに村人ではない人物がここから見えるだけでも四名はいる。その内、武器らしき物を手に取っているのが二名。
まずはその二人をどうにかすれば、一時的な凌ぎにはなるだろう。
幸いにも、彼らは村民と隣接していない。
「……イメージ、イメージ。全開じゃあなく、弓で矢を射つような、鋭い電撃を」
リングは生まれ持ったものではない。本来であれば、魔法を使うなんて想像力が追いつかないものだ。だからこそ、扱うには包含が重要となる。
必要なのは、魔法を使えて当たり前だという意識改革。リングを身体の一部と捉える認識変化。尚且つ、吐き出す二酸化炭素の量の調整や尿の勢いに強弱を付ける筋肉の使い方のように、生み出す電力も自分の手足のように細かな微動作を。
それを改めて考えずに出来ることが大事なのだが、未だ経験の少ないライアは指先を放ちたい標的に向けて伸ばし、電撃を当てた光景を妄想する。
指から放つ必要も本来は無いのだが、そこは彼の想像力の補強である。指先を意識することで、放たれる電撃が矢のように細く鋭く、遠方に届くモノであると。
そして。
「いけ———ッ」
最後に合図を声に出して、直後にライアの指先から糸のようにか細い電気が、短剣を持つ野盗目掛けて伸びていく。
「……あん?」
が、あまりに細すぎたせいか、当たっても軽い静電気のような威力しか無かったようで、当てられた野盗はこりこりと二の腕を掻く。
「駄目だ。電力が足んねぇのか、今のは。でもあんまでけぇの飛ばすわけにもいかねぇし、難しいな」
結果を鑑みて、眉根を寄せつつ何故かと頭を捻る。捻るが、途中で女性の悲鳴が耳に入り、考えている暇などないと現状に立ち返った。
見れば、泣き出した子供を庇った母親らしき女性が殴られていた。登笈もどうやらライアの奇襲を待っているらしい。流石に剣一本で突っ込んでどうにかなるほど甘くもないので、判断としては上々だ。あれだけの速さで走っていった意味が消えたのは置いておくとして。
「———やめだ。とりあえず、今出来ないことは放り捨てる」
助けようという心持ちで来ておいて実践や実験を何度も試せるほど、時間の猶予は無い。詳しい状況が分からない以上。次の瞬間に誰かがあの短剣で殺されてもおかしくはないなら、現在の自分が打てる手を打つ他に道は無かった。
足元の雪に手を置いて、強張りかけていた心を冷やしていく。そうやって刃物とやり合うことへの恐怖を打ち消したと錯覚したことにして、次の瞬間にライアは民家の裏から飛び出した。
「……ふぅー」
親友が野盗共の目を引いている間に、こちらも呼吸を落ち着けて、登笈は冷たい冷たい柄をぐっと握りしめた。
数で勝る彼らを相手に剣一本で無策に突撃出来るほど腕に自信があるわけではなかったので、敵が複数と見るやすぐに息を潜めて状況確認に徹していたが、どうやらライアはその意図をしっかり読み取ってくれたようだった。
ならば、と。太腿に力を加えて、登笈も勇ましく飛び込んでいく。ライアの登場で呆気にとられる野盗の視界の端に映り込むように。




