敗北の後始末
山火事でも目にしているかのようだった。
そう語ったのは、聖都からネサラまでの道中の小さな小屋に住む羊飼いの老人である。
「……」
聖王国のお偉いさんから正式に緊急出撃の命令が下されてから五時間ほど馬に揺られ、ようやくネサラだったものを視界に捉えた騎士は、遅かったか、と小さく息を吐く。
「あちゃあ、いやいやあれ本当にネサラですか。街全体で焼畑でもしたんです?」
「ふざけないで、セクエイン」
掲げる色は群青。かつて聖王国最大の都市と謳われた土地を正面に、駆けるのは五つの鎧。蹄の音を街道に響かせて、”彼ら”は街の在り様に思い思いの感想をつぶやいてみせる。
馬を走らせたまま、五騎中の一騎である女性騎士サクサ=アフェランドラは、同僚の不適切な態度を叱りながら、中心を行く上司に意見を求めた。
「どうします、シーボルト隊長。これ生存者なんていないんじゃ……」
「まぁ待て、サクサ。街に着いてから考えよう。俺達は視察に駆り出されただけなんだから、そういう心配は後続の部隊に任せればいい」
部下にはそう告げながらも、先遣隊の隊長を任されたシーボルト=リテッドは、神妙な面持ちで眼前の街を眺めていた。
「入るぞ。建物の影にはなるべく入らないようにしてくれ。見た目が無事でも、瓦礫が落ちてくるかもしれないからな」
かつて街の入り口だった外門の前まで到着し、周囲を軽く見渡した後、シーボルトが挙手して他の四人に指示を出す。
酷い有様だった。主要な建物の殆どが上から押し潰されたような致命的損害を受けており、崩れた煉瓦の隙間からは誰のものとも確認出来ない血溜まりが顔を覗かせている。
漂うのは焦げた臭いと、乾いた血液のそれ。未だに鎮火せず残っている炎があちこちで立ち上る中、しかしシーボルトは四名の部下と共に物怖じせず侵入した。
「……しかし、何があったらこんな大きな都市が壊滅するのかな。生存者の中に事情を知っている奴がいれば助かるんだが」
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砂か硝子か、はたまた乾燥した血液か。薄氷を踏み割るような音を足元に、聖王国の騎士スンシル=フリーパージは街だったものの中へ踏み込んでいく。
彼が眉一つ動かさずに見て回っているのは、妙な破壊痕だった。
そこかしこに焼死体や炭化した家具類が転がっている。火や煙を吹き続ける一部の建物のことも考えると、この街が大規模な火災によって崩壊した、という着眼点はおかしくないように見える。
だが。
「スン先輩、スン先輩。先程から、何かに抉られたような痕跡のある建物が多いのですが……これなんなんですかね?」
剣の柄に手を添えながらそう疑問を投げ掛けるのは、彼と同じく、聖王国騎士としてこの地にやってきたソレイユ=レティセンシア。
彼女の紫紺の瞳が見つめる先には、確かに上から屋根を貫通したような破壊痕がある。それはスンシルが不審に感じていたものとほぼ同じだった。
空から巨大な槌か何かで建物を叩き潰したら、おそらく同じような結果が出るだろうか。
それが幾つも幾つも、見渡す限り並んでいる。煉瓦作りの建物が多いネサラが、幾ら大規模といえどただの火災でここまでの被害になるとは考えにくいため、この痕跡が崩壊の原因とスンシルは顎を摩った。
「この辺り、前日はかなりの大雨だったと小屋の爺さんが言っていたな」
「……まさか、これが落雷によるものと? 雷で家屋に物理的な被害が出るとは思えませんが。木造とかならともかく」
「それは自然由来ならの話。こんだけずらっと規則的にぶっ壊れてるんだ。人災であることは確かだろう。なら、現象を深く考えても仕方ないと思わないか?」
スンシルが指差す方角には、瓦礫の山となった建物が幾つも幾つも並んでいる。しゃがみこんでいたソレイユは、ふんふん、と先輩騎士の読みに渋々納得した。その通りだとは思えないが、それ以外の可能性も考えにくい、といったところ。
「だが、俺達がこう難解な問いに頭を捻らなくとも、生存者に話を聞けば一発だ。まずはさがせさがせ。隊長はああ言ってたが、生きてたとしても時間の問題だぞ」
「りょ、了解ですっ」




