臨山都市
臨山都市ティファリア。アテリア王国とスリージ聖王国の間にそびえる巨大な竜翼山脈の麓につくられた町で、緩い斜面のおかげで上からでも下からでも町全体を一望出来るのが特徴的な場所である。
聖王国内では珍しく棚田が行われている土地でもあり、山で採れる野草や山菜も合わせて、菜食文化が盛んな町とされている。一方で野山から降りてくる猪や鹿を使った鍋なども有名ではあった。
「すみません、本当にお世話になりました」
ライアと共に、担当してくれた医者に礼を言って、登笈は特に感慨も浮かばせず治療院を後にした。実感は無いが、一応退院という形式にはなるらしい。
その時、改めて身体の検査を受けさせられたが、もう支障は無いというお墨付きも頂いた。ので、もう存分に動き回っても大丈夫ということだろう。あれほどの大怪我を負ったのはつい先日のように感じるのに、と言うと、隣の親友は、違いない、と頷いた。
治療院を出て、これからどこへ向かうかというと、それはライアが知っているらしい。
彼は手持ち無沙汰にポケットに手を突っ込みながら、物珍しさから辺りを見回す登笈を先導していた。
「あの日生き残ったのは、十数人にも満たないんだと」
途中、すれ違う聖王国美人に下心満載の目線を向けつつ、ライアは続ける。
「学習院は、貴族の生徒が集まるってことで、万が一の時に備えた設備が幾つも用意されていたらしくってな。地下とか。けど大体が見つかって火攻めにあったり、普通に攻め落とされたりしたんだ。
そういうのもあって、結局は自分一人で飛び出してった奴の更にそん中でも運が良い奴だけが生き残った、らしい」
因みに、その中でも極端に運が悪かったのが、登笈やライアである。ローディス=フレイやディザイア=ラグナリアといった、敵の大将首と遭遇したのだから。
調査に向かったシーボルト=リテッドという騎士の報告によると、ネサラには死体しか残っていなかったとされている。
それはレベリオを名乗る集団が街の住民を殆ど全滅させてしまったことが主な原因だが、彼らが去った後でもぬけの殻同然となった街をその後、火の手を嗅ぎ付けた野党や盗賊団が更に襲撃し、家や学習院に残っていた金品を根刮ぎ持っていってしまったのだ。そして、何とか隠れて生き残っていた者達はそこで拐われた。と、されている。
なので、残っていたのは死体だけ。正確には、死体と思われた者だけが残っていたのだ。登笈やライアはその最たる例で、仮に負傷無く息を潜めていれば、二次災害に巻き込まれていたであろう。
シーボルト隊と、その後本格的に救出活動を行って、生存者と判断された人間は全員がこのティファリアの治療院に運び込まれていた。さて、肝心のその総数は、たったの六。
「———六人」
ごくり。と、登笈が喉を鳴らす。
あれだけの、聖王国最大都市と謳われたネサラで、明確に生存者であると確認されたのはたったの六名である。凡そ現実味など益々(ますます)消え失せるような事実に、ライアも多少の苦みを口元に表している。
「俺も騎士から直接聞いたわけじゃねぇんだけど、一応生きてた形跡はあちこちにあったらしいぜ。ただ、盗賊に襲われて誘拐されて……最悪は奴隷送り? な奴は確認なんて今すぐは取れねぇし、そこに人員を割けるほど、ネサラを失った聖王国に余裕があるわけでもねぇからって」
「……まぁ、そうだろうね。経済的にも大打撃だ。なんてちょっと他人事みたいだけど」
実際、生き延びたからには他人事でしかないのだが。
そうこう話しつつ歩いていると、ライアがこじんまりとした喫茶店の前で立ち止まった。
「ここだ」
言われて、店の看板を見上げてみる。そこには、喫茶店ストーンフィッシュと書かれていた。民家を改築して店にしたような雰囲気が外観から感じられる店で、コーヒーの深い豆の香りが少し開いた窓から流れ出ている。
その小さな鐘が備え付けられたドアを静かに引き、先に入っていったライアが登笈を手招きで誘った。
「あ、お腹空いてくるなぁ。良い匂い」
入り口を潜ると、一気に焼き目を付けたパンケーキの甘い香りや、蜂蜜の空腹を促す香りがふわりと鼻腔を、空っぽの胃を擽ぐる。
中もさほど広くはなく、長いカウンターテーブルと、四人席のテーブルが三つだけの簡素な内観をしていた。だが、狭いからこそ料理の香りが全体に広がっていて、まさに喫茶店のイメージと重なるお洒落で落ち着く空間となっていた。
金髪の親友が歩いていくのを見送り、その場で内装を見渡していると、一番奥のテーブルにて優雅なコーヒーブレイクを楽しむ、知り合いの姿を発見する。
そして。
あの日と全く変わらぬまま、自分らしく佇む彼女を見て、登笈は目覚めてから初めての涙を流した。




