久能柳花という少女
「……千里、って、父さんの」
大図書館内にある個室の中で、登笈は焦りに目を泳がせていた。
たったいま、彼女の出した名前。宮城千里とは、登笈の実の父親のものだ。シュクルとは異なる、肉親という意味での、それだった。
「どこから話そうか迷ったけど、やっぱり私が何者なのかから言った方が良さそうね。その反応だと、私が貴方の父親の名前を知ってることにすら疑問を抱いていそうだもの」
「……わかった、聞くよ。全部とは言わない。教えてくれることだけでいいから、話してほしい」
果たして、これを棚からぼた餅と表現していいものか。彼女を信用していいものか。一瞬の間にかなり悩んだが、結局、とりあえず話を聞かないことには始まらないと登笈は判断した。
「私の家系、久能家っていうのは地方領主を務めているの。それが何処のかというと……」
「……もしかして、枇杷の国の?」
登笈の言葉に、柳花は軽く頷く。
「そう。といっても、あの辺一帯を治めていた三つの家の中で、偶々(たまたま)久能家が代表として祭り上げられただけだけど。……とりあえず私についてはそういうこと」
「……」
「ちょっと、いきなりどうしたの?」
柳花が驚く先では、登笈がははーっ、と手を差し出して平伏らしきポーズを取っていた。
「……いや、まさか領主様の家の方だとはいざ知らず、とんだ御無礼を致してですねぇ」
「やめて。やめなさい。っていうかふざけているでしょう。いいからそんなの」
そう言われると、登笈は平静を取り戻して、というか頭を下げている間に表情を戻して、いつもの顔で彼女と向き合った。
「で、そんなお偉いさんの娘が僕に何の用ですか? まさか税金取り立てに来たわけじゃないだろうし」
仮にそんなことを言われたとしても、おそらくは養父のシュクルが何とかしてくれるのだが。
しかし当然ながら、柳花は下らなさそうにそれを鼻で笑う。違ったみたいだ。
「まず敬語要らない。同い年だし、生徒同士だし」
「はい」
「何かペース乱してくるのね、貴方。まぁいいわ。とりあえず、私は貴方を捜していたの。将来必ず成し遂げたい夢のためにね」
「……夢」
彼女の瞳には、微かに炎が宿っている。ライア=レアンドや、レイド=ギアスのそれと同じ、確固たる信念のようなものが。
それを聞いて、しかしと登笈は尋ねた。
「久能……さんの夢は知らないけど、今の僕に何か手伝えるようなことがあるとは思えないな」
身一つの登笈に、何かをするような力は今のところ無い。将来性にも確証は持てない。
あるいはステンネル公爵家の居候としてならとも思ったが、それは登笈の実力ではないからノーカウント。どちらにしても、まだまだ人に求められるようなものでないことは確かだ。
「私も根拠無しで貴方に期待しているわけじゃない。宮城登笈、貴方のことはね、他ならぬ貴方のお父様がよくお話をされていたのよ」
「……父さんが?」
「ええ。千里さんがね。俺の息子は凄いから、きっとお前の助けになれる、って。よく聞かされたわ」
その数だけ、まぁアイツの好みがお前みたいな女ならなとも言われたけど。と続けて、柳花は改めて登笈の顔をじっと真正面から見つめ始める。
自分の父親の話を他人、それも同い年から聞かされることに若干のむず痒さを感じつつも、登笈はそれに耐えて、なるほど、と感慨深く頷いた。
そして、彼女の言うことに辻褄を付けるなら、アテリア王国やこの学習院まで届いていなかった枇杷の国の話も色々と見えてくる。
まず枇杷の国は存続していた。故郷が燃え尽きたことには変わりないが、生まれ育った国はまだあるのだ。ならば、式守火鷺や奈島姫愛も生きている可能性が高い。
何より、父親の千里は枇杷の国にいる。
どれだけ本やニュースペーパーを漁っても出てこなかった情報が、たった一人の女の子の口から現れるのだから、運命というのも馬鹿にできない。
「っていうか父さん、やっぱ内乱に参加してたんだね。それもそんな立場にいる君と話が出来るくらいの位置に……」
領主の娘と頻繁に会話が出来るとなれば、実はそこそこ凄い人だったのかもしれない。
感心するべきか、苦笑するべきか。どっちつかずの想いを抱いていると、柳花は瞼を大きく見開いてわかりやすく驚いてみせた。
「びっくりだわ。やっぱり知らないのね、千里さんのこと。けれど、うーん、私がべらべら喋ることでもないのよね」
「いや全然。まぁ母さんのこととかもあって心配だったのは本当だけど、父さんが生きてるんなら、それも大丈夫そうだから」
柳花は訝しんだ表情を向けるが、本心から登笈はそう思っていた。
元より生死不明だったのが、父親だけでも生きていることが確認出来たならそれで充分だろう。
そうこう話しているうちにかなり時間が経過したのか、外から鐘の音が聴こえてきた。正午の合図だ。
まだ話し足りないし、何より彼女の言う目的とやらも聞いていないので、昼食でも一緒にどうかと誘おうと手を伸ばしたところ、がちゃり、と不意に個室のドアが開かれた。
「お嬢様、時間です」
そのすぐ向こうに立っていたのは、こちらも柳花と同じく学習院の制服を身に纏った少女。
身長はそこそこ高く、細い目と引き締められた口元は、ああ真面目な子なのだなと一発で分かる風貌だった。お嬢様、という呼び方から察するに、柳花の御付きか何かだろうか。
その声を聴き、椅子に座っていた柳花はぴくんと耳を動かし、一度御付きらしき女子生徒の顔を見てむっと唇を尖らせる。が、駄目ですと手のジェスチャーを受け、渋々立ち上がった。
「もう少し時間に余裕があると思っていたのに……、ごめんなさい。昼から予定が入っているから、今日はこれまでね」
「ちょ、ちょっと待って!」
そのまま出て行こうとする彼女に、登笈も同様に立ち上がって声を投げかけた。
「なに?」
「僕が助けになるっていう、君の夢って一体なに? それだけ聞かせてほしいんだ」
「———あぁ、それ」
直後。柳花はカッとブーツの踵を床に打ち付けて、背筋を伸ばす。立ち振る舞いを直し、貴族然とした態度で、彼女は毅然と告げる。
「私の目的は、三つに分かたれた東陽の統一。列強に劣らない東陽という大国を復活させること、それが夢であり、野望よ」




