帰り道もほのぼのと
ネサラの街は、暖かい気候に恵まれた豊かな都市である。国内最大級を誇る面積の内側には、各地から生徒の集まる学習院の存在もあって、国内外問わず多くの観光客が訪れる。といっても、主だった名所はネサラの時計台くらいで、あとはただただ広いだけだが。
まぁ色々あって、本来であれば異邦人であるところの黒髪黒目な東陽系の人間が歩いていても、ジロジロ見られたりすることはないということ。そもそも学習院の制服を着ているのだし。
「……んんん」
どうしよう、超絶格好いいなぁこれ。と思いはするものの、今の自分の背丈では絶対に似合わない外套をウインドー越しに眺めながら、登笈は苦笑いをする友人の視線も気にせず唸っていた。
昼ご飯に有名店らしいところのパンケーキとワッフルを食べて、お腹も満たしてちょこちょこ日用品の買い物を終えた頃。ライアがトイレを済ませて合流してから、四人は時間が許す限り適当にぶらぶらしようと、街中を練り歩いていた。
ネサラは別に流行の最先端をいっているわけでもない至って平凡な都会だが、広い分だけ様々なお店が軒を連ねている。なので、友達と話しながらぶらつくにはもってこいだったりするわけである。
「そんなにそのカバーコートが気になるの?」
じっと見つめる登笈の隣に立ち、落ち着いた色合いの外套を見ながら、スイヨは興味深そうな表情を見せた。
一方で、ルーンは先ほど買ったハンバーガーを頬張って、満足げに頬を持ち上げている。あまりというか一切興味が無さそうだ。
「ちょっと目にとまっただけ。……なんだけど、あれかな。憧れみたいな」
一度彼女の方を向くが、スイヨの澄んだ瞳に凝視され、すぐに目を逸らす。
目にとまった理由は単純だった。目の前にあるそれと似たものを、義父のシュクルがよく着ていたから。それだけだ。
そして、だからこそ今の自分には似合わないこともよくわかっていた。
「ふぅん。でも、いいじゃない。ここで買う買わないはともかく、私も格好いいと思うわ。これが似合う人は」
「……そうだよね。もっと大人で、こう格好いい人だったら」
「……」
自信の無い登笈に苛立ちを感じ、スイヨはどん、と隣の少年の背を押した。
ぴたりと登笈が姿勢を保つと、すぐ目の前にはウインドー越しの外套。それと登笈のまだ成長途中の体がぴったり重なって見えた。
こうして確認すると、より明確になる。サイズは合っておらず、袖も当然のようにぶかぶかだ。そもそも大人用に作られたものなのだから、こうなっても仕方がないのだが。
服に着られている、とは正にこういうことを指すのだろう。そんな不恰好な自分を見ていられず、登笈は視線を外した。
「宮城くんて、そこそこ自虐的なタイプよね。自信とか、そのあたり。結構私たちから一歩引いている時もある気がするのよね。そこらへん、意識してたりする?」
「めっちゃズバッと聞いてくるなぁ……」
胸に何かが突き刺さる感覚を味わいながらも、落とした肩を張り直して、彼女に向き直る。
スイヨは直接的な物言いが多いが、侮蔑的な言葉を用いる人間ではない。決して馬鹿になどされていないし、彼女なりに思ったところがあるのだと思った。歯に衣着せぬとも言えるので、実際ライアなんかとはよく言い合いになっている場面をよく見るが。
「……ライアには一度言ったことがあるんだけど、元々僕は枇杷の国ってところで生まれたんだ。ここより全然田舎で、小さな村だったよ」
ネサラとは比ぶべくもない。登笈が生まれ育った村は、名前すら無いほどの僻地だった。
山の麓にあって、山菜や川魚をとって暮らしていた。まぁ実際大人にとって住みやすい村、過ごしやすい場所だったのかは分からないが、好きな故郷ではあった。親しんだ匂いがあって、幼馴染がいて、何より実の母親がいた。
「そうなのね。黒髪だから、東陽系だとは思っていたけれど。あら? でも確か、生徒証にはアテリア出身と書かれていなかった?」
「まぁ色々あって、親戚の家の養子になってね」
いきなり火災が起こって、村が焼けて、目が覚めたらステンネル公爵家のお世話になっていた。登笈が覚えているのはかろうじてそれだけだ。
父と関係のある人が送り届けたとは聞かされているが、誰かまではさっぱりで、本当に色々としか言いようがなかった。
そうこう話していると、スイヨは一言、そう、と返して、ホットドッグを頬張るライア達の方へと足を向ける。
「この先は耳の少ない場所で聞いた方が良さそうね。貴族の出自なんて、街中で語るものじゃないから」
「そうだね。僕もその辺はなんとなく分かるよ」
スイヨの気遣いに感謝して、登笈もまたもう二人のいるところへ進み始める。
貴族の子、特に子息は身代金目当てで攫われたりすることも多いと聞く。護衛付きならともかく、力を持たない子供が誰が聞いているとも分からない場所で貴族だなんだと言いふらすのは得策では無いだろう。登笈の場合はステンネル公爵家にも迷惑がかかりかねないのだし。
「なんだぁ? 怪しいな、真面目なお二人さんはどんな話してたんだよ」
「うーん、まぁ僕の……生い立ち? についてちょっとね」
「なるほど。そりゃ大切なことだ。なんせ、こっから先長いもんなぁ」
最後に残った分を口に放り込んで、ライアは何の気無しにそう言ってみせる。
そんな彼を、いつもこうだったらいいのに、といった目でスイヨは眺めていた。
「なになに、なんのはなしー?」
「ルーン。あなた、またホットドッグなんて食べて、もう。体型崩れても知らないわよ」
「ふっふっふ、私は太らない体質なのです……。けどお腹に入れすぎるとお夕飯が美味しく食べられなくなるし、このくらいでいいかなぁ」
言いながら、ルーンはその起伏の乏しい上半身を反らせる。
学習院の制服はあまり体の線が出ないように作られているので、はっきりとは確認出来ないが、言葉の通りに無駄な肉が付いていないことはわかった。
「本当にそれは羨ましい限りだわ。さて、もう空も暗くなってきたし、そろそろ帰りましょうか。まだどこか寄る?」
「んや、もう充分だろ。こっから寮まで帰んのもそこそこかかるし、途中で気になるとこがありゃ入るくらいがいいんじゃね?」
二人の会話に、異論は無いと登笈も頷く。ルーンはというと、手で口元を隠して欠伸をしている。
そんな見慣れた光景に他の面子は破顔するのだった。
「ねぇスーちゃん。早く帰らないと、寮の門限過ぎちゃうかな?」
「誰かさんが食べ物の香りに釣られなければ、間に合うわ」
「もーっ、だから夕飯までは我慢出来るって。最近はみんなして私を食いしん坊扱いするんだから」
「いやいや、そりゃ自業自得ってもんだろ。なんだかんだ、美味そうに食うお前を見てると腹も減ってくるしなぁ」
「そうだよ。ルーンの幸せそうな顔を見てると僕らも幸せになるんだから」
「えぇー、そうかなぁー? ……なら、いいかなぁ」
「立ち直りが早ぇんだよなぁ」




