最後の放課後④
学習院の敷地に入ってすぐのところに、噴水と色彩に溢れた花々が織り成す庭園があった。学長のコールマンが趣味で大陸各地から集めてきた、まるで小さな植物園のような一角である。
そんな物珍しい風景を眺めているのは、これまた一人の女の子。おそらくはまだ十三か十四歳辺りで、丁度新入の一年生と同じくらいの年齢の幼い子だ。
けれど、ここの生徒ではないことは誰の目にも明らかだった。何故って、その少女は黒地に赤のラインが入った大陸南部、エドラス帝国の軍装を纏っていたからである。故に、怖いもの知らずで彼女に話しかける輩も現れはしない。
「このお花、近所にも咲いてた気がする」
「同じだが、違う花だ。帝国の荒れた大地と異なり、ここの土は豊かなようだからな」
ほーっとオンシジュームの花を見つめる軍装の少女———ソヨ=エンシャに、隣に立っていた目付け役の女性が無表情のまま、諭すように言った。彼女もまた、ソヨ同様に帝国の軍装を身につけている。
「土地が潤っていれば、人の心も潤う。闘争に明け暮れる拙者達とは、少年少女の在り様も変わるというわけか」
「……邪妖姐のはなし、あたしにはむずかしくてわかんないかも」
「む、そうか。気をつけよう」
邪妖。と呼ばれた黒髪の女性は、やはり無表情のままそう返す。庭園にいた生徒や付き合いたての男女が帝国の装いを確認して身構えるのを気にもとめず、オンシジュームの隣に咲く紫紺色のアネモネを、花弁に当たらぬ距離から長い指でそっと撫でながら。
「平和なものだ。ここから砂漠を超えた遥か南では、未だに醜い権力争いで血を流し続けている幼児達がいるというのに」
邪妖がそう呟くと、ソヨはまた、わからないと眉をひん曲げる。
庭園に咲く花々を少し肌寒い風が触れていく中、彼女達はそうしてある人物の帰りを待っていた。
「そう安易に平和が一番だとは思わぬが、警戒を弱められるのは良いな。疲れずに済む」
彼女は自分より四つ歳下の少女の頭に手のひらを乗せて、頭頂部の髪をわしゃりとくすぐる。そうして適当に時間を潰していると、一般開放されている第三校舎の入り口の方から、二人と同じ帝国軍装の女性が歩いてきた。
それを見た邪妖は真っ先に立ち上がり、近付いてくる人物を敬意で持って出迎える。
学習院の景色に似つかぬ雰囲気を纏う彼女の名前は、ハオ=ロウゼンという。ソヨ、邪妖と同じ帝国の騎士であり、二人を率いる直属の上司でもある。本来はもう一人、部下がいるのだが、遊びに行ってくるだとか何とかで軍装も邪妖に放り投げて帰ってこなくなった。が、そんな軍属にあるまじき珍事を適当にスルーしつつ、ハオは待機していた部下に状況の説明を始めた。
「レイド様はすぐに来られるとのことだが、もう暫くはここで待つことになりそうだ」
そう告げる上司に、邪妖は一言、承知しましたと意思を返す。
彼女達は主君の養子であるレイドに、もうすぐ卒業だという理由から、帝国までの旅費とある程度の物資を届けにやってきた謂わば使いっ走りである。
「私達が向かうべきではあるが、一般開放されているエリアはここだけらしいから仕方がない。あとは”あの馬鹿”をどうするかだけど……」
ふむ。と、ハオは顎に手を添えて、視線を庭園に投げた。
「———あれは、一旦忘れましょう。荷物を渡してから、ゆっくり捜すことにする。それで良いわね?」
「拙者は隊長に従うのみです。どちらにせよ、あのラヲなら万が一という心配も要りませんから」
「あたしもハオが決めたならそれでいいかな。ラヲ姐もきっと一人でのびのび楽しんでそうだし」




