調べ物
「ふぁあ、あ」
見上げると首が痛くなりそうなほどに高い天井。日光の射す長机の一角で、宮城登笈は間抜けにも眠気に襲われていた。
時刻は正午を超えて少し。昨晩はあのままライア達と遅くまでトランプで遊んでいたためにまだ微かに身体が重たいが、それでも何もしないわけにはいかないので、調べ物をするために学習院敷地内にある大図書館に赴いていた。
因みに、本日は休日である。
講義を入れていないとかではなく、普通に真っ当な休み。コウモリだって朝から踊り出す陽気なウィークエンドというやつだ。
とはいえ、何故に大図書館に来ているかというと、それは歴史研究学の課題に関する勉強……ではなく、枇杷の国に関する記事が載ったニュースペーパーを漁るためである。
元々、登笈が王立と学習院の二択ででここを選んだのは、実の母親や現在の枇杷の国のことを詳しく知りたかったからだ。正確には、母が通っていたと聞かされての二つ返事だったが。
とはいえ、そんな情報はあまり見当たらないというのが現実。まぁ枇杷の国が大陸東端近くで、ここスリージは西端なのだから、よくよく考えれば噂すら流れて来なくても仕方がない。
「歴研のスクレード先生にも、今の状況についてはあんまりわからないって言われちゃったしなぁ」
ぱたりと本を閉じて、ぐっと腕を伸ばす。
実のところ、枇杷の国の情報があまり届かないことは入学直後にほぼほぼ確認済みだ。なので今更落胆することでもなかった。
真っ先に聞きに行った歴史研究学のロア=スクレードからは、入り次第教えてやると言われ、事実何度かそれらしい話は聞かせてもらえている。が、それだけだ。
枇杷の国について気になるのは、実の両親の現状と、幼馴染である式守、奈島の居場所。その三つ。しかし、そんなピンポイントな話が届こうはずもない。
卒業後に東陽方面へ単身向かうべきかと、そろそろ真剣に悩んでいるぐらいだった。
「……けど、リアには帰るって言ったしなぁ」
脳裏に浮かぶのは、慣れ親しんだ部屋で交わした約束。そして、従姉妹の顔。
彼女も今頃自分のように、王立学院で友人に囲まれ、必死に勉学に取り組んでいるのだろうか。
「失礼。今、お時間宜しい?」
と、そうこう物思いに耽っていると、右耳に知らない女性の声が投げ掛けられ、仕方なく振り返る。そして、登笈はぱちくりと大きく瞬きをした。
そこに立っていたのは、茶髪黒眼の女子生徒。顔立ちも、体格も、目元も、どこか懐かしさを感じさせる少女。背は低く、白い額が露出する程度に短く切り揃えられた前髪と、癖っ毛なのかカールがかった後ろ髪。典型的ないいとこのお嬢様で、よくってよ、とか言いそうな第一印象を抱かせる。
纏う雰囲気はスイヨのものと似ているが、彼女の冷水のようなそれよりも更に冷たい。いや、深いと形容したほうが正しいか。ずっと視線を合わせていると、吸い込まれてしまいそうなほどに。
「えっと、時間ですか。丁度、本読み終わったとこだし、もちろん全然……」
ちら、と壁掛け時計を一瞥してから、そう答える。
本日分の調べ物は大体済ませた後だ。叶うならあと二時間か三時間は読書をしていたかったが、わざわざ話しかけてきてくれた相手を待たせるほどの用事でもない。
「有難う。なら、そうね、あそこの個室に入りましょうか。ここではお喋りはマナー違反だもの」
言われるがまま、というわけでもないが、彼女の提案に従って、すぐそこにある会議用の個室に入った。
ドアを開いた中にあるのは、人が七人ほど入れば満員になりそうな小さな部屋だ。中央には四人がけの長机が置いてあり、作業をするにはもってこいの空間に見える。
この個室は、大図書館を講義などで使用する際によく用いられる場所である。
全部で七部屋ほどあり、普段はなるべく私語厳禁の館内において唯一会話が許されている空間。講義以外でも、課題のために数人で調べ物だったり、教師間の話し合いだったり、その用途は多岐に渡る。
そんな部屋で、登笈は名も知らぬ少女と向き合う形で座っていた。
流れる沈黙。それがなんとなく居心地が悪くて、斜め上を見て今日の夕飯は大食堂でマフィンサンドが食べたいなぁとか、明後日の課題をそろそろやっておかないとなぁとか、とりあえず色々考えていたところ、ようやく少女が口を開く。
「……何から話したものかしらね。まず、不躾で悪いんだけど、君は宮城登笈、であってる?」
「え、はい。もちろん。ん?」
当然のように名前を言われて、当然のように肯定したが、ふと登笈は疑問を抱く。
時間が空いているかと言われても果たして何の用事かとは一切考えもしなかったが、彼女は最初からこちらの名前を知っていたのだ。
そこまで考えてようやく登笈は若干身構えた。
ここの制服を着ている以上、彼女も学習院の生徒だ。それなら、名簿など幾らでも目を通せるし、東陽系の顔立ちをした生徒なんて限られている。だが、問題は何故、宮城登笈を探していたか、だ。それ次第では警戒も止むなしだろう。
だが、嫌な予想ばかり頭を過ぎるというのに、未だ悠長に彼女と机越しに向き合っているのは、それは。
「そう。良かった。私は久能柳花。貴方と同じ枇杷の国の出身で、湖都城の城主である久能雄花の娘。どうか以後よろしくね、千里さんの息子の、登笈くん」
形の良い唇を曲げながら、彼女———久能柳花は微笑を浮かべ、はっきりとした声でそう告げる。
そう。警戒しながらも彼女の話を聞いていたのは、それは。柳花という少女が、自分と同じ出身の人間だったからだ。




