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part2 小桜鏡花は天敵である


「え?」


「後ろだぞ、英徒」


「う、うおぉ!?」


 ニドーのささやき声が耳元で聞こえた。


 ……そんな、馬鹿な。


 声は幻聴ではない。事実、暁二堂は僕の耳元でささやいていた。

 事実だけど、でも、そんなのおかしい。

 これじゃ、まるで瞬間移動したみたいじゃないか。

 まさか、そんなことあるわけーー


「これぞ、我が体に宿りし自在転移術者ワープマスターの力よ」


 ……は? は?

 …………は?


「あ、えと。ん? あれ?」


「なーんだ英徒ぉ。そんなに驚いてくれるとこっちもめちゃくちゃ楽しいぞ!」


 ーー整理しよう。

 カウンターを挟んだ先にいた暁二堂が、いつの間にか俺の後ろにいた。

 目を離した隙に移動した、なんてことはあり得ない。だって目を離してないんだから。


 おいおい、まさかワープマスターって、異能的ななにかに目覚めたとかいうんじゃないよな?

 嘘だろ? 嘘だよな? 

 現代日本でそんな事有り得るはずが……ない訳でもない、のか……?

 

 異世界と融合した今の世界なら、そんな事もありえる……?


「に、ニドー。その、ワープマスター? とかいうやつについて詳しく」


「一言で言うと、異能だな。日本が異世界に転移してからこの身に宿ってな。俺自身のワープ以外にも色々できるぞ?」


 ははは。予想、大当たり。

 手の凝ったマジックとかじゃないんですか。異能なんですか。

 ……本当に? マジで、マジなの?


 そう言ってニドーは、指で掴んでいた角砂糖を僕のコーヒーにちゃぽんとワープさせてみせる。


 おいおい、マジじゃねえか。

 ……なんか一周回って、逆に落ち着いてきたわ。


 確かに、ワープ能力があるなら下にも簡単に行けるし、なんなら、行ったとしてもすぐ戻ってこれるかもしれない。

 

 あれ? じゃあ、行けんの?

 アンノウン行けそうだな。アンノウン行けんじゃん。


 そっか、僕にも冒険のチャンスが、やって来た。

 心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。


「えーと……とりあえず、さっきは馬鹿にしてごめん。

 アンノウンにいける理由は何となく分かった。

 それで、さっき言ってたアルゴナウタイ……だっけ? それについて説明してもらえると助かるんだけど……」 


「よし、乗り気になったようだな、英徒!

 名前は異世界探索隊、アルゴナウタイだ! ばっちり心に刻んでくれ! 

 ……それで、説明なんだが、少し待ってもらってもいいか? 他のメンバーが来てからにしたい」


「……他のメンバー?」


 待ってくれよ、ニドー。他のメンバーってまさか。

 お前、友達少ないよな? 僕と、もう一人しかいないよな? 他のメンバーって……アイツじゃないよな?


「おっはよー。オモシロイはなしがあるって本当だよねー?」


 あぁ、小桜こざくら鏡花きょうかだ。

 噂をすればなんとやら。最悪だ。

 ーー小桜鏡花は、まさしく僕の天敵です。


***


 これから最高に楽しく過ごせると予想していたこの空間は、一瞬の内に崩壊を起こし、絶望的に緊張感が溢れまくっていた。


 まあ、溢れさせているのは僕一人なんだけど。

 多分一人でも十分過ぎるくらいビビってるオーラを出している自信がある。


 元凶である小桜鏡花さん。

 ウェーブのかかった茶髪ミディアムヘアに、耳につけたお洒落なピアスなんて、もうこの時点で僕の苦手なタイプの女子だ。


 ニドーとは友達らしいけど、僕とはただのクラスメイトか、赤の他人といっても過言ではないレベルの仲でしかないーーと、いうのに、ごく当たり前のように僕の隣の席に座ってくる。

 うわ。しかも、正直可愛すぎる笑顔と共に「おはようエイトくん」のワンツースマッシュだ。


 困る。

 すごく困る。

 目のやり場なんか本当に困る。


 化粧をしていて学校で見るときよりも数段華やかな、目鼻立ちの整った美貌。

 一目見ただけで心臓をつかまれるような感覚になる。鷲掴みというよりプレス機の要領で潰される。


 ずっと見ていたら圧迫死しかねない、と、目をそらしたとき飛び込んでくるのは、肩まで大きく開いたニットの服と、それを着こなす抜群のスタイルだ。

 その美しさ、可愛さに、一点の隙もなし。


 女子全般が致命的に苦手な僕にとって、小桜鏡花ほどの猛毒はこの世に存在しないのではないだろうか。

 高校はおろか中学、いや、小学の時から、基本的に女子とは関わらない環境で育った所為か、僕は、異性に対してとてつもないアレルギー反応を示してしまう性質を持っている。


 症状は心臓発作を起こしても文句言えない位激しい胸の鼓動と、一目見ただけで大体惚れてしまうとかいう、発情期のサル並みに暴走する脳。

 だから、小桜鏡花ほどの高レベル女子相手だと、一目惚れというか、もうオーラを感じ取って惚れそうになる。


 ちなみに、過去、症状を一度として抑えられたことはない。

 だから、小桜鏡花は、まさしく僕にとって究極の天敵であった。


「ねえ? エイトくん。さっきから震えてるけど、寒いの? 上着貸そうか?」


 ちなみに、天敵だと断言できるのは、こういった優しさと色気の混じった言動も原因である。

 隣で震えているサルを見て、そんな魅力的すぎる発言を平然としてみせるのだから、もはや対策のしようがない。


「あ、気にしないで。全然全く何にも問題ないから」


 その影響力といえば、日本語がおかしくなるくらいの威力は当然のように保有している上、危険性は止まることを知らず、


「んー、そう? あーでもね、私がちょっと寒いかも。だからーー」


 ぎゅっ。

 なんて僕の左腕にがっちりホールドをかまして、体温を伝える素晴らしい追い討ちをかけてくるあたり、本格的にアナフィラキシーショックによる心肺停止を狙いに来ている説すらあり得る。


 というか、どう考えてもかなりアレな僕に肉体的接触を仕掛けられるあたり、小桜鏡花のフットワークの軽さというのは尋常ではない。


 以上、僕の天敵についてちょっと考察してみたけど、まとめて一言でハッキリ言うならーー。

 矢島英徒にとって、ビッチ系女子が最大の天敵である。


「鏡花。英徒は女子が苦手だから、あまりからかわないでくれと言ったはずだぞ」


「ごめんごめん」


 救世主ニドーのおかげで、腕から離れていく小桜鏡花。

 こういうときいつも助け舟を出してくれるニドーだけど、今回は少しタイミングが遅すぎた。

 もはや普通に致命傷レベルの損害が出ている。頭が加熱されすぎて意識が飛びそうだ。


「でも、あったかくなったよね? エイトくん?」


「え? そ、そうだね」


 もう蒸発寸前です。


 そもそも、なんでこんな僕達とは最も縁遠そうな小桜鏡花という女子が、今回の異世界進行計画とやらに関わってくるのだろうか。

 それこそ「きっも!」とか叫ばれて全力で馬鹿にされそうなものだけど……。

 

「ーーさて、二人ともいいか? 本題に入ろう。

 英徒、鏡花。まずは、今日集まってくれたことを友人として非常に嬉しく思う。本当にありがとう!」


「いぇーい! どういたしましてー!」


 僕の発熱も疑問も2人にとってはどうでもよさそうだ。

 まあ、変に気を使われても困るだけだから、その調子で話を続けて頂きたい所存です。


「今日集まってもらったのは他でもない。異世界進行計画の会議をするためだ!」


「はい! 早速しつもん! 異世界シンコー計画ってなんですか?」


 開始早々、小桜鏡花が弾む声で尋ねた。どうやら、二人とも見た感じテンションMAXのご様子だ。

 僕は何も喋らないまま会議終了できそうな勢いすら感じる。

 まあとりあえず、適当に傍観してよう。


 小桜鏡花の問いにシンプルに答えるなら、異世界進行計画とはアンノウンに向かうための計画、ということになるだろうか。

 

 まあ、そんな事は小桜鏡花も分かっているだろう。

 聞きたいのは目的だ。


 ちなみに、向かう方法は、ニドーのワープマスターとかいう異能を使う、でいいんだよな?


 はぁ、流れで普通に受け止めちゃったけど異能使えるってとんでもないことだよな。

 普通にめちゃくちゃ羨ましい。僕にも異能よ目覚めてくれ。


「異世界進行計画――またの名をプロジェクト・ラグナロク! 

 俺のワープマスターの能力を使って、アンノウンの調査を進める計画だ。

 目的は日本の置かれた状況をより正しく把握すること! 

 なぜ日本は異世界に来てしまったのか、謎を俺たちの手で解き明かすんだ!

 この作戦を進めることで、我々アルゴナウタイの栄光は確かなものとなるだろう!」


 ーー何故日本が異世界に転移したかを解き明かす、か。

 なるほど、冒険しがいがありそうだ。


「……んー? らぐなろく? 分かんないけど、3人であんのうんに旅行しに行くってこと?

 それめっちゃ楽しそう! アルたん最高!」


 あれ、小桜鏡花さん。残念ながらあまり理解できなかった模様。てか、旅行て。


「りょ、旅行というか調査だが……。旅行? 旅行なのか?」 


 ニドー凄い困惑してる。イケメンメガネめっちゃ眉間にしわ寄せてる。


「まあいい。それより聞き捨てならんのは、アルたんとは……?」


「アルゴナウタイ、ってチーム名なんでしょ? なんか言いにくいし、略して、チームアルたんっ!」


 おお……。

 ニドーと違って、小桜鏡花はすっごい笑顔だ可愛い。目に毒だな可愛い。視線を吸い寄せる圧倒的カワイイマジック恐るべし。

 もはや異能だな、ホント可愛い。


「アルタン……。チームアルタンか……。一瞬で略されたな。――まあ、可愛らしいネーミングだし許そう」


 許すんだ。そこ許すんだ。案外こだわりが薄くてびっくり。

 

「少し話がそれたが、まあプロジェクト・ラグナロクについては、旅行でも調査でもいいが、とにかくアンノウンに向かうという認識をしてくれればいい。

 問題は、行った先で具体的にどう行動するか、なんだが」


「服とか買いたいなー! あ、でも向こうで日本のお金とか使えないから買えないかな」


「ーー鏡花、すまない。英徒もそうなんだがこれから話すことはしっかり聞いて欲しい」


 ニドーの顔が真剣みを帯びたものに変わる。ただ、その表情には少し不安も浮かんでいる気がした。


「いいか? 英徒は分かっているかもしれないが、プロジェクト・ラグナロクの『ラグナロク』とは、すなわち北欧神話における、とある戦争のことを意味している。

 つまり、俺たちは戦争をしに行くということだ」


 ……おいおいなんか言いだしたぞこいつ。



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