最後の放課後⑧
「———んっ、夜風が涼しいねぇ」
木々の隙間を縫う風に煽られて、枝葉がざざざと潮風に似た音を立てている。濡れ髪をそれに晒しながら、ルーン=スタリエは存分に空気を肺に取り入れた。
屈託のない可憐な笑顔を隣で見守るのは、彼女と同じ時間帯に大浴場で居合わせたスイヨ=アルバーナである。二人は十五分ほど湯に浸かった後、部屋着に着替えて、大浴場から女子寮までの道を歩いていた。
タオルで拭きはしたものの、まだまだ髪にも肌にも水気は残っているため、スイヨは風邪を引かないか心配をしているが、対するもう一人はそんなことを気にもせずに夜風を浴びている。
「スーちゃん」
かと思えば、パッと顔を動かして、親友に呼びかけた。
「私、毎日が楽しいよ。すっごく楽しい」
「そうね、私もよ」
「ずーっとこんな生活が続けばいいなぁって思うの。それって、やっぱり駄目なことかな?」
「……どうしてそう思ったの?」
スイヨが言葉だけ投げると、ルーンは足元に視線を落とす。
静寂が流れる夜道で、風呂上がりの女子生徒らが過ぎ去るのを待ってから、彼女は深緑色の髪を手で触りながら口を開いた。
「スーちゃんは後ろ向きな考えって嫌いかなぁー、と」
「そうね、好きではないわ。だって、過ぎ去った日を思い返しても寂しさとか悲しさとか、最終的にはそういうのしか残らないじゃない。……でも」
思い出が邪魔なわけではない。それを大切にすればするほど、今がつまらないものになって、自分やそれ以上に自分の周りを否定することになる。
あの頃は良かったといくら思い出に浸っても、出て来るのは溜息や涙ばかり。スイヨは記憶を楽しかったモノとして保存しておきたいから、それを引き出しにしまっておくのだ。
だが、それはスイヨ自身に限った話。他人に強要することはないし、他人の記憶に踏み込むつもりもない。
「私も好きよ、ここでの日々が。それは貴女に出会ったこともそう、あの馬鹿金髪にも、宮城くんにもね。けれど、レイドくんとはもう少し話したいかも」
「えへへ、わかる。レイドっていつも忙しそうにしてるもんねー。私ももっと仲良くなりたいな」
「でもそれも半年あれば大丈夫よ。彼は帝国に帰るでしょうし、卒業後も会ったりというのは難しいわ。そもそも私自身がこのままだとギリアに送還だし」
どうしたものか。と、顎に手を当てて唸るスイヨに、ルーンはふっと笑みを浮かべる。
普段は真面目で優秀なのに、自分の実家のこととなると途端に自信を失くす親友が可愛いのだ。当の本人は、なによ、と恥ずかしがっているが。
「ライアとか登笈のことは好きじゃないの? 二人とも、お家は凄いとこだし、嘘でも付き合ってますよーって言うだけなら協力してくれるんじゃない?」
「ライアくんは論外だというのはさておき」
「さておくんだ……」
「恋人の代わりをしてほしいなんて、友達には言えないでしょ。それに、やるならしっかり付き合ってみたいもの。ほら、色々と、その」
ごにょごにょ言葉にならない声を発するスイヨ。またもそれを微笑ましそうに眺めるルーン。今晩はどうやら、立場が逆転しているようだった。




