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竜尾街道

 好き放題に生え伸びた草木が、進むにつれて白い雪におおわれて姿を隠し始めていた。だが街道はつい最近手が加えられたばかりなのか、降雪の影響も然程さほど感じられず、次の休息地点であるミッドの村までの道のりはしっかり繋がっている。

 とはいえ、足元はざくりざくりと音を立て始め、意識すれば息も白くなる。そうして進む中で、登笈とおい達は自分が雪国に足を踏み入れつつあることを肌で感じていた。


 現在地は、ティファリアとラウンステッドという都市同士を結ぶ竜尾街道りゅうびかいどう。山脈に沿った形で整備されていることから、その名前で呼ばれているらしい。間には幾つかの村や集落があるものの、都市と呼べる規模の街は存在しないため、基本的にはどこも長居せずに先を急いだ方が良いとのことだった。


「……」


 雪を踏む感覚を楽しみつつ、登笈とおいは腰のつかに腕を乗せてみた。荒くれ者や東陽とうようの侍がよくやる、何だかかっこいいポーズ、というやつだ。

 しかしどうにもしっくりこないので、不服そうに唇を尖らせて、腕組みをする。


 心身がゆっくりと凍らされていくような景色と温度だった。雪はどこかから舞い降りては、肩に触れてふっと溶けていく。ほう、と白い息を吐く中で、なんとなく、幼い頃のことを思い返したり、学習院がくしゅういんで研修旅行に行ったことを思い出したり。

 ふと横に目をやれば、ライアも足を動かしながら空を見上げていた。おそらくは、同じように思い出に浸っているのだろうと———、


「サクサって人。可愛かったなぁー」


 思えば、そんなことは一切無かった。駄目とは言わないが、煩悩ぼんのうの塊である。ここで、エロかった、と出ない辺りは彼もルーンがいるということを考えて自重したのだろうか———、


「胸も尻も普通だし、エロくはねぇんだけど、こう……幼馴染的可愛さってーか」


 と思えば、やはりそんなことは一切無かった。もう駄目だった。だったのだが、唯一の女性であるルーンはくすくすと笑いをこらえていた。

 阿保あほらしい独り言を楽しむ彼女を見て、登笈とおいもふっと笑いを誘われる。そういえば、ライア=レアンドとはこういう男だったのだと。普通に助平すけべで、普通に馬鹿で、普通におチャラけた男。思えば彼がスイヨに小言を言われない日は無かった。いつもいつも何かしらで叱られていた。


「なぁ、登笈とおい。そう思うよなぁ?」


 などと考えていると。驚いたことに、独り言ではなかったようだと知って、呆れたようにため息をついた。

 どうやら同意を求められているあるいは意見を聞かれていると。彼の馬鹿さ加減を再認識して、登笈とおいはまずサクサという人物の顔を思い出すところから始める。


「……あ、確かに目も大きくて、可愛い感じの人だったかも」


 そして、年頃の男子であるところの登笈とおいは納得してしまった。

 思い起こされるのは、新米でティファリアに赴任したという女性騎士サクサ=アフェランドラ。目力のある瞳と、ぐっと引き締められた口元。可愛らしい容姿に、騎士というギャップが起こす革新的な破壊力が未来を感じさせる女の子だ。とはいえ、彼女の魅力といえば、その優しさだろう。元気になって良かったと満開の笑顔を咲かせる様子は、世の男子なら誰もがビビッとくるはずだ。


 と、適当に脳みそを回転させていると、ライアが興味深そうに登笈とおいに視線を向けていた。


「そういやぁ、研修旅行でも登山訓練とざんくんれんでも、色恋の話はすることなかったよなぁ? お前すぐ寝るんだもんよぉ」


「ん、そうだったっけ。あー、いや……そうだったような」


 頬を掻きながら、登笈とおいは恥ずかしそうに目を背ける。学びや訓練を兼ねて国内のどこかに向かうことは何度かあったのだが、夜は疲れ切ってすぐ寝てしまっていたのだ。あの頃はライアやレイドに比べると体力が足りておらず、その分、必死に気力で追いすがっては疲労を溜めに溜めて、夕飯の頃には半分寝かけていたりもした。


「まぁ、僕にそんな浮ついた話はないからね。好みとか聞かれても、多分みんなが可愛いって言う人は可愛いって思うし、特に好きな人とかもいなかったし……」


「言われてみりゃ、お前の周りって女っ気無かったもんな。スイヨとルーンと……あ、ラヲって子はどうなんだ?」


「……あー」


 不意に名前を出されて、登笈とおいは自身の背中側に視線を向ける。バックパックの中には、当然ながらラヲ=アナカから貰ったピアスの片側が大事に保管してある。

 何を隠そう、あの火事の中で真っ先に手に取ったのがそれであった。のだが、こんなことを白状すれば笑い話にされること間違いなしなので、特に何も言わずにはぐらかした。


「あれ初対面だし、また会えるかも分かんないしね」


「らを……って誰のことー?」


 苦笑いしていると、今度はルーンがひょっこり首を突っ込んでくる。彼女とスイヨにはあの一件を男の秘密と言って内緒にしていたので、当然と言えば当然だが。


「えー、えっと、レイドのお義父とうさんの部下の人でね。たまたま迷ってたところを見かけて道案内したというか、それだけというか、ね、ライア?」


「お? あ、そうだな。ってかルーンはどうなんだ? スイヨもだがよ、女子トークみてぇなのしたことねーの?」


 ぐりっと眼球を勢いよくライアに向けると、彼も彼で察した様子で両手をわたわたさせながら不自然に話題をスキップさせる。ラヲとのくだりを伏せようと言ったのは元々彼なので、その判断はかなり早かった。

 実のところ、内緒にしたのは彼が登笈とおいとスイヨが良い感じと勘違いしていたところから来ているので、今となってはルーンに明かしても何も問題はないけれど。


 いきなり話を振られたルーンはというと、意外にもそう焦る様子は無く、


「聞きたいー?」


 と、悪戯いたずらっぽく笑う。

 唯一の女子のこの不思議かつ絶妙な魔性さ加減に、登笈とおいとライアは無言で顔を見合わせた。


「どうしよう。想像付かなすぎて、逆にちょっと興味あるかも……」


 一方がそう言うと、もう片方は、


「なんか生々しい雰囲気出てきたな……だが俺は聞くぜっ!!」


 機会は逃さないとばかりに、拳を握って彼女の返答を待った。


「じゃあ、今日の夕飯の時に話すねー。ふふ、ミッドの村のお料理楽しみだなー」


 青年達の男子心を一心に受け止めるルーンは、まだ見ぬ食に瞳を輝かせていた。そう、この女はルーン=スタリエなのだ。食い意地が張るところだけはどんな状況下においても変わらない。今の内は。

 そうして見事に振り回されたライアは、両手を頭の後ろに回している。


「ちぇー。……———ん、お、見えてきたんじゃね?」


 お預けされた犬の気分で遠くに視線をやっていたライアだが、その青い瞳が前方にうっすらと見えてきた大きな集落を捉え、同行者に知らせるように声を上げた。

 彼の言葉を聴いて、登笈とおいも眉根に皺を作って遠方を覗きこみ、同じ光景を発見して声を漏らす。もう一人も同様に、自然と微笑んだ。


「……んんん?」


 が、街道をざっくざっくと、雪に足を取られながらこちらに駆け寄ってくる若者の姿に、またもやライアが逸早いちはやく気付く。

 近付いてくる男は、見た感じ家着いえぎそのままといった軽装で、しかも寒空の下で汗までかくほど必死な形相だった。


「あ、あんたら!! 騎士か……はぁ、や、騎士でねぇな。野盗が、野盗が出たんだよ……!!」


 息を切らして、ぜぇはぁと白い息を何度も吐き出しながら、男は求める人物ではなかったことに落胆しつつも状況を説明する。

 それを、ルーンが落ち着けるように背中を撫り、登笈とおいが相槌を打ちつつ聞いていた。


 どうやら、ここから見える位置にあるミッドの村に盗賊団が現れたらしかった。

 靴が埋まるくらいには積雪するこの辺りから北部にかけては盗賊が出ることはあまり無いことだったが、ネサラの一件以降、そちらに人員を割かれているために騎士の見回り回数が減り、好機と見た野盗がここぞとばかりに無防備な村を襲っているのだとか。


「は、早くしねぇと衛兵さんらも死んじまう!! 兄ちゃん、よく見たら剣持ってるし……騎士でなくてもええから助けておくんなぁ!!」


「……うん。ライア、ルーン。どうする?」


 しがみつかれた登笈とおいが隣に意見を求めると、間髪かんぱつ入れずに返事が飛ぶ。


「当然、行くだろ」


勿論もちろん、行くよね」


 その言葉を聴いて直後。あまり危険をおかさないようにと忠告してくれたシーボルトに心の中で謝って、登笈とおいは男の肩に手を置いた。


「よし。———じゃあ、百分の一にも満たないかもしれないけど、この国への恩返しといこっか」

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