真夜中の襲撃
ぽたり。石畳の路を、屋根から垂れた水滴が突いている。ぽたりぽたりと、やがて連続したそれは不規則なリズムに変わり、窓を閉める音が相次げば、街は雨の到来を知る。
けれど、どうか御注意を。今夜の雨には雷神様がいらっしゃるから、親は家族を見守って、子供はしっかり臍を手で隠すべし。
雨雲、いや違う。埃と水と、ついでに怒り。いよいよ空が暗く染まれば、どこか遠くで竜が鳴く。
虎の咆哮、いや違う。音と稲光と、ついでに嘆き。瞬きの寸前に閃光を見たなら、やってくるのは雷神の矛。
母は子供達に伝えてきた。祖母から子へ、子から孫へ、そうして時代を超えていつしか雷は自然現象だと誰かが言った。いや違う。これこそは、偉大なる妖精の激昂なりと。
「……始める。ディザイア、貴様は北から。ヘンリーは南から。街ごと囲って、磨り潰せ」
銀色の髪を雨に濡らすのも御構い無しに、街行きゃ誰もが振り返る絶世の美女がそう告げる。号令は静かに伝言ゲームで飛ばしに飛ばされ、とうとう計画は実行に移された。
猫の鳴き声、犬の唸りに蛙の合唱。全てが豪雨に塗り消されるネサラの街で、彼女は手を翳す。
「大陸はレベリオによる修正を望んでいる。悪く思うな———ッ!!」
そのまま勢い良く手を振り下ろすと、無数の雷が天から伸びる。それらは地上目掛けて降り注ぎ、質量として街のあらゆる建物を一撃の下に打ち砕いた。
「おーおー、流石は妖精の魔法。凄いもんだな。おいテメェら、間違っても建物には近付くなよ。巻き込まれるぞ!!」
ネサラ北部。若者の流行に敏感な出店が並ぶ通りを走り抜けながら、ディザイア=ラグナリアは部下に細かな指示を飛ばす。
現在、街の各所を襲う雷撃は主要な建物を目掛けて落ちている。例えば時計台、例えば騎士の駐屯所。例えば、学習院。雷を操作する彼女からはこちらが見えていないため、なるべく建物自体に近付くのを避けろと、具体的に。
彼らの目的は単純明快。王都スリージから援軍助力が来る前に、このネサラを人っ子一人いない荒地に変えること。
それの達成により、大陸全土にレベリオという組織の存在を知らしめること。証明ではない。これは彼ら彼女らが誓った復讐である。
「がっ!?」
どたりと。視界の奥の方で、仲間の声が途絶えた。暗いがそこそこ広い道の真ん中で、何か青い影が揺らめいている。
雨すらも切り裂くそれを認識し、ディザイアは靴底を滑らせつつ体勢を整えた。腰のナイフを抜き、ばしんばしんと濡れた石畳の路を踏み叩いて感触を確かめる。
「駐在騎士か、随分と早かったな」
「ディザイア様っ!! 騎士が集まってきています。応戦します!!」
「当たり前だ。あと名前呼ぶなテメェ!!」
ばちゃり。一際大きな足音が響いて後、湿気の臭いの中に血のそれが混じる。
———部下共がいくら死のうがどうでもいいが、この段階で駒が減ると俺らに負担がかかりすぎるな。
鼻息を鳴らして不満を漏らしつつ、仕方ないとばかりにディザイアが姿勢を低くする。踏み込みは浅く、地面はかなり滑り易くなっているから。
だが、まだ。まだ動かない。仲間の死ぬ声を聞きながら、その瞬間を歯噛みして待つ。一秒、二秒。四秒。ごくりと喉を鳴らしたその時、空から質量の光が撃ち落とされた。
煉瓦で出来た建物を砕く雷撃。それと同時に、カッと辺りに白い光が広がった。
このたった一瞬の間に敵の青い鎧を細目で捉えて、ディザイアは一気に地を蹴ってみせる。
「貴様ら、どこから……ッ!!」
青い鎧。スリージ聖王国の騎士が両手持ちの剣を振り下ろした。が、先程まで無双を誇ったそれが呆気なく回避されたためか、名も知らぬ騎士は視線を相対者にぶつけた。
「じゃあな。レベリオの名を脳裏に刻み込んで、死んでいけ」
言葉の直後。剣を構え直したところで、その首元にナイフが深々と突き刺さる。気付いた時には時既に遅く、血の塊が流れるのを手で押さえることも出来ず騎士が立ったまま意識を失った。
それを前に蹴り飛ばしてから、ディザイアは投擲したナイフを抜きとって再び構え直す。
「騎士一人に対して五人以上であたれ。聖王国最大都市は伊達じゃねぇぞ。まだ大物も出てくるはずだ」
大陸最強の国家であるアテリアほどではないが、スリージ聖王国もかなりの軍事力を誇る。その最も大きな街となれば、必然、駐在している騎士の人数もかなりのものだ。それらを壊滅させると考えると、悪戯に仲間の数を減らすのも面白くはないのが現実だった。
「ボクが前に出ますっ、皆さんは建物から出てきた人間の始末をお願いしますね!」
ガンッ。という、刃と刃がかち合って生まれる金属音が雨音を弾く。南を担当するヘンリー=クルンシューは、颯爽と現れた騎士と剣で斬り結んでいた。
「こんな夜に……何者だ、お前達。朝のスクランブルエッグもこれでは優雅に楽しめそうにないな」
「———っふ、ボク達はレベリオ。死した妖精に代わり、その怒りを伝える者。といっても、ボクは下っ端です、が、ね!!」
一歩踏んで、二歩振り下ろす。剣と剣ががちりと衝突し、鍔迫り合いの体を成して彼らはそこで拮抗する。足場が悪い故か互いにそれ以上は踏み込まなかった。
突然の襲撃。それも、何処に隠れていた何処からやってきたのかというほどの人数。彼らが両横を走り去っていくのを横目に、青の鎧を纏う騎士は眼前の敵に問いを投げる。
「妖精に、怒りだと? 分からぬな。新手のテロリストの類か。それにしてもこの数……」
「考えることが多くて大変そうですね。しかし仕方のないことです。妖精の怒りを知らない人間に分かることではありませんので」
眉根を寄せて憤る騎士に対して、ヘンリーは笑いながらそう応えた。
聞きたいことが山ほどある状況で、騎士側にとってこの鍔迫り合いはありがたいものである。が、刻一刻と過ぎ行く度に、建物は崩れ、人命が失われていく。
何より、街の中心部には学習院があった。各国の貴族の子を預かる場所があった。それを失うことは聖王国の信用の消失にも繋がりかねない。結局、考えている暇など、答えを尋ねる暇など存在しなかった。
「選択権は無いということだな、ふざけた連中め」
「何を言っているんです? 大真面目ですとも。でなければこんなことしません、よっ!!」
「ぬ———ッ」
刃の角度をずらし、拮抗を解除。再び構え直した騎士を一歩退がりつつ視認。脇を締めて、左右の足の位置も様になった良い体勢だ。そんじゃそこらで出来る構えではないと、改めてヘンリーは眼前の敵にため息をついた。
とはいえ、たった一人に時間をかけるわけにいかないのが本音である。
「仕方ない。手間削減です、”使いましょう”」
バリ———ッ。と、視界の端を雨雫が落ちていく中、思わず空に目を向けてしまいそうになるような破裂音が響く。しかし、そうではないと気付いた騎士はすぐに正面に視線を戻す。
見れば、ヘンリー=クルンシューの顔や露出した手元、首の血管が不自然に浮き上がっていた。
「……ッこれ、かなり苦しいんで、早く終わらせますよ」
直後。足音と飛び散る水滴を残して、ヘンリーの姿がブレた。




