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part1 暁二堂の計画遂行

 あの日、日本は空に浮いた。

 今、この空の下ーーこの絶え間なく広がる雲の下には、異世界がある。


 どんな国があるのだろう? 


 どんな人が住んでいるのだろう? 


 どんな文明が築かれているのだろう?


 僕は何も分からない。ただ、初めて。僕は世界に夢を感じた。ロマンがあるな、と思った。


 ーーあれから1ヶ月。

 僕の夢は、夢のままで終わってしまうのだろうか?


***


 爆音のアニソンで目を覚ます。

 やけに眠い、何故だ。昨日は徹夜ネトゲしてないのに。


 まださっぱりしない目をこすりながら、スマホの画面を確認する。

 僕の朝はうるさすぎるくらいのアラームを止める所から始まるんだけど――そこにはSTOPの表示の代わりに『こじらせニドー』という名前が表示されていた。

 

 ……なるほど。時計がまだ6時と表示しているようにしか見えなかったのは、バグでも何でもなかったらしい。

 つまりこれは、こじらせニドーこと、あかつき二堂にどうからかかってきている電話ーー1時間早いモーニングコールということだ。


 ……どうするか、アイツと朝から話すの疲れるんだよな。無視するか? いやでもさすがにそれは悪いか……。


 そんなことを考えている内にコール音が消えーー間髪いれずにかかってくる2コール目。

 なんだ? 急用か? こんな時間に何があったというのやら。


「もしもし? どうしたのニドー」


「朝早くにすまないな、英徒。それで、早速なんだが、異世界進行計画を進めたいーー」


 ピッ。

 思わず通話終了のボタンを押してしまった。

 朝っぱらからなに言ってんだニドーの奴。

 異世界進行計画だって? 

 そんなの無理に決まってるっての。できる訳がない。

 最近漫画やらラノベやらにはまって言動が怪しくなっていたけど、ついにあそこまで毒されたか。

 まあ、漫画もラノベも、勧めたのは僕なので原因は僕にあるんですけどね。

 通話アプリの登録名、こじらせニドーじゃなくて、こじらせちゃったニドーに変えとくか。


 と、さっきから鳴り止まないコールの嵐。どんだけ話相手欲しいんだよ。というかまだ朝6時なのに元気だなアイツは。

 ……仕方ない。


「もしもし。そういう妄想聞くのも嫌いじゃないんだけど、できれば昼……いや、夜でいい? 流石に今は気分じゃないっていうかさ」


「俺を何だと思っているんだお前は。異世界進行--この言葉の意味がお前には分かるんじゃないのか?」


「……いや、分からないよ。分かれないね、うん。全くこれっぽっちも分からない」


「そうか、それは……少し残念だな。まあいい、説明もかねて詳細は後で伝えよう。七時にいつもの場所に来てくれ」


「な、急だな。こっちには用事がーー」


「ないのは知っているぞ。ネトゲは用事とは言わんしな、お前には彼女もいないと知っている。まあなに、うまいコーヒーの一杯くらい奢ってやるから来てくれ」


 と、そういって電話をぶつ切りにしてくるニドー。

 まったく。僕をコーヒーで釣れると考えているのか、あいつは。

 --さて、とりあえず着替えて、寒いからマフラーは必須だな。あとは……スマホと財布だけ持っていけばいいか。

 悔しいけど僕の扱いをよく分かっているな、普通に釣られるわ。


 ***


 自転車を走らせること数分。

 ささっと家を出た僕は、7時よりだいぶ早く、ニドーの親が経営しているこじんまりとした喫茶店に着いた。

 12月の外気は実に殺人的で、自転車から降りて速攻準備中と書かれた看板を無視して、入り口のドアを開け放つ。

 オープン前に入れるのは、何気に嬉しい友人特権だ。

 

 やっぱり部屋の中は最高だな。外なんか出るもんじゃない。

 いい具合にエアコンが効いていて、暖かい空気が体を包み込んだ。


 一歩奥に進み入ってみれば、厨房で準備している中居二堂の姿が見える。

 丁寧に整えられた短めの黒髪に、飾り気のないシンプルな形状のメガネ。

 切れ長の瞳からは知的な印象を受けるその風貌は、まさしくイケメンである。

 しかし、クールな雰囲気を醸し出しているニドーが、茶色いエプロンを付けた今の姿は、あんまり似合っていない感じもする。

 まあ、女子ならそのギャップにコロッと惚れてしまうのかも知れない。イケメンだからな。


 ーーこんな男をイタイ方向にこじらせてしまった罪は、実は相当重いのかもしれない。ごめんな、昔のニドー。でも今のニドーの方が好きだよ僕は。ははは。

 

「おはようニドー。朝の話本当だよね?」


「おお? 早いな英徒。もちろん嘘はつかない。すぐ作るから好きな席座ってくつろいでいてくれ」


 ニドーの答えを聞き終えるまでもなく、いつもの一番奥手にある席に座る。


 店中は相変わらず残念な狭さで、入ってすぐの所に木製のカウンターとその前に椅子がいくつかあるだけの空間になっていた。


 狭いからか単純にそういう趣味だからかは知らないけど、置物なんかも何もない。

 いや、正確に言うならカウンターの隅に小さな観葉植物くらいは置いてあるんだけど、それにしたって飾り気のない場所なのは間違いない。


 元はラーメン屋だったらしいけど、何をどう間違ったらそれが喫茶店になるというのだろうか。

 しかも狭いし装飾もない癖に、何故か、妙に居心地がいいっていうのも不思議だ。


「どうした? 考え事か?」


 ニドーが小慣れた様子でコーヒーを作りながら、軽い口調で聞いて来た。

 この店の雰囲気の良さが謎でさぁ、と切り出すのは失礼な気がするので控えておく。


「何でもないから気にしないで。それよりコーヒーを作るのに集中してくれよ」


「タダで作るコーヒーだ、適当に作るさ。350円払うなら全力を出そう」


「全力出すとどれくらい美味くなる?」


「味はやる気で変わるものではないだろう。ただ、俺の熱意が味覚をいい感じに刺激してくれる可能性が期待できる」


「そんなのに350円は払えないね」


 くだらないやり取りをしながらもテキパキと作業を終えたらしいニドー。コーヒーのいい香りが漂ってくる。


「とりあえず飲みながらでいいから聞いてくれ」


 そう言いながら湯気の立つ白いマグカップを差し出してきた。

 そして何度か咳払いと、無駄にカッコいい声音に変えて、あ、あー、と声出しの練習なんてしている。

 ーー異世界進行計画についての話を始めるのだろう。

 分かりやすくイタイ。


「まず、今の日本がどうなっているか。当然分かっているよな、英徒なら」


「そりゃ流石に。異世界の空中大陸になってる、でいいんだよね」


「その通りだ」


 あっているらしい。我ながら口にしていて信じられないことなんだけど、これは今日本に住んでいる人の常識ですらあるんだから恐ろしい。


 その事は、国が調査して既に国全体に発表されている。各地でパニックが起きたのは記憶に新しい。

 『アンノウン』と名付けられた、この空の下にある異世界がどんな影響を及ぼして行くのか、現状、誰も分からないだろう。



「それで? ニドー、まさか異世界進行計画って、雲の下に行こうってことじゃないよね?」


 軽い冗談で済めばよかったのに。


「なんだ、やっぱり分かってるんじゃないか。英徒が分かってない筈ないと思っていたんだ」


 そんな返事が返ってくるんだから笑えない。

 異世界進行計画なんてな。そんな馬鹿なことできるわけがないだろうが。


「冷静に考えよう? ニドー。

 まず、どうやって下に行くんだよ? 

 スカイダイビングするの? それともパラシュートでふわっと着地? 

 まさか。もう色々危険な要素があり過ぎて、普通のやり方じゃ、どう考えても無理だよね?

 それとも飛行機やら戦闘機やら乗って向かう? 

 そこら辺にいる高校生がそんなの用意できるわけないよね? 

 そもそも、行けたとして全く未知の世界に踏み込むとか、男のロマンって感じがしてやってみたくもなるけど、僕たちなんかが行っても何もできないでしょ?

 絶対異世界進行なんて無理だ」


 と、自分でもびっくりするくらいのマシンガントーク。

 ものすごく熱が入ったのは何故なのか。やってしまった。ニドーもずいぶん驚いた顔をしている。


 何故なのかーーなんて、実際、理由ははっきりしているんだ……。

 こんなに喋れたのは、毎日のようにアンノウンに行く方法を模索して、結局諦めた身だからーー。

 正直、ちょっとどころか物凄くロマンに溢れていてたまらないんだ。

 僕はいわゆるオタクだからな。異世界をちょっとでもお目にかかりたいと思うのは当然。


 でも、行きたいけど行けないのは絶対に変わらない。

 だから、自分に言い聞かせる意味でも強く否定してしまったんだ。なんか、ダサいな。


「英徒。まず、俺がいればアンノウンに簡単に行けるし、戻ってこれると言っておこう。その上で、お前が異世界探索隊ーーアルゴナウタイに参加したいかどうかを、聞きたい」


 いつの間にか、真剣な顔つきに変わっているニドーは、そんなことを言いやがった。

 は? 俺がいれば異世界に簡単に行ける? アルゴナウタイ? なんてキツイギャグだ。


「冗談でもやめてよ。ニドーが何をどうやれば下に行けるっていうんだよ? 妄想でいってるんなら、友達としてはっきり言わせてもらうけど、それめちゃくちゃイタイよ」


 思わず怒りがこもって罵倒してしまう自分がいた。

 ……まずい。今のは流石に言い過ぎたか、


「確かに、妄想で言ってるんなら痛々しくて見ていられないがーー」


 そう思って、謝罪をしようとした矢先の事。

 一瞬にして、暁二堂の姿は目の前から消えさった。




 

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