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元勇者と敵幹部が駆け落ちした隠れ家で、生まれる実家を完全に間違えた赤ん坊の受難  作者: ペクチン21字


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第4話:言葉はたどたどしくても、土の言葉は通じ合う

我が家にモフモフの同居人が増えてから、数日が経った。

うさぎの獣人の少女――名はシアというらしい。

彼女は「お手伝いさん」として我が家に置いてあげているという建前を、あまりにも生真面目に受け止めすぎていた。朝から晩まで、小さな身体で熱心に床を雑巾がけしたり、リリスの洗濯を手伝ったりと、とにかく健気に働いている。

しかし、その合間にふと見せる彼女の表情は、どこか遠くを見つめるように暗く、沈んでいた。

(……やっぱり、ただの迷子なんかじゃないわね)

リビングの隅っこから、私は幼児用の木馬にまたがったまま、シアの様子をじっと観察していた。

何より気になるのは、彼女が雑巾を絞ったり、ほうきを握ったりする時、自分の「手のひらのタコ」を隠すように、少し窮屈な握り方をしていることだった。

爪の隙間に染み付いた暗い色の泥。それはリリスが言っていた通り、このあたりの森や川原では絶対に見かけない、独特の油分を含んだ頑固な粘土の跡だ。

職人が自分の手を隠したがる時。それは、その手で行ってきた行為に、何か深い傷やトラウマを抱えている時に他ならない。

(前世でもいたわ。理不尽な親方に潰されたり、過酷な労働でモノづくりが嫌いになったりした若い子が……。放っておけないのよね、職人の性として)

私は木馬からずるりと這い出ると、おぼつかない足取りで、裏庭の隅へと向かった。

そこには、以前私が体を動かす練習がてらこねて、そのまま放置してあった泥の塊がいくつか転がっている。日差しを浴びて、すっかりカチカチに乾燥した、不格好な干し泥の塊だ。

私はその中から、一番マシな形の塊を両手で大事そうに抱え、リビングでちょうど掃除を終えたシアの元へとよちよち歩きで戻った。

「シア、姉さん。これ、あげる」

私は、シアの目の前に、その乾燥した泥の塊を差し出した。

シアはきょとんとして、長い耳をパタパタと動かした後、私の手元と私の顔を交互に見つめた。

「えっ……? お嬢様、これは……泥、ですか?」

「そう。姉さん、一緒に、こねる?」

私がそう言って、小さな両手をグーパーと動かして「こねる」ジェスチャーをしてみせると、シアの顔から一瞬にして血の気が引いた。その細い身体が、分かりやすいくらいガタガタと震え始める。

「い、いや……! 私、もう、粘土は……っ。お皿を割ったら、また叩かれるから……っ!」

少女の口から漏れたのは、小さな悲鳴だった。

その場にヘナヘナと座り込み、自分の手を抱きしめて顔を伏せてしまう。

(やっぱり、そうだったのね)

彼女の言葉で、全てが繋がった。

シアはどこかの工房で、器を成形するための奴隷か、あるいは過酷な下働きをさせられていたのだ。失敗すれば容赦なく暴力を振るわれるような、地獄のような環境で。

そんな彼女を、奥のキッチンからレオンとリリスが静かに見守っていた。元勇者と元敵幹部だ、シアのトラウマの根深さを察して、あえてすぐには介入せず、私と彼女のやり取りにすべてを委ねているようだった。

私は、怯えるシアの前にゆっくりとしゃがみ込んだ。

そして、抱えていた干し泥の塊を、あえて床に「コツン」と軽く落とした。

当然、生乾きのただの泥だ。大した衝撃でもないのに、あっけなくボロリと二つに割れて、中からまだ少し湿った内側が顔をのぞかせた。

「あ……」

シアが思わず、といった風に顔を上げた。

職人の習性というのは恐ろしい。傷を負っていても、目の前で「素材」が不格好に壊れると、どうしても目が離せなくなるのだ。

私は、割れた泥の断面を小さな指先でツンツンと突っついた。

空間のバランス。

そして、シアの目を見つめながら、たどたどしい言葉で、けれど前世の頑固親方のような絶対の確信を込めて、こう言った。

「この土、悪くない。悪いのは、人間」

言葉足らずの二歳児のセリフだ。けれど、中身はアラサーの職人である。

「作品や土に罪はない。悪いのは、お前を叩いた未熟な人間だ」――そのニュアンスが、私の目力めぢからと共に、真っ直ぐシアの心に刺さったのが分かった。

シアは大きな目を丸くし、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。

空間のバランス。

そして、恐る恐る、本当に恐る恐る、自分の衣服の裾で涙を拭うと、固いタコのついた小さな手を、割れた泥の塊へと伸ばした。

彼女の指先が、湿った泥の断面に触れる。

その瞬間、シアの指先がピクリと跳ねた。恐怖からではない。その土に含まれる、かすかな性質を、彼女の職人としての本能が感知したのだ。

「……あ、これ、水分が……足りてないです。もっと、ちゃんとお水を混ぜて、空気を抜かないと、後で崩れちゃいます……」

涙を流しながらも、シアの口から出たのは、完璧な「職人の指摘」だった。

私は嬉しくなって、満面の笑みを浮かべた。

「そう。シア、上手」

私がパチパチと小さな手を叩いて褒め称えると、シアは少し照れたように、けれどどこかホッとしたような、今日一番の柔らかい笑顔を見せてくれた。

「……はい。私、お嬢様と一緒に、この土、直してみたいです」

まだ言葉もおぼつかない私と、心に深い傷を負ったうさぎの少女。

けれど、言葉の壁も年齢の壁も関係ない。私たちを繋いだのは、お互いの手のひらに刻まれた、モノづくりへの消えない情熱だった。

この日、私の異世界モノづくりライフに、初めての「弟子」であり「相棒」が誕生したのだった。

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