理由
「え、私が何のためにこの学習院に入ったのかって?」
スイヨは困惑していた。それはそうだろう。
いきなり友達から自分の夢とか目標とかを聞かれれば、誰しも頭には疑問が浮かぶものだ。教師に進路相談でも受けているみたいな感覚にも陥る。
しかし、そこは親友。特別隠したいことでもないのか、彼女は近くにあったベンチに腰掛けて、登笈にもそれを促した。
気乗りこそしていない様子だが、一度大きく息を吐いてから、スイヨはややあって口を開く。
「私はね、実家が嫌で逃げてきたのよ」
初めに、彼女はそう語る。
あまり面白い話でもないわよ、と一言添えて。それを登笈は相槌を打ちながらただ聞いていた。
「アルバーナ家って、一応貴族ではあるんだけど、今ではそこそこ貧乏なの。存続がどうとかいう話を一週間に一度はするくらいにね。
それで、私は女だから、もっと大きい家の人と結婚させようとか、政略結婚よね。そういう話も浮かんでた」
「……」
「家のためだし仕方ないかなって思うこともあったんだけど、やっぱりそれは嫌でね。
せめて自分のお婿さんくらいは自分で探したかったから、無理を言ってこんな遠くの国まで逃げてきたの」
よくある話だった。本当にありきたりな苦悩。貴族の娘は、他の家との繋がりを深めるための、言い方は悪いが道具のような扱いを受けることが多い。
家を継ぐのは長男の仕事で、それ以外は基本的に家を出ることになる。これは何故かどこの国でも同じで、例えば長男が亡くなったりしない限りはこの例に漏れない。
スイヨも、幼い頃から縁談の話を散々聞かされてきたのだろう。彼女の性格から鑑みるに、それは不自由で退屈だったのだろう。想像するに難くない。
だから自分で気に入った人物を見つけるという名目でネサラまでやってきた。
「私は本当にそれだけよ。父や母が嫌いなわけではないけど、正直言って帰るつもりは毛頭ないわ。だって、自分の人生くらい好きに生きたいじゃない?」
「……そうだね。それは本当にその通りだ。まぁスイヨは綺麗だし格好良いから、良い人もすぐ見つかると思うよ!」
話し終えた頃のスイヨは、不思議とスッキリしたような面持ちをしている。
嫌なこと、したくないことがあって、それを自分の中でしっかり解決出来ている、あるいは答えを出していること。これもまた違った形の夢なのだと、聴きながら登笈は感じていた。
「きれ……ううん、それにしても、何でいきなりこんな話を? 昨日の続きって感じでもなさそうだし」
言外に何かあったかと聞いてくるスイヨに、登笈は何でもないとかぶりを振った。
「ちょっと自分テキトーに生きすぎかなって思っちゃって、それだけだよ。だからみんなの将来の夢とかが気になったんだ」
「あ、そう。あの金髪と比べると別に適当には見えないけど、多少考え込む時ってあるものよね」
そう言って彼女が立ち上がり、会話の終わりだと悟った登笈もやや遅れて腰を上げた。
雲ひとつ無い澄み切った青空に、燦々と煌めく太陽が学習院を照らしている。
ともすれば暑苦しくなりそうな陽射しだったが、東の竜翼山脈から降りてくる涼やかな風が首筋を撫でてくれることで、とても過ごし易い気温となっていた。
「———お、珍しいな二人で」
丁度手を振ってお別れをしたところに、門の方向から見知った顔が二つ現れる。
太陽光をぎらぎら反射した金髪がやけに暑そうなライアと、その顔からしてお腹が空いていそうなルーンだった。
「げっ。面倒だから私帰るわ。日焼けするのも嫌だし」
「あー……うん。本当にスイヨはライアのこと苦手なんだね」
傍らの女子生徒のことはさておき、目に入ったライアの姿にため息をつくスイヨ。とはいえ本気で嫌いというわけなら一緒に遊びに行ったりもしないだろうということで、身を翻して去っていく彼女を登笈は仕方なさそうに見送った。
問題の金髪はというと、特に気にもしてなさそうだ。
「おーっす、登笈。元気ー?」
「やぁルーン。僕は元気だよ、ありがとう。君は何かいつも通り元気そうだね」
「えへへ、分かるー? うん。元気だよ」
言いながら満点の笑顔を見せるルーンに、登笈も釣られて破顔する。だが足早に去っていった親友のことが気になるらしく、ちらちらと視線が揺れていた。
「二人は何してたの? もしかして街行ってたとか」
門の方からやってきたので、昨日の今日でまさかとは思いながらそう聞くと、ライアは後頭部を掻きながら、
「んや、何か学習院の中に騎士っぽいのが入ってきててな。そんで、何だろーなーって見てただけ」
「そうそう、結構珍しいよねー。入寮式とかそういう大事な時はよく警備してくれてるイメージあるけど、今日は特に何もないしー」
「騎士……? そうだね、何かあったのかな」
敷地内に騎士がいたことを知り、登笈も先ほどの二人と同様の思いを抱く。とはいえ、逆に言えば何かあったとしても騎士がいるから大丈夫、ということでもある。
不信ではあったものの、騎士がいたということだけ咀嚼して、そんなことより腹が減ったと主張するライアに向き合った。
「そーいや、そっちはスイヨと何話してたんだよ。さては告白か?」
「ちょいちょいライアさんや。登笈は結構奥手だし、スイヨも割とロマンチストだから、あんなベンチでそんなことしたりしないんじゃないかね?」
「いやいや分かってねぇなぁお嬢ちゃん。何の特別感も無い日常の中にこそ恋は宿るっつーもんよ。まぁ俺なら鳥の糞が落ちてきそうなあのベンチはやめとくけど」
返事を———否、ここにいないもう一人の名誉のために口を挟もうとするが、何やら芝居染みたお遊びが始まったのでスルー。相変わらず仲良いなぁこいつらとか思いながら登笈がスイヨ同様立ち去ろうとすると、二人にガッと肩を掴まれて拘束された。
「や、みんなの夢とか目標とかあれば知りたくて、単純にそれを聞いてただけだよ。大体、スイヨと僕が付き合えたりするはずないじゃんか」
スイヨ=アルバーナは、清廉潔白で才色兼備な名家の令嬢である。それと一応ステンネル公爵家の養子という肩書きを持つ程度の田舎息子が釣り合うはずがない、と。そう告げると、今度はルーンがむむむ、と感情を読み取りづらい表情で固まった。それを横目に、ライアは何かを言おうとして口を開いたが、いや、と視線を逸らす。
「……なるほどなぁ、目標、ね。俺のソレはもう話したよな。生涯目的っつーか、主義?」
「あぁ」
言われて、登笈は確かにと手を合わせる。
若干忘れかけていたが、忘れもしない入寮二日前のあの日。ここに最初にやってきた日に、ライアが言っていたのは、その通り彼の生涯最大の目標だった。
貴族であることによる縛り。長子を優先するシステムに、家の道具としての扱い。そんなのを放り投げて、何も無くなった自分でも生きていけるように、学習院で様々なことに触れるのだと。
いざ時間を置いてみると、スイヨの話と少し近い部分があった。もしかすると、同じような子は他にもいるのかもしれない。大なり小なり、メリットの分だけ大きなデメリットも存在している。ただそれは、貴族でない者にとっては贅沢な悩みと捉えられるのかもしれないけれど。
「それでお前はそんなこと聞いてどうしたかったわけ」
「……ん、何だろうね。凄い人達と仲良くしてる僕は凄いのかどうか、みたいな?」
「ア———」
「え?」
「いや、何でもねぇ。アホかお前って言おうとしてやめただけだ」
「それやめた意味あったぁ?」
結構ストレートに失礼な金髪に舌打ちすると、その阿保金髪はいやいやと手を横に振る。
「俺もスイヨも、やりたいことやってるだけだ。ついでに、こいつもな」
「あう」
「誰が凄いのかって話になると、じゃあ俺なんてハートリー先生の講義以外はサボってるクソ野郎じゃねぇか。良いんだよ、そんなん気にしなくて」
ルーンの頭にぽんと手を置いて、得意満面にライアが言った。
凄いとか、偉いとか、定義の曖昧なことで自信を無くしても仕方がないと。正論も正論だ。それを言うのが彼だということに問題がありそうではあるが。
「まぁそう考えるのが難しいというかアレなんだけど、ありがとう。僕も僕らしく、今したいことを頑張っていくよ」
拳を握って、空を見上げながらそう宣誓する。
柳花から枇杷の国のことをなまじ聞けてしまったせいで、自分のしてきたことに意味を見出そうとしていたが、そうではなかった。これからも弱音を吐いたりネガティブになってしまうかもしれないが、その時はこうして仲間に相談すればいいのだと、登笈はとうに知っていたことを再確認した。
「……あー、お腹空いたなぁ」
そうして、わざとらしく。
「お腹空いたねぇ」
釣られる彼女もお腹をぽんぽんと押さえて。
「頭使うとそうなるよなぁ。糖分摂りてぇ」
最後に、彼が一歩踏み込んだ。




