最後の放課後⑤
「何でお前がついてくるんだと、そう聞いているんだ。俺は」
第二校舎の側面が見える道を歩きながら、レイドはいつもの調子で親友にそう切り出した。
日が落ち始める時刻。先程、昼寝から目を覚ました彼は、第三校舎近くの一般開放されたエリアで約束の相手が待っていることを寮監伝いに聞き、寝起きのラフな格好なまま、庭園へ向かっているところだ。
待っているのが三人だという話に疑問を浮かべたが、それはそれ。一番幼いソヨを一人で放り出すはずがないので、ラヲが自由気ままに飛び出して帰っていないのだろうと予想しながら、レイドは男子寮を出たのだが、そこで大食堂帰りの親友に運悪く遭遇してしまい、ついてこられているという状況である。
当の親友は良いから良いから、とニヤついていた。
「構いはしないが……、別に面白くはないぞ」
「もちろん。本音言うと、折角だから用事の後で大浴場行こーぜってだけだし。邪魔になりそうなら即帰るつもりさ」
「なら良い。先に言っておくが、今から会うのは俺の養父の部下の方々だから、粗相はしないようにな」
「レイドの父さんってーと、前に聞いた事があったな。確か……帝国のルギウス将軍。すげー人だ」
ライアが素直な尊敬を口にすると、レイドはほんの少しだけ照れた様子で頷いてみせる。
比較的落ち着いている大陸北部、中央部とは違い、帝国のある大陸南部は未だに国家間による領土拡大の争いが続いている。それは王族の私利私欲だったり、または痩せた土地だけでは国民を食わせられないために仕方なくだったりと理由こそ様々だが、誰もが常に貧困や死と隣り合わせであることは間違いない。
そんな渦中にいる帝国が、国土を拡げてより良い暮らしを求める侵略派の帝国主義と、他国との共存によって安寧と安定を求める穏健派に国内で二分してしまうのも当然で仕方ない話だ。
穏健派を表明したが為に滅ぼされた家は幾つもあって、レイドのギアス家もそれで潰された。そんな、親を失って帰る場所も無くした幼い頃の彼を拾ったのが今の彼の養父であるルギウス=エンシャ。数十万を超える帝国騎士の頂点である五人の将軍その一角を担う老騎士である。
その名は幾重もの国境を越えてここスリージ聖王国にも届いていた。騎士を目指す者ならば必ず通る憧れの一つでもある。育ての親だからということもあるが、レイドはルギウスのことが大好きだった。いつもは仏頂面で話す彼がその話題に触れる時だけは子供のように瞳を輝かせるほどに。
「その部下ってことは、その人らも騎士か。帝国騎士、会ったことねぇから楽しみだ」
「父さんほど堅苦しい人じゃないが、尊敬出来る人達だよ。特に、隊長のハオって女の人は。———お、いたな」
噴水の音が耳に届けば、学習院名物の庭園が見えてくる。休日であれば辺りのベンチで恋人達が話に花を咲かせ、和気藹々(わきあいあい)とした空気が流れる場所。だが、どうやら本日はそんな賑やかしも多くないらしい。気のせいでなければ、ジョギングする生徒の足もいつもより速いように見える。
その理由は、庭園の中心———噴水前で物々しい雰囲気を放つ三名の帝国騎士の存在によるところか。黒一色の下地に、肩や袖口など所々に紅色の意匠が入ったエドラス帝国騎士の普段着。それを知らない人間はこの大陸に存在しないと言い切れるほどの、侵略の象徴。
その中の一人。藤紫色の長髪と燻み茶色の口紅が、渋く洗練された大人の色香を放つ女性が此方に気付き、他の二人に先んじて一歩前へ出た。
「———お久しぶりです、レイド様。大きくなられましたね。体付きも男らしくなって。ふふ、随分と成長なさったみたいで、このハオ、自分のことのように喜ばしいです」
カッ。とブーツの踵を石畳に打ち付け、帝国軍装の女性———ハオ=ロウゼンは、そう言って軽く一礼をした。
「あぁ。懐かしいな、三年なんて短いと思ってたんだが、どうやら違ったらしい」
「そうですね。ところで、そちらはご学友ですか?」
互いに挨拶を交わしてから、ハオは自然と隣にいるライアにも視線を向ける。それにレイドは軽く頷き、後ろ手で隣の金髪の背を押した。
「こいつはライア。さっきそこで会って、折角だし一緒に来てもらった」
「どうも、初めまして。……あー、うん。えっと」
だが、ライアはしどろもどろに、珍しく言葉に悩んだ様子で目を泳がせている。そうして数瞬の沈黙の後に、一度咳払いをして、
「”ライア=レアンド”です。レイドと仲良くさせてもらってます」
と、隣で待っていたレイドが目を丸くするくらいには珍しく、隠さずに本名を名乗った。
それは相手に真摯であろうとした態度の表れか、あるいは彼女の雰囲気がそうさせたのか。どちらにしても同じこと。名乗られた側のハオは、不意に飛び出したアテリア四大貴族の姓に目を細める。
「……なるほど、かのレアンド公のご子息とは。知らなかったとはいえ、ご無礼をお許しいただきたい」
こほん。と咳払いをして、ハオはこれまで以上に洗練された姿勢でもってそう言った。その言葉や態度に、ライアは眉間をぴくりとさせる。レアンド、その名が示すモノとそれが起こす周囲への変化を嫌って。
しかし、彼女の対応は至極当たり前のことであった。決して大袈裟ではない。仮にリアーネがステンネルを名乗ってもまるっきり同じことが誰に対しても起こる。それだけの力があるのが四大貴族とは。小国に匹敵するという噂が流れる程度には。
「いえ、俺は俺です。がきんちょ相手に礼儀も何も無いでしょう」
「それは……難しい話でしょう。ですが、私も貴方を見習って真摯であることを約束致します」
レイドの手前、姿勢こそ崩さないが、ライアの正直な心をこちらも尊重するとそう告げて、ハオは右手を伸ばした。
その瞬間だった。
「———ッ」
パリ———ッ。と、ライアの左手から、彼女の差し出された右手目掛けて小さな火花が飛んだのは。
いや、火花ではない。正確には電気。微かに迸った、電撃である。人が反射的に手を跳ねさせるような、そんな極微量の。
「……はっ。す、すんません!! 自分でも分からないんスけど、急に……何かビビったみたいで」
直後、自分の起こした出来事にハッと気付き、ライアは慌てて左手をもう片方の手でで覆い隠す。
文字通り一瞬だったが、今の瞬間を体験した側であるハオは、中指に残る痺れの感覚に何か得心がいった様子だった。
「雷のリング、ですか。なるほど……これはまた、素敵な友人をお持ちになりましたね、レイド様」
「……大丈夫かどうかは聞く必要が無さそうだな、ハオ。これも必要無いだろうが、ライアのこれについては内緒で頼む」
「知っておられたのですね。良いでしょう、内密にしておきますとも。私としても、他国に敵を作りたくはないですから」
そう言い切って、ハオはその身を翻した。
すると、すぐさま遠くに控えていたソヨと邪妖の二人がトランクケースを持ってこちらへ歩み寄ってくる。
旅費、食費など荷物の説明をレイドが受ける傍らで、無意識にリングの能力を発動させてしまったライアは、頬を流れる汗を歯噛みしながら拭っていた。




