雷電結ぶ
「———驚いた。まさか私の雷を相殺するとは」
街のどこかで誰かの声が絶える頃。
ネサラの街門近くの道。十字形に敷かれた大通りの西端には、ディザイアやヘンリーの直属の上司であり、レベリオの幹部である銀髪の美女———ローディス=フレイの姿があった。
濡れたように輝く瞳に、長い睫毛。くっきりとした鼻のラインに、大人に見える面長寄りの顔の輪郭。肩の露出した、特徴的な灰色の鎧は女性らしい曲線を描いており、その上からでも分かる膨よかな胸元も相まって、女好きなら誰もが喉を鳴らしてしまうであろう。
雷の魔法を操り、街中に雷撃の矢を降らせている元凶、首魁。両手で数えるには指が足りないほどの量の騎士の亡骸が転がるその地点において、しかし彼女はたった一人の少年と相対する事態に陥っている。
何故か。それは、少年がローディスと同じく、電気を生み出し、自在に行使する能力を持っていたからだ。彼女は彼の操る電撃が生まれる指先を視て、それをリングの持つ力だと即座に理解した。
観客もいないために寂しくはあるが、世にも珍しき雷撃と電撃の戦いというわけである。
「驚いたのはこっちだよ……。兄貴に聞いた限りじゃ、この世に同じリングは無いはずなんだがな」
リングを介して指先から電気を纏った状態で、ライア=レアンドは不運にも会敵してしまった彼女に質問を投げかける。
学習院を抜け出てすぐ。周辺を彷徨くレベリオの団員を電撃で一方的に蹂躙して進んだ先で、彼はローディスと出会った。出会ってしまった。それも真正面から、彼女の視界に飛び込むようにして。
先手必勝で全ての敵を倒し続けたからこその慢心がこの状況を生んだわけだが、ライア本人は焦りつつも現状に幸運を見出していた。それは彼女が絶世の美女だから。違う。彼女が、自分と同じ雷の力を持つ者だったからだ。
落雷を複数同時に使役して視界の届く限りの場所に落とし、手のひらからも同じように雷を放って中距離を保ち戦う。そのスタイル。電気を使うと言われてもイマイチ想像出来ないというか、どういった使い方が正しいのかと思考にあぐねていたライアにとって渡りに船のような存在だったのだ。
問題は、この後必ず死ぬというところにあるが。しかし、彼はそこを深く考えて脳みそを泥に落とすような男ではない。
何とかする。その何とかを死ぬ気で考える。ライアの根底にあるのはそれだけだった。
「雷が通じないのはやや面倒だが、仕方がない。一撃では葬れんが、恨んでくれて構わない」
「……ッ!!」
言葉を合図に、彼女の周囲からごろごろと、竜の鳴き声に似た唸り音が発生し始める。それは人間が本能的に身構える自然現象、雷様のお出ましを告げる空気の振動だった。
「悪いが、死んでもらう」
「さぁ……どうする、俺」
ローディスの手のひらがライアに向けられた瞬間。ゴッッッッ!! と、まず日常生活では耳にすることのない轟音が周囲一帯を支配する。というか聞かないだろう。雷撃が地面を削って進む音など。
回避不可能の先手必”殺”。言葉の綾でも何でもなく、音を振り切る速度で極光が迫る。予測がついても、指先に信号を送っている間に浴びてお陀仏。炎や剣とはまた違う死の具現。
死に物狂いで挑んだ騎士達を薙ぎ払ったそれを、まだ大人と比べると小柄な体躯で、両手を前に押し出し、今出せる限りの電撃を盾のように放射して受け止める。速度と重さに吹き飛ばされないよう腰を落として必死に堪えながら、指先の焦げる感覚を鼓膜がイカれそうな不協和音と共に味わって———右小指がぴきんと真逆に折れたところで、雷撃を左右に弾いてみせる。
目に溜まった涙を瞬きで乾かして、ライアは折れた指を戻しつつ再び前を視る。だが。
いない。
真正面、大通りの中心で門番のように立ちふさがっていたローディス=フレイが忽然と姿を消していた。
「……ッ、しまっ」
声を発した時にはもう遅い。ドッ、という鈍い音。ライアが勘付くのとほぼ同時に、左から強烈な蹴りが打ち込まれた。下半身のバネと遠心力、そしておそらくは自慢の雷を纏って身体能力そのものにブーストをかけて強化した問答無用の一撃が、肋をぐりんと捻じ折るような角度で。
「ぐ———ぇっ」
胴と下半身とが分かたれる錯覚を起こすほどの壮絶な痛みを味わい、ライアの肉体がわずかに回転を伴って宙を舞う。
それは時間にして十や二十秒にも満たない攻防だった。勢いのまま瓦礫の山に頭から飛び込んで、昏倒するまでの僅かな時間。しかし、それは彼にとってとても有意義な一戦だった。雷のリングを預かって、気概や覚悟を育む機会の無かった彼にとっては。
ただ電気を出す、放つ。それだけがこのリングの使い方ではないのだと、自分より圧倒的に上位の存在から身を持って学べたのだから。
だが、仮にこの小さな少年の声を代弁するならば、慰めの言葉など絶対に出てこないだろう。どうあれ完膚なきまでに敗北した。今の彼の心に残るのは、そんな単純な答えのみ。




